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目覚めの章・1

「太陽はね、むかし、人や生き物が住める場所だったんだ。」

 父の声が聞こえる。目の前に広がるのは彼女自身が知る太陽とはおおよそ異なる 赤く組み合わされた球体である。

「ここは火の力で動く巨大都市だった。その技術が今の地球でも生きている。」

 父の声に彼女は尋ねた。「ではなんで今はあんなに赤々としているの?」

「太陽は狂ってしまったんだ。」父は沈んだ声で答えた。「だから人が住めないよう、灼熱の炎で身を包んだ。その光で地球は生きている。」

 たちまち目の前の太陽が火を噴いて、今まで見たような光り輝いて燃える球体となった。

「どうして狂ってしまったの?」

 彼女が尋ねると父は答える。

「それは僕もわからない。だが、まもなく宇宙で道化師が古びて新たな道化師が求められるはずだ。」

「道化師?どういうこと?」

「道化師は世界を救う。もしも、太陽を想うなら、父を想うなら、ガラよ、道化師になって助けてくれ。」

 太陽の上に何かが覆いかぶさっているのが彼女には見えた。それは半透明で微かで見えないが、太陽を支配するために、異様に長く布のような腕部で太陽を包み込 んで見下ろして・・・



「!」


 ガラ・ステラは眼を覚ました。銀色の瞳が日光を反射する。不思議な夢を見てしまったな、と彼女は思った。私には父なんていないのに・・・。存在しない父親か ら太陽の事と、助けを求める心の悲鳴を聞いてしまった。何かこれには意味があるのだろうか、と思いながら、ガラ・ステラは銀髪の纏まった華奢な身体をベッドからゆっくり起こす。

 父も母もいないガラは、朝かならず検診を受けなければいけない。ロボットによる検査を終えた後、人間の医者もいくつかの検査をする。口を開けて喉の奥を見られたり耳の中を見られたり。ガラ・ステラは幼い頃からそのような日常で慣れていたが、この頃の、一般的な年頃の女子にとっては厭な毎日だろうな、とふと思う事もある。

 「よし。」と医者が言えば解放である。医者の名前はドミニクである。ドミニクはずれたメガネを直し、ロボットと共にたちまち車に乗って帰る。そしてようやくガラ・ステラの朝食が始まる。別段食事制限などなかったが、 ガラ自身が健康的な食事を好んでいたので、至ってごく普通のバランスのいい朝ごはんであった。味の豊富なオートミール。小さなスプーンで丁寧に口に運びながら、 ガラ・ステラは再び夢について考える。夢の事は医者には言わなかったが、それにしても奇妙な夢だったな、と改めてガラは思う。オートミールを租借する。今まで彼女が見た夢は、自分自身分析しても、読んでいた本や、会ったクラスメートなど、過去の記憶が組み合わされたもので、いくらでもそれまでの彼女の人生の中で合理的な説明がついたからだ。しかし今回の夢はそうでない。例えていうならそれは、流れる川に投げ込まれた金属片のようであり、全く質の違うものが自分に向かって飛び込んできたかのように思えたのだ。これはどこから来たのだろう、とガラ・ステラは考えながら、 オートミールを租借する。


 朝食を済ませ、支度を済ませたガラ・ステラは無言で家を出る。しばらく道を歩 くと、「よっ!」と話しかける声が聞こえる。ベン・アドラという青年である。

「ガラ、おはよう。」

「おはよう、ベン。」

「いい天気だな。」

「そうね。雲はちょっとある。」

「それぐらいが丁度いいじゃないか、空は。」

「そうなの?」

「とても綺麗で、でもちょっとだけ濁っているのが安心するものさ。」

「そうなのね。」

「ガラはどんな空が好きなんだい?」

「私は曇り空が好きかな。」

「え、なんで?」

「雲の向こうを期待できるから。」

「ガラは面白いね。」

「え、そう?」

 ガラがそう聞き返した時に、遥か空に小さく浮かぶ冠形の飛行船がアナウンスを始めたのでベンは口を噤んでしまった「・・・おはようございます・・・今日は、 一日中晴れるでしょう・・・」アナウンスを遮るようにベンは話し始める。

