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旅立ちの章・2

 それから3日経った後に 1 次審査合格通知がガラの元に来た。さあ、次だと鏡に向かって意気込む。2次審査までに体調を整えておかねば・・・と思った時、合格通知の後ろに別の封筒が紛れている事に気づいた。宛名はガラ・ステラ。そして差出人は・・・

「ロウジェベール教授・・・。」

 恐る恐る封筒を開ける。純粋なロボットを愛したロウジェベールは、衛星巨神の事を下らぬ幻想でロボットと人間を組み合わせたつまらないものであると授業で常日頃軽蔑していたからだ。ひょっとして嫌な事を言われるのかなと思い ながらガラは読んでみる。


『ガラ・ステラくん。

 1次審査は通りましたか。まあ君の学力なら余裕でしょう。聞くところによれば、 3次審査は公開で行われるらしいですね。もしも3次まで通ったら、私は観にいく つもりです。頑張ってください。ジェラルド・ロウジェベール』


 ガラは驚いた顔で手紙をもう一度読む。ロウジェベールは私を応援してくださる。 それだけでも暖かい気持ちになってきた。今までずっと孤独な戦いを続けてきたからだ。ガラはそのまま泣いてしまう。泣きだすのを抑えきれなかった。



「はああああ。」

強いため息をつきながらセリーシャはお菓子を高速でつまみ食いする。

「どうして、あいつばっかり!ガラ!」

 セリーシャはメラマが試験の終わりにガラに先に話しかけた事を多少なり気にしていたのだ。(私だって、いや、私こそ只の人じゃないのに・・・。)

 セリーシャは携帯電話を取り出して番号をかける。相手はセリーシャチルドレン総長であるマーチンである。

「もしもし、マーチン・・・?そう、私、セリーシャ・ショコラッテよ?一次? 勿論通ったわ。ガラも通ったのかしらね・・・あの子はどうせ中身無いから3次に通るか心配わね・・・え?私がガラを嫌ってたって?違うよ。あの子は問題があるから、話しかけづらいだけ・・・いやいやいや、とても心配してるって・・・ライバルだけど、あの子審査落ちたらどうするのかしらね。ふふ・・・いや、今のは違う違う。思い出し笑い。」



「お姉ちゃん」ルリナ・ブルーチェットは聞いた。「どうだった?」

「大丈夫だった。」メラマはニコリと笑った。「さあて、次だね。」

「よかった。」ルリナも笑った。「がんばって。」

「ありがとう。」

「おばあちゃん。」ルリナは額縁に話しかけた。「ガラは通ったかなあ?」

 額縁のサブレナはにこりと微笑んだ。

「まあ教えられないよね。でもまたガラちゃんに会えたらいいな。」メラマは夢見心地に言った。「私、二次も頑張るからね。」

額縁のサブレナはニコリと微笑んだ。

(ガラ・・・・。)



「うううう。」

「落ち着けジョースト。」

「俺、これが一番心配なんだよ。」

「大丈夫だって。あ、郵便ポストがパコンって音した。」

「うわあ。」ジョースト・プラスティは頭を押さえた。

「全く、僕が先に読むよ。」ケーリヒは玄関の郵便物入れから封筒を取り出す。

「いや、俺が読む・・・。」ジョーストはそういってケーリヒに近寄り封筒をひったくった。恐る恐る開くと・・・。


『一人暮らしの場所に困っていませんか?部屋探し代理店マヌエルです。お部屋探しから交渉、スカラー者衛星巨神”学者”への住居登録も全てマヌエルにお任せあれ!』


「ふざけんな!違う封筒じゃねえか!」ジョーストは封筒を床に叩きつける。

「はっはっはっは。焦りすぎだよジョースト。」ケーリヒは笑いながら玄関の郵便物入れから再び封筒を取り出す。「ほら、これこれ。ちょっと重たいから色々入ってるじゃない?」

「貸せ!」ジョーストはふたたびひったくる。今度は勢い良く開く。


『ジョースト・プラスティ様

あなたは第一次審査に合格しました。つきましては第二次審査のご案内をさせていただきます。別紙に地図が御座いますのでご確認下さい。』


 ジョーストは一気に力抜けたようであった。ケーリヒが「おやおや、どうしたん だ。」と訊ねると、「よかった・・・無事に通った・・・。」とジョーストは力無い声で答えた。ケーリヒはジョーストの肩をポンポンと叩いて「お疲れ。」と言った。



