第1話【少女と便利屋と遺失物】5
気づくと、目の前に少女が立っていた。
その右手にはくしゃくしゃになった諭吉が三人、可笑しな顔で笑っている。左手には何か書かれた裏紙。
〈一週間だけでいいから。泊めて〉
少し震える文字で書かれた手紙。
驚いて彼女を見ると、ぷいと顔を逸らした。その横顔には少し朱が差していて。でも、窓の外は既に暗闇が包んでいて。どうして赤くなっているんだろう、という疑問が浮かんでは消える。
そんな無骨な質問、彼女の顔を見てしまったらできなかった。
彼女の瞳に、小さな光が見えたからだ。
その光は頬を伝って顎まで流れ落ち、そして消えた。一瞬のことすぎて、僕は目の錯覚だと思い込むことにした。
彼女から目を逸らす。同時に、心の奥底から流れ出してくる記憶に頭の中が揺らぐ。
「僕もさ、父さんと母さん、いないんだ」
気づいたら、そんな言葉が口から零れていた。驚いたようにこちらを見る少女。
「母さんの顔なんて、見たこともないんだ。僕を産んで死んだから」
窓から見える暗闇に、一筋の光が走った。ああ。流れ星だ。
「父さんは自分から生きることをやめたんだ」
不意に頬の上を、一筋の雫が走る。……ああ。流れ星か?
「僕、一人を残して。父さんは消えたんだ」
そこまで話して、僕は少女を見た。
今、僕は、どんな顔をしているんだろうか? うまく、笑えているのだろうか?
「君も……同じかい?」
そう言って笑う。彼女は細く白い指先を僕の唇に当てた。その指先は微かに震えている。
『もう、何も、言わなくていいから』
まるで、そう言っているようで。
僕はそこで初めて、自分が泣いていることに気づいた。
涙というものは恐ろしい。一度その存在に気づいてしまうと、止まることを忘れたように流れ続けてしまう。僕は拭っても拭っても止まらない涙に、壊れた玩具のように笑った。
そんな僕を、少女は抱きしめた。
なんて、細くて、小さな身体だろう。きめ細かな肌には一点の穢れもなく、温もりですら感じられない。まるで人形のようだった。美しい命を持った感情のない人形。
それが今、僕の身体を抱いて涙を流している。
僕も彼女の思いに応えるように強く抱きしめた。
せめて、今だけでもいい。誰かの温もりを感じたかった。同情でもなく、哀れみでもなく。ただ何も言わず、このやりきれない思いを共有してくれる存在。そんな存在が嬉しかった。
涙を流し、鼻水を垂らしながら、僕は少女の右手に握られた諭吉を財布の中にしまわせる。
そして僕は決めたのだ。
この子をここに置いておこうと。