「雲の向こうを期待するから好きって、ガラは視点がとても広いんだね。」

「そんな事ないよ。わたしは太陽が好きなだけなの。」

「この空の太陽は好きじゃないの?」

「あの太陽は何か違う気がするから、曇りの見えない時が好きなの。」と言いかけてガラは夢の事を思い出して瞳を丸くした。

「ガラ?」ベンが気になって尋ねた時も、飛行船のアナウンスは続く。「・・・ので、来年には衛星の老朽化が相次ぐと予測されます。以上でニュースは終了いたし ます。この放送は、クイーン社の衛星巨神より配信されていま」

「ねえ。」ガラは言った。「変な夢を見たの。」

「どんな夢だい?あ、」ベンは前を見て声を上げた。「学校に着いてしまった。」

「あら、じゃあ、続きは後でね。」

「うん。じゃあね。」

「じゃあね、ベン。」

 そして飛行船はまだ飛んでいる。



「ロボットは愛しかない。」小さなロウジェベール教授は教室を歩き回りながら言う。「未だに機械で作られた物が精神が無いなどとのたまう愚か者が世をのさばるお かげで、衛星巨神などという馬鹿げた廃人産業が産まれちまったが、だが、人間の 想い無くしてそもそも機械は生まれないわけで、」ロウジェベール教授は教壇に着き、 机の上の人形のようなものを爪で弾いて転ばせる。「ロボットというのはあらゆる状 況を想定し人の為に動く、愛の結晶なのだ。」人形はそのまま俊敏に起き上がる。

「先生。」ガラ・ステラが手を挙げる。「私もそう思います。」

「そうかね、ガラ・ステラくん。それは嬉しいよ。」

「なぜなら、私は作られた人間だからです。」

ロウジェベールはハとした顔でガラを見つめる。「そうだ、そうだったね。君は、失礼な言い方をすれば生物の細胞を組み合わせて作った、ロボットのようなものだ。 だが、それに精神が無いのなら、ガラくんに魂が無い、と言えるかもしれない。だが、私はそうは思えないよ。ガラくんはロボットの事を学ぶのにすごく生き生きとしてるじゃないか。」

「ロボットが好きですから。」

「好きな事があるというのは精神がある証拠だ。もしかしたらロボットだって好きなものがあるかもしれないな。」ロウジェベール教授は机の上の人形を持って優しく撫でる。「この子の好きなものは、なんだろうね。」



「と、授業では言ったが、」ロウジェベールは授業後にガラに個人的に話しかけた。

「君はそもそも非常にロボットに好かれている。君の作った製品はとても君に対し て思う様に動いてくれるそうじゃないか。」

「教授の指導の賜物です。」 ガラは慎ましやかに答える。

「いやあ、私のアドバイスをそこまで飲み込める人自体、稀だよ。」

「ロボットは肌に合うんです。」ガラ・ステラは微笑みながら言う。「もしかしたら、人造物同士、親近感が沸くのかもしれません。」

「人造物としての本能、か。」

「教授もそう想いますの?」

「私は人生の全てを捨ててひたすら頭でロボットの事についての知識を蓄積した。だが、肌に合うなんて感覚は私には決して無い。」

「ロボットに親近感の沸く私、人造物の個性を人造物としての本能、て呼ぶのなら、」ガラはロウジェベールをまっすぐ見る。「人間の本能も、個性全ても、ロボッ トのようにプログラミングされているのかもしれませんね。」