デルブ・パーリンシンダは審査結果の袋を丹念に粉々に破って捨てていたので、「どうしたんだ、落ちたのか。」と父のゲルミーが尋ねた。

「いいえ。」デルブは答えた。「無事に通りました、お父様。」

「そうか。」ゲルミーは答えた。「じゃあなんで審査結果の紙をそんな。」

「こういうのは執着しない方がいいのです。」デルブはニヤリと笑った。「だから情報だけメモしましたが全部捨てるんです。」

「そうか。」ゲルミーはそう答えたきり、何もデルブに訊ねなかった。デルブはククククと声の出ない笑いをする。



「始めて、だよね。クルシャ。」 クラウン社長のゴブルグ・キンピラーノは娘のクルシャに笑いかけた。「うん、パパ。これから二次審査なんでしょ?」

「ああ。」

「二次審査って体力審査?」

「その通りだ。」

 ゴブルグ社長の周りではやや困惑気味の二人の社員が引率していた。父娘が話している間に二人の社員はボソボソと噂話をしていた。 (原則二次審査までは見学不可なんだよな。) (まあお嬢さんだし社長権限ということで。) (でも12歳の娘にあんなものを見せたら怖がるんじゃないか) (何言ってるんだ。むしろ子供はこういうのは面白がるものだぞ。) (なるほど。お、着いたぞ。)(社長とお嬢さんをお通ししよう。)


 二人の社員が社長親娘の前に立ち、それぞれ左右の扉をギイと開けた。その目の前に繰り広げられるあまりに激しい光景にクルシャは驚いた。


「これが・・・体力審査・・・。」


 クルシャのすぐ目の前に、セリーシャが他の受験者と共に巨大な球形の機械に縛り付けられ上下左右あらゆる方向にぐるんぐるんと回されていた。

「これはバランスを測定する審査だよ。」とゴブルグ社長はにこやかに答える。「みてごらん、ほら。」

 機械の動きが徐々に収まって止まり、機械に縛り付けられていた8人がゆっくりと降ろされた。機械の床には八方向のコースがあり、そのコースをまっすぐ歩いてボタンを押し、その時間を測定する。受験者の中には降りるや否や地面に突っ伏して嘔吐する者もいたし、まっすぐ歩くつもりが右往左往していつのまにかボタンの後ろ側に行ってしまい、泣く泣くコースに戻ろうと再び右往左往する者もいた。セリーシャは頭をかかえながらも一歩一歩しっかり歩 いてボタンをカチリと押した。

「あの娘はデキるねえ・・・。」とゴブルグ社長は呟いたが、不幸にもセリーシャにその言葉は聞こえなかったので何の励みにもならなかった。

(ガラ・ステラもぐるぐる回ってあいつらみたいにゲロはいちまえばいいんだわ。)とセリーシャは思いながら、休憩の椅子に座って水をぐいっと飲んだ。(うっべ、水飲んだら逆に気持ち悪くなった・・・)

 セリーシャが蹲ってる間にガラが現れた。銀髪なのでよく目立つ。ジョーストと一緒であった。彼らを含む八人は再びバランス測定器に乗せられグルグルと回され る。機械が止まると明らかにガラステラは空ろな目をしていた。

(やっぱりな!意思の薄い奴はすぐに眼を回す!)とセリーシャは勝ち誇りながらすぐに気分を回復した。右往左往するガラステラ。彼女はそのまま前のスイッチにたどり着いて押した。

 その一見不安定なようで異常に手早い動作を見てセリーシャより驚いたのはジョーストである。彼は体力測定で一位の自信があったからだ。 (抜かされた・・・この娘に・・・。) 「やはり問題対処能力が高いな。」ゴブルグ社長は言った。「三次審査は実に面白い人たちが揃いそうだな・・・。」

 ジョーストが一度落ち着いた途端目にも留まらぬ速さでボタンを押したのを見て、セリーシャはいい加減敵はガラだけではないと認めざるを得なかった。その後のメラマも、回された後スキップするように走ってボタンを押した。

