表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

書きたいところだけ

『奇跡』と呼ばれた彼と……

作者: 冥月 霜華

「よう、久し振り。早速で悪いが、これ外してくれないか?」と彼は事も無げに言ってきた。

 太陽に照らされ、彼の首に付いている首輪が黒く光る。

 彼の首にどうして首輪それが、と驚いたのは、ほんの僅かな時間とき

 それよりも、何故彼がここに居るのか。何故、ボクの目の前に居るのか、そちらのほうが疑問だった。


『奇跡の王』


 彼を誰もがそう呼んだ。

 文武両方の才能に富み、見目も整っている彼は、まさに神がこの地に遣わせた『奇跡』なのだと、人々はそう言った。

 強国に囲まれた、奪われていくばかりの弱小国に生まれた彼が『奇跡』となったのは、彼が家族を助ける為に齢十二で王国兵になり、初陣で敵将を討ち取った時。

 たった一人の、それも兵士に成り立ての子供がもたらした勝利は、長い戦で疲れきった人々の心に、まるで甘露水のように染み渡っていった。

 繰り返される戦、もたらされ続ける勝利……広まっていく『英雄(かれ)の名前』と『奇跡』という言葉。

 


 時は流れ、彼は故郷を飛び出し、別の土地で『王』となった。

 未開の地と呼ばれる、手付かずの自然とどこにも所属しないという自由がある土地で。


『奇跡の王』が造り上げた『奇跡の国』


 噂はあっという間に広まり、彼を尊敬する者、夢を追う者、彼を害そうとする者、様々な人がその国を目指した。

 時折、戦争という言葉を聞くが、それでも彼の国が燃えたという話も、彼が負けたという話も聞かず、ああ、きっとこのまま彼は死ぬまで『奇跡の王』として、その国に居続けるのだろうと思っていた。

 けれど――


 心の何処かでこうなるだろうなとも思っていた。

 誰よりも自由を愛し、『己』というモノにこだわる男だと知っているから。

 

「……お前は、どうして此処にいる」

「『王』と呼ばれるのも、そう在り続けるのももう飽きた。だから、国を出て……まぁ、色々あってな。奴隷になってみたんだ」

「なら、何故、『助けろ』と、言う?」

「助けろ、なんて横柄には言ってないだろう? ちゃんと『助けてくれ』って言ったじゃないか」

「同じことだろう」


 違うだろう。と笑う彼を見ながら、近いようで遠い記憶を呼び出す。

 浮かぶのは、彼の傍にいた八人の将達。


「あいつは子供だから、年上の俺が傍にいてやらないとな」

「あの人はお人好し過ぎるので、私が傍にいないと危険じゃないですか」

「同い年だからこそ、言ってやれることもあるからな。腐れ縁だ、仕方ない」


 豪快に笑う男の姿が、控えめに笑う少年の姿が、苦く笑う青年の姿が、浮かんでは消える。


「私がいないと、変な女の人に引っかかっちゃうかもしれないでしょ?」

「助けてくれた人だから、恩を返したいから……それだけです」

「神々の教えとは違う世界を、あの人は見せてくれると言ったんです」

「あの人についていったら、きっと楽しいもん!」

「理由なんて、いらないさ。あの人があの人なら!」


 困ったように笑う女性、当然だと頷く青年、夢を見るように告げる青年、キラキラと目を輝かせる少女と少年の姿が、闇に溶ける。

 耳奥で聞こえる声は、全て「王」を……「彼」を信じているものばかり。

 この無責任で、傲慢で、強欲な男に何故、ついていくのか……一緒に行こうと彼に誘われた時、「嫌だ」と即答したボクには分からない。

 そして、やっていられない。と、溜息を吐けば「助けてくれないのか?」と不思議がる声が聞こえた。


「何故、ボクが助けると思う」


 同郷ではあったが、敵国の人間だ。と付け足せば、男がきょとんと不思議そうな顔で此方を見た。

 今の言葉が、彼にとって予想外の言葉だったのだと理解出来る。


「お前は敵じゃないだろう」


 何を言っているんだと言いたげな彼の姿に、今度は此方が「なにを言っているんだ」と言いたくなった。

 いや、言ってもいいだろう。だが、言えば彼のペースになってしまう。

 動揺も、疑問も、用意していた言葉も全て飲み込み、「自慢の部下はどうした」と切り返した。

 そして、すぐに後悔する。


「言っただろう。自由が欲しくて、俺は王から一人の男になったんだ。部下なんていないよ。気の置けない友人は何人もいるけどな」


 胸を張る彼に合わせて、首輪に付いている鎖が不快な音を奏でた。


「バカが」

「それが俺さ。で、そろそろ本当に首が痛くてさ。外してくれないか? これ」


 苦笑いしながら、首輪を指差す彼。

 頼むよ。とヘラリと笑う彼の顔を見ていたくなくて、空を見上げる。

 もう完全に彼のペースであり、ボクが打てる手など殆ど無い。


「なぁ……」

「お前を助けても、ボクに得はない」

「あるさ」


 再び鎖が鳴る。

 視線を彼に戻せば、年齢にそぐわない……無邪気な少年の笑みがそこにあった。


「お前はその似合わない軍服と、重すぎる剣を捨てて、『奇跡の王』とかつて呼ばれた男と旅に出られる。でもって、新しい家族も出来る。俺がお前の旦那に、お前が俺の妻に。子供は、男女どっちでも良いが、最低でも五人は欲しいな」


 な? 損はないだろう?


 自信に満ちた瞳が、『私』を捕らえる。

 本能が警鐘を鳴らす。

 

「傲慢は身を滅ぼすぞ。奇跡の王よ」

「もう俺は王じゃないんだが……まぁ、いいさ。傲慢だからこそ、手にできるモノは多いしな」

「第一、はお前のモノにはならない。お前の後をついてなど行かない。ボクは……」

「俺はお前が好きだよ。だから、こうして会いに来た。後ろなんてついてこなくていい。俺の隣にいてくれれば……それで、いい」


 ジャラリ、と鎖が鳴り、彼の手が、瞳が無遠慮に近づいてくる。

 兵である『ボク』がどうするべきかは、決まっている。

 けれど、『私』は……


 考える暇を、誰も与えてはくれない。 

 景色が滲む。

 剣を抜く手が震える。


「どうすればいいの?」


 剣を振るう間際、漏れ出た言葉。

 それを掻き消すように、ただ重い、何かが落ちる不快な音だけが、その場に響いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