女の子が女の子に告白する話。
タイトル通りのことが起こる物語です。
人を好きになることに理由はある。
私にとって私の周りで一番魅力的でキラキラで格好良くて可愛くて、そばに居たくて手を繋ぎたくて話をしたくて出掛けたくて一緒にご飯を食べたくて夜寝る時に喋れなくなるまで話していたいのが、春山烈華だったのだ。
けれどある時、とても簡単なことに気付いてしまった。
人が、人を、好きになることに、理由はある。
ならば。
私は果たして、烈華にとって烈華の周りで一番魅力的でキラキラで格好良くて可愛くて、そばに居たくて手を繋ぎたくて話をしたくて出掛けたくて一緒にご飯を食べたくて夜寝る時に喋れなくなるまで話していたい相手だろうか?
それに気付いてしまったら、私はどうにもダメだった。
だって私は、烈華みたいに可愛くない。
小さくて愛らしい烈華と違い、教室の物置の上が拭けるぐらいに無駄にでかい。
明るくて社交的な烈華と違い、大勢の輪に馴染めずいつも一人で本ばかり読む。
私には、烈華みたいに輝いているところが、たったのひとつも見当たらない。
なんてことだろう。私はようやく、今まで自分がとんでもないことをしていたのに気がついた。
私が、私なんかが、私みたいに邪魔なのが、彼女の近くにいてはいけなかったのだ。彼女の放つ輝きを、自分だけが浴びるのに夢中になって――本当はもっともっと遠くまで届くはずの素晴らしさを遮ってしまっていたのだから。
落ち込むより、笑うことにした。
喜ぶべきだと、そう思った。
まだ間に合う。これ以上、大人になる前に、引くことが出来る。自分より相応しい人間がいるに違いない、彼女の隣の優先席を空けられる。
高校入学を機に、距離を置いた。
残念ながら、申し訳ないことに、私が自分の醜態を知ったのが一緒に合格の決まった後だったから、今更別の所にはいけないし転校するわけにもいかない。けれど、せめて私は習慣から変えていく。甘えを無くす。彼女の視界、私さえいなければ本当はもっときらびやかになる世界の、外へ、外へ、外へ。
朝、一緒に登校なんてしない。
昼、お弁当のおかずを交換しない。
放課後、部活終わりに合流して、海を見に行ったりしない。
夜、隣の家の窓に呼び掛け、つまらない話で笑わない。
おはようも。
おやすみも。
あの子が言うのは、私じゃない。
こんな私の面倒を見て。
自分の時間を、削ったりなんか、しなくていい――
「あのさ」
そう思っていたから。
その晩、彼女が窓から窓に飛び移って、乗り込んできた時には心臓が止まりそうなほど驚いた。
こういうことをするのだ、彼女は。
子供の頃から体操をやっていて、とても身軽で、手なんかこんなにちっちゃくて、爪は綺麗で、肌も白くて、私はそれを見るだけで、胸の奥よりもっと奥が、ぴかぴかして大変になる。夜、とてもじゃないけど寝られなくなる。
「勘違いじゃないってのはわかってるんだけど。高校入ってから僕のこと避けてるよね、月歌」
そして、迂遠なことしかできない私と違って、烈華はいつも、真っ直ぐだ。
気になったこと、確かめたいこと、欲しいもの、やるべきことに、縮こまって、思い悩んで、自分のことが嫌いになって、立ち竦んだり絶対しない。
「僕、月歌に何かしちゃった?」
頭、一つ分の差。烈華は私を見上げる。久し振りの距離で。彼女はいつもぴんとしていて、私はいつもぐだぐだだから、見上げられているのに見下ろされている気分になる。
「話してくれないと、わからない」
私にはその問いかけが、何よりつらい責め苦だった。
彼女にそんな顔をさせていることも悲しいなら、自分が何を言ってももう烈華の側にいるわけにはいかないのが苦しくて、私はただ唇を固く閉じて目を瞑る。答えないという答えを態度で答える。言葉にしない心の内で、何度も何度も謝りながら。