「まあ実際、私は両極端だと想うのだ。魂があるのなら、ロボットにも人間にもある。魂が無いのならどちらにも無い、とな。」

「魂は皆共有していて偏在なのかしら。」

「まあそういうオカルトな話は我々の領分ではないよ。」

「そうですね。」

「ガラ・ステラ君。」ロウジェベール教授は言った。「君の才能が埋もれていくの は私としては惜しい。だから卒業してもここの研究員になって欲しい。」

「・・・」ガラ・ステラは何と言っていいのか分からず黙った。

「君の美貌と才能ならばいくらでも世の栄誉を得られるだろうが、できればロボットの研究の道に来て欲しい・・・。すまん、強制することではないな。だが、考えてくれ。」そういってロウジェベール教授は教室から淡々と去っていった。





「太陽はね、むかし、人や生き物が住める場所だったんだ。」 ガラはベンに言った。「・・・てその夢の中のお父さんが言ったの。」

「太陽が住める土地ねえ。もし住めたらさぞ大きな星だったに違いない。」ベンは言った。

「そうなの、かつては巨大都市で、その技術が今の地球でも生きてるって。」

「そうなのかあ。しかし変な夢だね確かに。」

「でしょう?」

「心当たりはあるのかい?」

「それが、ないのよ。自分でもこんな突拍子も無い思いつきに、びっくりしてる。」

「そりゃわからないなんて当然ね。」後ろから女の声がした。「だって、あなたは天才ちゃんだからね。」その金髪の女にガラ・ステラには見覚えがあった。ロウジェベールの授業で一緒の、セリーシャ・ショコラッテだ。細身のガラ・ステラに比べ、セリーシャはい かに磨かれた女であるか、という自己顕示欲すら垣間見えるような骨のしっかりした姿形である。

「はい、ベン。これガンツィから返すって。」セリーシャはベンに万年筆を渡した。

「あ、ありがとう。」ベンは万年筆を受け取った。

「衛星巨神の一体がまもなく老朽化で廃棄処分になるそうね。道化でしたっけ。」セリーシャはガラに横目で見て言った。「あんたはパイロットの試験うけるの?いや、でも、あの、巨神嫌いのロウジェベール爺のお気に入りで、 その上、毎日検査されてる弱弱しいクローンだから、私とライバルになれないわね。楽しそうなのにとても残念だわ。天才ちゃん。」

ガラ・ステラは首をかしげた。

「おやまあ、この子、衛星巨神の意味分かってるの?」

「今まで特に興味なかったから・・・。」

「ならばますます私とライバルになれそうにないわね。ロウジェベール爺と仲良く乳繰り合うがイイわ。」そういってセリーシャは去っていった。

「いやな女だ。」ベンは鼻でため息をついた。「君に嫉妬してるんだ。違いない。」

「衛星巨神って、」ガラはセリーシャのことなど気にもとめずに言った。「通信衛星なのは勿論分かるけど」

「ただの通信衛星ではない。搭乗者がいる人型の通信衛星で、訓練された搭乗者なら通常のコンピューターよりも遥かに早く情報を処理できる。衛星は女王だとか王子だとか各会社のロゴに合わせた格好をしている。今度は道化師かあ。」

「そうだったの・・・。」

「僕もそれ以上は知らないけどね。あ、そうだ。」ベンは手を叩く。「衛生巨神で思い出した。君の夢の事を、魔女に相談してみようよ。」

「魔女?」

「ウィッチ社のコンピューターさ。ウィッチ社の衛星巨神が、この世のあらゆる情報を収集して統計を取っている。あの占いは99パーセント的確な答えを出してくれるんだ。夢判断してもらおう。」

「うん・・・。でもちょっと待って、早いよ、ベン。」ガラは先先歩くベンの後を着いて行く。



 ベンに連れられ、ガラは始めて繁華街の光を目にした。どうしたら人の目に付くのか必死に訴えかけんばかりの赤、青、黄色。おそらく全ての人が寝静まる深い夜にでもならないとこの光は収まる所を知らないだろうとガラは思った。もっとも、そんな深い夜でも光り続ける看板は沢山あるが。

「イラシャイマセーココニ食ベニ来マセンカー」と可愛らしい張り付いた笑顔のロボ ットが二人に話しかけてくる。ガラはどうしよう、どうしようと思ったがベンは無視し てさっさと先に行く。あのロボットはああして色んな人に話しかけているのだろうか。 あのロボットの好きな事は何だろう、とガラ・ステラは思いを馳せる。もしもあのロボ