「すごーい!メラマちゃん!」とガラは話しかけた。

「あら、バランス感覚なら任せて!サーカスにスカウトされたこともあるの!」

 メラマは快活に答えた。「地球の道化師にもなれるかもね!」

 セリーシャはたちまち気分が悪くなって寝込んでしまった。 (もう知らん、貴様らの事は知らん・・・。)


「ふはははははははは!」一方デルブはぐるぐる回されながら爆笑していた。 (これは楽しい笑みではない、恐怖の笑みだ。しかし俺はこんな事でめげてはいけない。)

「ふははははは!ふはは!ふはははははは!」

 機械が停止した後もデルブはあちらこちらぐるぐると回りながら、4番目ではあったが無事にボタンにたどり着いた。

「ふははははは!やったぞ!ふはははは・・・」


・・・しかしそんなデルブを迎えてくれる人など誰もいなかった。セリーシャでさえガラが心配そうに声を掛けていたが「寄るな!」と強く拒絶していた。ガラは仕方なくメラマと話していた。実力者と見える彼女らが楽しそうなのを見てデルブは(そうか・・・つまり俺は孤高の存在なのだな・・・)と始めて孤独を悟ったのである。 周囲を見下す余りにコミュニケーションの仕方を忘れていたのだ。



「お父様、バランスの試験の次は?」クルシャ嬢が社長のゴブルグに訪ねる。

「いや、バランス試験の前があってね、もう終わってしまったけど、反射神経を測定する機械がある。出てきた色の光に合わせてボタンを押し、その反応速度を測定するんだ。」

「そうなんですね。」

「その次は休憩を経て障害物競走みたいなのがある。ここで脚力や跳躍力など色々測定するつもりだよ。」

「そうなんですね。」

「この試験は受験生の消耗も配慮して二日に分けて行われる。なにせ二日目は持久走だからね。でも一番大事な試験だ。」

「持久走がなぜ大事なんですか?」

「第一に衛星巨神は乗組員の身体を改造してできる。第二にずっと宇宙で作業する。いずれもこらえきれる持久力が絶対に必要だ。」

「なるほどです。」




それから数日後。遠く遠くの孤島で二十数人の受験生が並んでいる。

「これから行われるのは持久走の試験です。」ゴブルグ・キンピラーノ社長がスピーカーホンで叫ぶ。「勿論早く一周する事も大事で皆様は是非目標としていただきたいですが、これは競技ではなく適正試験です。時には困難な状況を克服する知恵が必要です。」

(とかいいながら実際は競技なんだろ。)ゲルブはそう思っていた。(規約に訓練機械であれ衛星巨神の経験がある人は受験禁止と書いてある。フェアプレイを望 んでいるのは明らかじゃないか。まあ嘘ついたがな。)

「目的は一つ、島を一周する事。そのために全力を尽くす事。では位置について!」 受験生たちは身構える。

「スタート!」 クルシャが旗を振ると受験生たちは走り出す。しかし後に彼らは思い知るであろう。ゴブルグ社長の言う事があまりに過酷なものであると。



(これのどこが「知恵が必要」だ・・・) セリーシャは5番目の位置で海岸を走りながら思った。 (走ってばかりじゃないか。) 1番目は体力自慢のジョーストが綺麗なフォームでトップを維持している。2番目はメラマ、3番目はガラである。(私は自分のペースを守るわよ。)セリーシャは思った。(貴様らはすぐにへたばるが良い。)

 海岸から森の道へ抜けても順位はさほど変わらなかった。7番目のゲルブは近道は無いかなと思ったが、おそらくこう深い森だと横切ろうとしても一気にペースが 落ちるであろうと考えてやめた。

 森はすぐに再び海岸へと抜けた。メラマとガラが同位置にいた。二人は目があっ て微笑みあった。メラマはがんばって先を走った。ガラが後ろへと行く。

 その時、地面の石に強くメラマの左足先が衝突した。「アッ・・・」と声を上げた メラマはそのまま体勢を崩して前に転倒した。「メラマ!」ガラはメラマの近くで足を止めてしまった。「メラマ、しっかり!」「うう・・・」メラマは足を押さえて蹲っていた。セリーシャがガラを抜かした。ガラはメラマの足を見て驚いた。ひどく腫れ上がっていたのだ。


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