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起(1) 【呪いを宿す少女】

少女は呪われていた。

名前は無い。【呪】とだけ呼ばれていた。

何故?それは少女にすらわからなかった。

呪いはなぜ己に降りかかったのか。何物にも触れることを許されないこの呪いは何なのか。

誰も答えてくれるはずのない問いをひたすらに少女は続ける。

一人ぼっちの暗闇の中で、ただ一人。



 翌朝。

昨晩の悲劇の跡とは裏腹に澄み切った青空の下で。

「【鉄の獣】のせいだっつってもよぉ、どうすりゃいいんだよ」

村人たちが井戸を囲い話し合っている。

「まあなあ。伝説じゃあ一回世界を滅ぼした怪物だろ?」

「俺達にゃ太刀打ちできねえよなぁ」

「封印が解けかかってるにしてもかけ直せる奴なんかいねえもんな」

【鉄の獣】。前時代の終焉を招いたとされる魔獣である。

鉄でできたその体はいかなる攻撃も跳ね返し、口から吐き出される炎はすべてを焼き尽くす。

現在は封印され活動を停止しているが、村からさほど離れていない森に眠るその魔獣に村人たちは恐怖と畏怖を感じていた。

「……あ」

一人の村人が声を上げる。

「ん?どうした?なんか名案でも浮かんだか?」

「……おう、浮かんじまった」

井戸を囲う村人たちが彼の顔を一斉に覗き込む。

「なんだ?」

「言ってみるだけ言ってみろ!」

「もう村に被害が出るのはまっぴらだ!」

他の村人たちが口々にまくしたてる。

次にまた地震が起これば家族だけではなく自分たちも死ぬかもしれない。彼らも必死なのだ。

「いやな……大きな声では言えないんだが・・・【呪】を使うんだよ」

「【呪】を?」

【呪】。

それはこの村に住む一人の少女の事だった。

否、住むという言葉はふさわしくは無い。少女はこの村に『幽閉』されていた。

「あいつの呪いがあれば【鉄の獣】も倒せるんじゃねえか?」

「ふむ、なるほど……」

村人たちは頷く。確かに少女の呪いをもってすれば【鉄の獣】は討滅できるかもしれない。


少女の呪い。

それは触れるもの全てを塵へと変える死の呪いだった。

生物であろうが無生物であろうが彼女の手が触れたものは死んでしまう。

理由はわからない。

分からないからこそ村人たちは彼女を恐れ、殺すこともできずに閉じ込めるという手段をとらざるを得ないのだ。



そして少女は目を覚ます。

目を開けていても、閉じていても変わらない暗闇の中。

唯一食事が運ばれるときのみ光が射し、その時だけ彼女は少しの喜びを得る。

差し出された食事を犬のように食べるだけの日々。

出ようと思えば出れないわけではなかったが、自分がこの暗闇の外へ出れば村人たちに迷惑がかかってしまう。

少女はいつものようにただ座り、食事を待ち、ただ生きているだけの日々を紡ぐ。

これまでもそうだったし、これからもそうだと諦めきっていた。


しかし、その日だけは違った。


「出ろ」

部屋の中に光が射し、男の声が響く。

「……?」

声が出ない。声の出し方を忘れてしまったかのようだ。

「出ろ」

もう一度男の声がした。

今度は先ほどよりも強い命令のような言葉だった。

少女はよたよたと立ち上がり、光に向かって歩く。

目が痛い。しかし少女にはそれが嬉しかった。

「ついてこい。決して周りのモノには触れるな」

久しぶりに聴く人の声。ぶっきらぼうだが、久しぶりに触れるそれに少女の心は震える。

涙が出る。

それが暗闇に慣れた目を突き刺す光の所為なのか、人の声に触れられた喜びの所為なのかはわからない。

だが、まだ涙を流せる。

生きている。

死後の世界のように暗いに時の止まった部屋から、光あふれる世界へ。



「お前にしかできないことがある」

そう少女に告げる男の顔は見たことがあった。

記憶より大分と老け込んではいるが、この男は村長という立場の人間ではなかったか。

「……はい」

絞り出すように声を出す。それも幾年かぶりの事だった。

「【鉄の獣】は知っているな?」

威圧的な声。有無を言わさぬ迫力。

「あれが復活しようとしているかもしれない」

聞いたことがあった。

少女の母がまだ生きていたころ、語ってくれた事実であり伝説。

「……お前の呪いがあれば、あれを倒せるやもしれぬ」

少女の呪いは、鉄でできた鏃ですら塵に還す。

本当に【鉄の獣】が鉄でできているなら、その可能性は十分にある。

「…………わたしが、てつの、けもの、を」

「ああ。……やってくれるか?……いや、やってもらわねば困るのだ。お前にしかできないことだ」

「わたしにしか……できない」

呪いのせいで遠ざけられていた自分が、今必要とされている。

少女はそれだけで、喜びを感じる。

自分にしかできないこと。

死を運ぶしかできなかった自分が、誰かの命を守れるなら。

「……わかり、ました」

「……そうか」

少女の目がもう少し光に慣れていたなら、村長の笑みが見えただろう。

安堵と、そして下衆な感情が入り混じった醜い笑みが。


「【呪】だ……」

「……子供たちを家に入れろ。何かあってからじゃ遅い」

少女は集落の広場を横切る。

周りからは陰口や恐怖の念が感じ取れる。

しかし、それに混じる少しの期待。

【鉄の獣】を倒せるかもしれない。集落を少女が救えるかもしれないという期待か、それとも……。


少女は村の出口に立った。

緑と、倒れた遺跡が目の前に広がる。

「――。」

ゆっくりと深呼吸をし、少女は一歩を踏み出す。

素足のままで、ぼろ布を纏い、希望を胸に抱いて。

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