ットが望まない命令を人のために遂行しているのならば、ああ、ロウジェベール教授の 言う通り「ロボットは愛しかない」のだ、とガラは思ったのだ。

「着いた。」

 ベンがそう言って指差した先は紫色のテントであった。

「いかにも魔女のテントね。」とガラが言うと、「でも中身は魔法じゃなくて高性能のコンピューター」とベンは言いながら中に入る。小さな長方形のパネルが置かれているだけであった。ベンはパネルに書かれているメニューに触れる。

『夢占い』

「えーと・・・」ベンはガラを見て言った。「どんな夢か全部言ってくれるかな。」

「わかった。」ガラはゆっくり言った。「現実には存在しない父が、太陽は昔人が住めた、火の力で動く巨大都市だった、と言ってきた。私はそのときどこにいるのかわから ないけど、大きな要塞のような太陽が確かに見えてた。でもそれが火に包まれた。父が 言うには太陽が狂ってしまったと。理由は分からないけど、父は道化師がまもなく古び るのだからもし太陽を想うなら父を想うなら道化師になって助けてくれと言ってきた。 良く見ると火に包まれた太陽に誰かが両手を広げて覆ってた。」

「うーん、よし。」ベンはタッチパネルに入力し終えたようだ。「今は通信、検索中み たいだ。しかし本当に奇妙な夢だな。」

『解析完了』ピピッという電子音に乗せて紙が出てきた。ガラはその紙を取り出して読んでいる。

「・・・どう?」

ベンが恐る恐る尋ねると、ガラは悪戯っぽい笑みを浮かべて「ベンには教えない事にした。」と言った。

「ありゃ。」

「でもすごくためになった。ありがとう。」

「気になるなー。」

「だーめ、言えない。」

「えー。」

「せっかくだし、ここの繁華街色々見て回って帰りましょう。」

「うーん、まあそうするか。」 ガラの全く心を明かさないあっけらかんとした笑顔にベンは何とも爽やかで腑に落ちない妙な気持ちを抱いた。「さあ、いきましょうよ。」すでにテントの入り口にいたガラ・ ステラはベン・アドラを手招きした。銀の髪の毛が日光を反射していた。




「解析結果:ガラ・ステラ様

最初に述べておきますが、夢の意味を他人に話す事はお勧めできません。この夢には幾つか事実と照合することばが二つあります。一つは道化師の老朽化。探査衛星巨神であるスペース・クラウン、宇宙道化師が老朽化し、まもなく廃棄処分になる事が今朝のニュースで放映されています。もう一つは太陽を覆うもの。数年前より観測技術が上がってから何度か太陽の付近に何か影のようなものがよく映る事が科学者の間では知らされています。 この情報は新鋭の科学誌、スーパーサイエンティスト誌に掲載されています。ガラ様が存在もしない父の夢を見るのは、ヒトの女として男性を求めるエディプスコンプレックス的なものであるか、人造人間としてまだ見ぬ親の存在を無意識で意識したか、いずれ かの可能性があります。その父がガラ様を求めています。太陽と父は文脈上同じ所にい ます。ここで推察できるのは、道化師と太陽を覆うものの事実を、偶然か、あるいは直 感的に知りえたか、何らかの形で既に知っていたか、いずれにせよ、宇宙道化師になることであなた自身の潜在的な衝動を解放できる、とあなたは無意識で考えている可能性があります。以上がウィッチ社からの回答です。」



「ねえ。」

繁華街巡りを終えて夕日が色とりどりの建造物と二人を覆い、冠型の飛行船が夜のニュースをアナウンスしているときに、ガラはその飛行船を見ながらボソリと訊いた。ベ ンがその言葉に「なんだい?」と聞き返すと、ガラはベンに振り返って言った。

「・・・宇宙道化師になるにはどうしたらいいの?」

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