太陽の章・3
「・・・・おい!」誰かが叫ぶ。
「何か空に影が見えるぞ!」
「何だって・・・!」また誰かが絶望したような呻きをする。
「また衛星巨神が落ちてくるのか。」
「もう勘弁してくれよ。」
「侍か?道化か?」
「・・・・ガラ!ガラじゃない!うそ!」
「道化だ!」
「あれ、でも、落ちる速度が全然遅いぞ。」
「本当だ。」
「あ、着陸した。」
「座った。」
「普通に地球に着たのか?」
「そうらしい。」
「わき腹を押さえているぞ。」
「おや、手を離した。」
「人が二人でてきた。え、すごいやせ細ってる。」
「救急車呼ばないと。」
「何があったんだ。」
「おわ、道化が倒れるぞ。」
「ガラ!」
「ありゃ。」
「これは大変だ。」
「でも海の方に倒れてくれてよかった。」
「被害なしだ。」
「!」
ガラ・ステラは眼を覚ました。銀色の瞳が日光を反射する。不思議な夢を見てしまったな、と彼女は思ったが、そういえば物凄く久しぶりにベッドの上で寝ている事に気づいた。窓の外を眺める。庭で老人たちがリハビリなのか歩き回っている。 ごく普通の病院のようだ。では自分は人間の大きさに戻ったのか。ガラ・ステラは起き上がる。久々に部屋、天井、壁というものと触れ合うので距離感が分からずベッドから転げ落ちる。
「眼を覚ましたか。」懐かしい声が聞こえる。ガラが見上げるとドミニクが見つめていた。何故か妙に老けていて白髪交じりであった。「君が無事で本当によかった。そして、私を呪縛から解き放ってくれて、感謝する。」
「ドミニク先生・・・。」
「ガラ、ゴブルグ社長に感謝するんだよ。」ドミニクは言った。
「ゴブルグ?なぜ?」
「彼は結局ニンジャ社の会議に付き合わされて太陽にいかなかった。デルブは太陽に向かう富豪たちを皆殺しにしたがゴブルグはおかげで殺されずに済んだ。その代わり、死んだ魔女に潰されがかったがな。一切の事が終わったと知って彼は自白したのだが、太陽に移住し良い職に付かせる条件で全てエドマンの指示を受けて行動していた。ガラがもし太陽を開放したら、ガラがそのまま衛星巨神のまま生き続ける宿命を負わされる事を知っていて、この子にその恐ろしい宿命を負わせるのは耐え難いとも考えていたそうだ。彼には娘がいたから、投影していたのだろう。そこでニンジャ社の技術も応用してガラの本体の肉体を保持したまま衛星巨神にするようにこっそり改造した。」
「そうだったの・・・・。」
「君は晴れて普通の人間として復帰だ。まあ、しばらくリハビリが必要だがな。だから私も君の検診役に再び戻った。だがしかし・・・」ドミニクは掠れたため息をつく。「太陽が滅んで、私に不死のエネルギーが供給されなくなった。私はもうじき死ぬであろう。」
「そんな・・・!」
「むしろ私は制裁を受けるべき人間だよ。」ドミニクはかぶりを振った。「唯一のほほんと老衰で死ぬなんて申し訳が立たない。」
「ドミニク先生は十分償いました。」ガラは言った。「おかげでこうやって私が帰れたんですから。」
「そうだな。」ドミニクは笑った。皺が目立ったのでガラはすこし悲しかった。
「なんか、結局元通りになったな。」ベンは退院したガラに言った。「一人増えたけど。」
「あーら。」セリーシャはあのときよりは邪気の無さそうな顔であった。「私ガラもベンも好きよ。前は色々あったけど、もうどうでもよくなっちゃった。」
「まさかこうやって友達同士になるとはね。」ガラも朗らかに笑った。「でもまあ、ほんと、ありがとうね。」
「いいえー。」セリーシャはうなづいた。「もう宇宙に飛び回るなんてこりごり。地球を飛び回って栄誉と金を稼ぐ方がナンボかマシだわ。」
「あら、そうかしら?」ガラは言った。「私ももう宇宙のお仕事はいいけど、宇宙旅行ができるようになったら是非行きたいわ。」
「僕も行きたい。」ベンは行った。
「あら、じゃあ行きましょう。」ガラは微笑んだ。
「ロボットは愛しかない。」ガラは大学の講堂で生徒に話していた。「私の先生はいつもこの言葉を言っていました。意味としては、ロボットには実現したいという想いが込められていて、すなわち愛の結晶なんだ、という事です。昔にぎわせた衛星巨神の事件がありましたね。わたしも以前最後の衛星巨神をやったことがありますが、やっぱり人間ではどうにもならない事もあるんですよねえ。人間は欲する側ですから。それをお手伝いするのがロボットだ。私はでもクローン人間でもあります。 ある意味ロボットです。そして欲する側の人間の意のままに動かされた道化です。」
ガラのちょっとしたユーモアにフフ、と笑う人がすこしいた。
「でもまあ結局人間だったんです。翻弄されてしまったときにふと自分のエゴに立ち返って混乱してしまった。でもそのエゴが今思うととても大事なものだったんです。その事を私の友人は気づかせてくれました。」
ガラは水を一杯飲む。
「エゴってつまり欲望なんですけど、人間は愛と欲望で生きている。そのうち欲望に全く寄らない存在はロボットなのです。だから知って欲しい。これからロボットを作る皆さんには、彼がとても健気で献身的な性格を持っているということを。その事さえ忘れなければ、彼らにとって、そして私たち人類にとって良いロボットができあがるはずです。では、オリエンテーションを終わります。」
ガラは一礼する。
あれから数年も経ったなあ、と思いながらガラは学校を後にする。夢に突き動かされた自分はつくづく若かった、人類を滅ぼしかねないほどに若かった。だけど自分はそれを乗り越えた。エドマンが乗り越えることができなかったのは、あまりにうまく行き過ぎたのと、太陽人の不死の術で死を思う気持ちを忘れたのだと思う。
太陽を見つめてもあの時のような、不思議なときめきはもう無かった。曇り空の方が太陽の想像をさせるから好き、と思った時代は終わった。自分は大人になってしまった。ふと、道化師になった巨大な自分が空から見つめているような気がした。それは『さようなら、さようなら、』と言いながら空へと消えていくような気がした。ガラはその消えた道化師に別れを告げた。
「さようなら。」
そしてガラは前を歩く。自分の生きている知り合いは皆自分の道を歩いていた。ジョーストは陸上選手になり、メラマはサーカスのピエロをしていた。セリーシャは事業主として金を稼ぎまくり、ベンは文学教授になった。そういえばクルンベルバル・ヴォーツェルは誰だったのか、結局分からずじまいだった。作者未詳だったし、太陽人の誰かが適当に書き連ねた詩かもしれないし、地球人が直感でデタラメを書いたかも しれない。ベンは未だに資料を探しているみたいだが見つからない。ま、過去の事はいいか、とガラは一人微笑んでいると前の方にベンが手を振っていた。丁度彼も帰るみたいだ。ガラはベンと共に同じ帰路を歩いていった。
―おしまい




