プロローグ
初めまして、柊秋斗です。
初投稿オリジナル作品です。
文才がないとは思いますが、あたたかく見守ってください。よろしくお願いします。
キィン――。
金属同士がぶつかる音が鳴り響く。
一合、二合、……五合…………十合…………。
それは剣戟の音だった。
一面、見渡す限りに緑色の世界の中、二つの影が何度も何度も交差する。
涼やかな風をうけ、揺れる木々の枝や草原。
それらに見守られながら、なお続く剣戟の音は、ようやく終わりを告げた。――最後に壮大な爆音を鳴らして……。
*****
「……はあっ……はあっ……」
草原の上。
俺は視界いっぱいに広がる青空を堪能していた。……すいません、嘘つきました。本当は無様に倒れてるだけです。
「お疲れ様。……はい、これ」
「ありがとうございます」
差し出されたタオルと水をありがたく受け取り、流れてくる汗を拭き取る。
「最後も私に勝てなかったね」
隣に腰を下ろして、ニヤニヤと悪戯心の塊みたいな表情を浮かべながら、からかってくるのは――女性。
「うるさいですよ、師匠。……それに、『魔法は禁止』って自分から言ったのに、最後の最後で中級の炎魔法使ってきたのは、どこの誰ですか」
さあね、と。
誤魔化すように笑うその女性は、俺の師匠。
リン・アシュリー。
それが彼女の名前だ。
剣術に加えて魔法まで使いこなす……一応、俺が尊敬している人、なのだが……。
「でもそれ、防ぎきった君が言ってもなぁ……まあでも?勝ちは勝ち。負け惜しみはやめなさい」
……こういう子供っぽいところがあるから、素直に尊敬できない。
「はぁ……まあ、確かに負けたから何も言えませんけど」
「それでいいの。……でもユウキ。君、かなり強くなってるよ。少なくとも私が攻めきれないくらいには、ね」
「本来の5割くらいしか出してないくせに何を言うんですか……」
今度は口笛を吹いて、誤魔化す師匠。……音がなっていない気がするが、突っ込んだほうがいいのか?
この師匠、実はかなり強い。
何度も戦っているが、彼女が息切れした所を一度も見たことがないのだ。
さっきはああ言ったけど、たぶん5割も出してないと思う。
「明日の入試本気でやるんだよ?君くらいの実力持ってる人なんて沢山いるんだから」
「……わかってますよ。それもう何回も聞きましたし、自分の実力は過信してません。――『どんなに格下の相手でも、侮りや見下しはするな』でしたよね?」
よろしい、と。
そう言って微笑む師匠はすごく可愛いと思う。
艶のある黒髪に水色の目。その整った顔で笑顔を向けられると、何人の男が堕ちるかわからないくらいである。
しかし……しかし、だ。
「それで家事が少しもできないって……かなり惜しいよなぁ」
――そう。彼女は実力こそ凄まじいが、女子力という点では壊滅的なまでに酷い。
例えば、料理を作らせたとしよう。
出てくるのは、紫色の何かわからない物体である。
考えてもみてほしい。明るい色の野菜と赤色の肉で紫色の物体が出てくるんだ。……疑ったよ、毒か何か入ってるんじゃないかって。
そして、それを見たときは思わず叫んだ。
『どうやったら、こうなんの!?』
ってな。
「何か言った?」
「いえ何も」
されど、食べた。
頑張って食べたよ。……だって、『全部食べてね?』って、めちゃくちゃいい笑顔で言われたんだよ?あれはもはや脅しだね!
