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第1話【少女と便利屋と遺失物】4

待つこと五分。

書き上げた書類を僕の目の前に差し出す。そこには幼い見かけによらず、美しい文字が並んでいた。きっと良家のお嬢さんか何かなんだろう。

名前の欄を見ると『小鳥遊 紫苑』と書いてある。


「ことりあそび?」


〈タカナシ〉


少女は手元に散らばっていた裏紙に、一言、そう書いた。


「あ……うん。タカナシだよね。わかってる、わかってる」


僕は苦笑いを浮かべて下を向いた。本当はね、本当はわからなかったんだよ、うん。『小鳥遊』って書いて『タカナシ』なんて読むなんて、僕、知らないもん。中学・高校と国語の成績オールAだった僕がわからないんだ。みんな知ってるはずがない! そうだ、そうだ!

ちなみに、成績オールAは僕の妄想の中の話だというのは、誰にも話したことはない。


そんな風に自分の中で折り合いをつけてから、再度、書類に目を通す。

不意に『小鳥遊』という苗字に違和感を持った。その違和感がなんなのかは、わからなかったけれど。

でも、確かに芽生えた違和感を僕は感じた。

何処かで聞いたことはある。だけど、それがどこだったか。僕には思い出せない。頭の奥底に眠った記憶を掘り起こそうとしたが、途中で諦めた。今わからないなら、きっと暫くはわからない。それに、この少女との関係も今だけなのだ。苗字の違和感に捕らわれて先に進めないのは、非常に無駄な時間を送ることでもある。


書類に書かれた文字を上から下に隈無(くまな)く読み進める。そこに書かれた住所は、この『富湖町(ふっこちょう)』とは程遠い都会の住所で。


「家、ここなの?」


〈引っ越してきたばかり。富湖町の住所がわからず〉


「……なるほどね。どこら辺かとかわかる?」


〈駅よりは山寄り。車で四十分くらい〉


「ああ……そう」


煮え切らない答えばかりだ。まるで、僕に所在地を知られたく無いみたいに。

ふと、空欄が目に入った。他がきちんと記入されているせいか、そのマスだけ異様に浮き出て見えた。


「……家族構成欄が、真っ白なんだけど」


彼女は素知らぬ顔で窓の外を見つめている。


「お母さんは?」


こちらに冷たい一瞥をくれる。

聞いて欲しく無い気持ちはわかるが、それがわからないことには、どうしようもない。


「お父さんは?」


少女は先ほどと同じように一瞥をくれた。ただ、その瞳の奥に一瞬、暗い影と抑えきれないほどの殺意を感じたのは気のせいではないだろう。


〈どっちも死んだ〉


それだけ書いて、少女は立ち上がる。帰るのかと思ったがそうではないらしい。もう暗闇に包まれた空を窓のそばに立ち尽くし、じっと見ている。その暗闇の奥に何か、彼女が求めているものでもあるかのように、微動だにしない。


どうしようか。


僕は声に出さずに呟く。

このまま、警察に送り届けてもいい。でもきっと、彼女は変わらない態度で接する。富湖町の人間は基本的には優しい。だが、この少女の態度に町の爺さんたちが優しくするかと言われたら頷けない。しかも、この町に来たばかりの新参者だ。いくら幼い子だからと言って、容赦はしないだろう。喋らないなら喋るまで何度も聞くだろうし、どうしても喋らないなら町から追い出す可能性もある。

だからと言って、僕が面倒を見る筋合いもない。見ず知らずの少女だ。


「僕にはこの依頼は受けられないから家におかえり」


そう言って追い出したっていいのだ。少女と言ったって、書類によれば十二歳の子どもだ。十二歳ならお金さえ渡せば一人で帰れるだろう。……少し交通費はかかるが。

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