第2話【少女と甘味と追憶】1
あれから、一週間経った。
今だに彼女は喋れないままである。が、最近の電子機器というものは、素晴らしい。彼女の言葉を代弁してくれるアプリがあったのだ。僕はそれを某有名電子機器の中に取り込み、彼女に持たせた。
今では多少のログがあるものの、スムーズに会話することができている。そのお陰だろうか。彼女がいろいろなことを話してくれるようになった。
「しんじ! しーんーじー!」
彼女が僕の名を呼ぶ。
いつもは「しいちゃん」と呼ぶが、何か要求がある時だけ僕の本名を連呼するのだ。とってもわかりやすい女の子である。
「はいはいはいはい。なんですか、姫」
僕は冗談交じりに「姫」なんて呼びながら、隣の部屋へと移動する。そこには、かなり太々しい態度で僕の到着を待っている紫苑がいた。両腕をソファの背もたれに掛け、細くて長い足は中が見えないギリギリのラインで組まれている。できるなら、左脚をもう少しあげて欲しいものだ。そしたら秘境が見えるかもしれないというのに。
「しんじ。お腹が空きました。何か食べるものをください」
そう言いながら、僕をじっと見つめる少女。きっと、目の奥から何が食べたいのか察知させようとしているのだろう。だからあえて視線を逸らしてみる。すると「……むぅ」という声が微かに聞こえた。
「お菓子なら、事務所にあるやつ食べていいですよ? それに、冷蔵庫の中にプリンとかゼリーもあるし」
「……そうじゃないものが食べたい」
「なんか買ってきますか?」
「そうじゃない」
「じゃあなんです?」
「温かいものがいい」
「カントリーマアムをレンジで温めるとおいしいですよ」
「……そうじゃない」
「じゃあなんですか」
少女はまた「……むぅ」と言って下を向いた。言いたいことはわかっている。僕に何か作らせたいんだろう。だけど、あえて気づかないふりをするのだ。
なぜなら。
「……しいちゃんのホットケーキが食べたいです」
顔を真っ赤にしながら小声で呟く仕草が、とてつもなく可愛いからだ。
「……ん? 何? 誰の何が食べたいって?」
そう聞くと彼女はキッと僕を睨むように見上げる。きっと、凄い眼光で睨んでいるつもりだろうが、僕からしたら可愛い上目遣いでしかない。
「しいちゃんの、ホットケーキが、食べたいんです!」
そう叫んで、膝を抱え込んでじっと動かなくなってしまった。
少女の体育座りだ。見るしかない。……おっと。今日はピンクと白の縞模様ですね、ご馳走様です。
見たいものが見れたので、素直にホットケーキを作ってあげることにする。
「……カナダ産メープルシロップがいいです……厚さは三センチくらいにしてください」
後ろからボソボソと我が儘お嬢様の注文が告げられる。
「わかってますよ」
本人には聞こえない位の声で、そう返答した。
さあ、次は、僕の手作りホットケーキを美味しそうに頬張る少女を心のレンズに収める番だ。