「僕のこと、嫌いになったの」
それだけはない絶対違う有り得ない、その言葉を必死で必死で封じ込める。だって、そんなのは甘えだから。私は彼女が大切で、本当に大事にしたいから、嫌いじゃないなんて思い上がったことを言う資格も無いのだ。
ああ。
私の部屋に、烈華がいる。
高校に入学してから一ヶ月、そばに居たくてたまらなかった、特別なことなんて何一つしなくていいから隣に座っていたかった女の子が、目の前で、私を見て呼吸している。
なのに、なのにその距離は、こうして彼女が来てくれる前よりも遠い気がした。捨てたつもりで保留にしただけだったものが、今こそ、本当に失われていくのだと感じた。
「そっか」
花が枯れるような清々しさ。落ち葉を踏み潰す空々しさ。これでいい。痛みを伴うことでようやく私は実
感出来る。私自身が望んだ離別を、納得よりも諦められる。受け入れるのではなく、受け入れるしかなくなってくれる。
「じゃあ、僕が話すよ、月歌」
そう言うと彼女は、中学の頃、よく一緒に勉強していた机の上に、
一歩、
登った。
正面から、目が合った。
「僕は嫌だ」
え、
「僕は、月歌と、離れたくない。一緒にいたい」
多分、私は夢を見ているのだと思う。
一ヶ月もまともに烈華と話せてなかったから、大好きなのに遠ざかってばかりいたから、きっと心が音をあげた。
だからこんな、都合のいい、
「初めて会った、子供の頃から憧れてた。月歌は僕が持ってないもの、全部持ってる。いつもいつも動いてなきゃ落ち着けない僕と違って、月歌は静かな時間の楽しみ方を知ってて。目の前にあるものしか見られない僕と違って、そこにないものを感じることが出来て。こんなちびっちゃくてガキっぽい僕と違って、ひまわりみたいに背が高くてつやつやの長い髪が本当に素敵だった」
夢。
だなんて、誤魔化せない、実感。
握られた手の熱が移る。冷え性な私と反対に、烈華は身体に熱が篭もる。いつだったか、心臓に太陽を持ってるみたいだと話したことを思い出す。あのとき彼女は、確か、こう返してくれた。
『だとしたら。それは今、月歌が昇らせてくれたんだよ。だって、僕だけだったら、そのことに気付けもしなかったんだから』。
「僕の人生に、君がいないなんて考えられない。考えたくもない。秋実月歌の静けさが、僕にとってずっとずっと昔から、いちばん心がふんわりする木陰だったんだから」
春山烈華は、真っ直ぐだ。
嘘なんて言わない。何も誤魔化さない。
だから、ここで必要なのは、私の勇気。
秋実月歌が最も苦手で、目を背け、出したつもりが間違っていることばっかりの、一歩。
「大好きだよ、月歌」
怯える。怖い。呼吸が詰まる。
けれど。
私には、苦手なことよりも、もっと嫌いなことがある。
それは、烈華を悲しませることだ。
やるべきことをやれなくて、一生後悔することだ。
「君は、僕を、どう思う?」
それに。
一歩を踏み出すことが苦手でも。
今そこに、差し伸べられた掌がある。
彼女がくれた、言葉がある。
「烈華」
声は震えている。
きっと泣いている。
うまく出来ているかなんて、わからない。
絶対、出来ていないに違いない。
でも、いいのだ。
もう気付いた。
彼女が私に、気付かせてくれた。
「私も、あなたが、大好きです」
理由があれば、人は、人を、好きになれる。
これからは私も、いきなりは無理かもしれないけれど。
大好きな人が好きだと言ってくれた秋実月歌を、もっともっと誇れるように、胸を張って愛していこう。
深夜にふと衝動が湧いて気が付いたら書き上がっていたワンドロ的百合掌編ですが、お楽しみ頂けたなら幸いです。