そしてたぶんあそこで全部食べなかったら、殺されてた……。
食べた次の日から一週間、腹痛で寝込んでしまったことは、もう思い出したくない。
「さっきの続きだけど、入試は試験監督の先生と戦うことになるからね?それも君が受けるのは、特別練の入試。……受かりたかったら、初っ端で《氷結地獄》撃ちこみなさい」
「はぁ!?……いやあれ撃ったら、試験場が一面銀世界になるんですけど!?」
「大丈夫よ。ちゃんとした教師なんだから、そのくらいどうにかするって。……それに君が最後に受ければ、たとえ試験場が壊れたって問題ないはず」
「いや、問題だらけですからね……?」
魔法。
体内にある魔力を消費することで使用できるもので、完全に魔力量に依存する。よって魔力量が少ない人はもちろん、使える魔法が限られてくる。
そして魔法は大きく五種類の系統に分けられる。
炎魔法。水魔法。雷魔法。風魔法。土魔法の五つ。
他に混合魔法という、この五種類の内の幾つかを混ぜて繰り出す魔法があるが、これを使うにはかなりの修行が必要となるので、使用者は限られる。……例外もあるが。
付属魔法というものもあるが、これは基本的に治癒や索敵を主とするもので、直接身体に影響を及ぼすため、制御が難しい。
また使用する魔法には適性がある。これは生まれつき決まっているもので、変えることはできない。ただその系統の魔法が得意というだけなので、他が使えないということはない。
先程話に出てきた《氷結地獄》は、水魔法の発展系である氷魔法のことだ。……威力が高すぎて、被害甚大になるのが玉に瑕な魔法である。
「入試の話はもういいですよ。……それより、明日にはこの家を出ることになるんですから、お別れ会くらいしてくださいよ?」
「えー……めんどくさい」
「ひどいな!?」
「だって、必要ないでしょ?またすぐ会えるし」
「……確かにそうですけど」
でしょ?と。
師匠は当たり前のように言う。
それでもたった一人の弟子なんだから、少しくらい何か……。
そんな風に思う俺を見て、どう思ったのか。
「ん?まさか……寂しいとか?」
「……そんなことあるわけないですよ」
「またまた〜」
「何ですか!俺は心配なだけですよ?……師匠がちゃんと一人で生活できるかどうか」
ジト目で睨んでくる師匠を完全に無視。
この人、一人にして生きていけるのだろうか。あの家事スキルだし……食べ物はまあ、どこかに食べに行けばいいけど、それ以外は……。
「ちょっと!失礼よ、師匠に向かって!」
「だって、事実ですよね?」
「ぐぬぬ……!否定できない自分が悔しい!」
うぅん、と唸る師匠をそのままに俺は立ち上がる。そろそろ明日の用意をしないといけない。明日は朝一に出ないと間に合わないからだ。……まあ受からなければ、そのまま帰ってくることになるのだが。
さてと、
「じゃあ俺、荷物の準備してきますね」
未だ隣に座る師匠にそう声をかけて、家に戻る。
周りが自然で囲まれているこの家での暮らしはすごく、心地良かった。買い物に行く時、時間がかかるのは仕方なかったけど、師匠と一緒だと楽しかったな……。
――っと。
突然、背中に衝撃が走った。
チラリと顔だけ少し後ろに向けると、俺よりも少し身長の低い師匠の姿。
抱きしめられてるのか……。
前にも何度かこういうことがあった。こういうことをするのは、大抵どちらかの理由だ。
一つ目は、相手を励ます時や慰める時。
もう一つは――自分が甘えたい時。
何故かはわからないが、たまに……本当にたまーに師匠は甘えてくることがある。
俺が椅子に座って本を読んでる時に後ろから抱きついてきたり、洗濯物干してる時に後ろから抱きついてきたり、料理してる時に後ろから抱きついてきたり……って、こう考えると俺って、簡単に後ろ取られすぎだな……。まあそれは師匠だから、ということにしておこう、そうしよう。
「……あの、師匠?いきなり抱きついてきてどうかしましたか?」
突然だが、師匠はかなりスタイルがいい。
細いけど、しっかりと筋肉のついた身体。抱きつかれる度にその感触が伝わってくるのだ。
それに――。
なるべく平静を装わないと。そ、その大変よく育たれた、お胸様が当たって……。
「……ユウキ」
「何ですか?」
何故かいつもよりしおらしい師匠。
そんな彼女にドキドキと心臓の音が早くなるのがわかる。
「五年間飽きもせず、毎日毎日修行させちゃった」
「今更ですね。それに――それは俺が自分で望んだことですから」
ふふっ、そうだったね、と。
師匠は俺の背中に顔を埋めたまま微笑った。
「……結局、その堅苦しい敬語は直らなかったけど」
「直さなかったんです。……俺なりの敬意ですよ?素直に受け取ったらどうなんですか」
「それを言うなら、君も師匠の言うこと聞いて敬語直しなさいよ」
「無理ですね。あなたが俺の親戚とかでない限りは絶対直しません」
「……そう」
はい、と返事をすれば、身体に回されている腕の力が強くなる。二人してあはは、と少し笑って、
「やっぱり《氷結地獄》じゃなくて、《焔凍領域》がいいかも」
「それ俺の最大魔法!!……ああ、でもそのくらい使う人いますかね?」
「ふふっ、いるに決まってるでしょ」
《焔凍領域》は半分が灼熱地獄で、もう半分が氷結地獄の超広範囲魔法だ。ちなみに俺の最大魔法。
そうかー。最大魔法でも通用するか微妙なのか……。
「……ところで、師匠はいつまで抱きついているつもりですか?俺そろそろ準備しないといけないんですけど」
「――……じゃあ、最後に一つ。あなたの最終目標は?」
……最終目標、か。
「復讐は、もう望んでません。だから――母さんを見つけること、ですかね」
「それでいいのよ。ゆっくり学園で過ごして、それから捜索でも遅くないわ。……私も出来る限り協力するから」
「……ありがとうございます、師匠」
パッと回されていた手が離れ、俺は後ろを向く。そこにいたのは、悪戯心の塊のような笑顔を浮かべた、いつも通りの師匠だった。
「私、明日は先に家を出るからね」
「明日は早いんですね。というか、師匠も家出るんですか?大きな荷物がありましたけど」
「そうなの。だから、この家とは一旦お別れ。休みの日に掃除だけは、しにくるけどね?」
「お願いですからやめてください。逆に散らかりますから」
何よ、とまたジト目を向けてくる師匠に思わず笑ってしまう。
「何?いきなり笑って」
「いえ、このやりとりも一旦お預けかと思いまして。そう思ったら、つい」
「そうでもないかもよ?」
師匠はまた笑う。今度は少し嬉しそうに。
「どういう意味ですか?」
「さぁーね」
俺の横を通って、家に戻る師匠。通り際に叩かれた肩が少し痛い。……というか、この人19歳だよな?それにしては、少し子供っぽすぎないか?
「ほーら、早く準備しないと間に合わないよー」
色々と考えてる間に、師匠はかなり前に進んでいたらしい。いつの間にか、家の扉の前まで行っている。
……というか。
「誰のせいですか、誰の!」
「ん?私のせいって言いたいの?抱きつかれてドキドキしてた癖にー」
「な、何故それを!?」
「ふふん……私、心が読めるのよ」
「いや普通に心臓の音が聞こえただけですよね?背中に抱きついてたわけですし」
ばれた?と。
舌を出す師匠に「バカですか?」と言葉をかけ、扉を開ける。
後ろから「バカとは何よ、師匠に向かって!」と聞こえるが、無視だ無視。
とりあえず、今は明日の準備だ。入試で落ちる以前に時間に間に合わなかったら、元も子もないからな。
……舌を出して笑う師匠をちょっと可愛いと思ったのは、内緒だ。
*****
翌日。
朝起きると、机の上に書き置きがあった。
『私は先に行くけど、忘れ物してないようにね。
寮生活になるんだから、他の皆とは仲良くしなさい。
あと行くときは、最大限注意すること。
最後に、受からなかったら――フルコースね』
「物騒だな!?」
叫んでしまった俺は悪くない。
朝から盛大に疲れるとは思わなかった……。
ちなみに、フルコースというのは師匠の最高クラス魔法を一時間みっちり撃たれ続けるという、なんとも命の保証がないものである。
一度やられたことがあるが……その時のことは正直忘れたい。
幸いにも、俺の家から学園までは意外と近い。
家の周りに広がる林を抜けて、街中をまっすぐ行けば学園だ。歩いて二十分くらいか。
それなのに、何故早く家を出なければ間に合わないのか。
それは――。
「おい!そっちを探せ!」
「必ず捕らえろ!」
頑丈そうな鎧を身に纏い、剣を腰に携えた数人の兵士が通りを走っていくのを路地裏に身を隠すことでやり過ごす。
それは、俺が追われる身だからだ。
「はぁ……しつこいな」
通りの角から頭だけを出して、兵士がいないかを確認。
よし、いないな……。
「いたぞ!」
「全員で捕らえろ!」
バレた!?
兵士達は、どうやらこの先の道を曲がってきたらしい。
道が入り組んでいる街中は、身を隠しやすいと同時に、索敵がままならない。突然曲がり角から出てくる、なんてことがよくあるのだ。
とりあえず走る。
運悪く今いる道は一本道だ。路地裏は先ほどの場所しかなかった。もう身を隠すことはできない。
加えて、街中での魔法の使用は認められていない。
ただし例外もあり、それは。
「《火炎弾》」
ドォン――と。
――見回りの兵士達は犯罪者などを捕らえる時にのみ、初級魔法だけ使うことが許されている。
爆音が響き、炎弾が背中越しに迫る。
「俺、犯罪者じゃないんだけど!」
叫びながら、抜剣。
「だまれ!王の命令だ!」
命令、命令って……。
迫る炎弾。
回避はできない。この先には民家があるからだ。
ならば、と。
後ろを振り返り、少し横にずれながら、身体の横を通過しようとする炎弾をスライスするように斜め下に向かって剣を振る。
すると、炎弾は面白いくらいに空高く上がり、空中で霧散した。
今のは《魔法崩し》。
師匠直伝の対魔法剣術で、剣を振って任意の方向に魔法を逸らす技だ。ただこれは、単発型魔法にしか効果がない。
そりゃそうだ。広範囲魔法に使ったところで意味がないからな。
「なっ!?貴様、今何をした!」
「えっ?いや、剣で上に逸らしただけだけど?」
「バカなことを言うな!そんなことが簡単にできるわけないだろ!」
えー……本当のこと言っただけなのに。
というか、簡単じゃないの?
師匠は、
『国の兵士なら、魔法くらい誰でも弾けるからね?』
とか言ってた気がするんだけど……。
「何を喋っている!一発でダメなら、全員で撃つぞ!」
「はい!」
魔法を撃つには、魔力を練って、出す魔法をイメージしなければいけない。
だから、魔法を撃つ人が名前を叫ぶのには、口に出すことでイメージを明確にするという意味があるのだ。
よって魔法を放つと決めてから、実際に放たれるまでには、人によって長さの異なるタイムラグがある。
その魔法に慣れれば慣れるほど、タイムラグは短くなるのだが、今回の兵士は幸いにも魔法が得意というわけではないらしい。
未だに手を前に出したまま、止まっている。
果たしてそれでいいのか、国所属の兵士なのに。
しかし、どうしよう。
前に走ったところで、一本道だ。曲がり角につくまでに魔法群の餌食になるのは確実。
だからと言って、回避はやはりできない。
《魔法崩し》を使おうにも、あれだけの数となると、流れ弾が店や民家に飛んでしまう可能性があり、得策とは言えない。
……もしかして、詰んだ?
「《水霧》」
声が響いた。
そしてその直後、濃い霧が俺と兵士達の間にたちこめる。
「な、なんだこれは!」
「霧、か……?」
兵士達の狼狽えた声。
あちらもこの現象に理解が追いついていないらしい。
しかし、俺は確かに聞いた。
魔法名が紡がれるのを。
(アクア・ミスト……だったか?)
「こっちです」
「え?ちょっ……!」
当然腕を掴まれ、引っ張られる。
俺の腕を掴んだまま、前を走る人はフードを被っていた。
もう片方の腕は何かを持っているのか、後ろからは見えない。
走る先には、細い道。
引っ張られてここまで来たので、今どこにいるのかは全くわからない。
というか、何でこの人は俺を助けるんだ?おそらくあの霧の魔法を使ったのも、この人だ。
どうして、そこまでして俺を助ける意味がある?
「あの……」
「ふぅ、そろそろ撒けましたかね」
声をかけると、その人は走る速度を落とし、その場に止まった。
さっきはよくわからなかったが、誰もおらず静かなこの道では、その声が女性のものだというのがわかる。
そしてさらにその声はどこか懐かしく、聞いたことがある声だった。
この声は、確か……。
「お久しぶりです、ユウキ様。
ご立派になられて……私はとても嬉しいです!」
子供を胸に抱いて、目に少し涙を溜めながら微笑む彼女は、
「あなたでしたか。セリアさん、本当にお久しぶりですね。助けていただいてありがとうございます」
――セリア・フロスト。
俺が王宮にいた時、母さんの専属メイドだった女性だ。