主の御名によりて(物理)
「主の御名によって命ずる……悪しき者よ、名を名乗れ!」
神父の厳命によって、苦しみもがく女の反応がピタリと止まる。やがてその重い口が開くと、嗄れた声が部屋に響いた。
「……我が名はベルゼブb……」
「まぁた貴様かぁぁぁぁぁッ!!」
瞬間、命令に応じた悪魔の声すら遮って、神父の絶叫が轟く。とっさに口をつぐんだ悪魔に、聖職者はその本分に似合わぬ激しさで矢継ぎ早に糾弾を始めた。
「漸く……! 漸く!憐れな!子羊を!救うことができると!ホッと!してみれば!何だ! 何なのだ貴様は! 毎回毎回毎回あの手この手で私の前に現れよって、毎回毎回毎回違う手段でとり憑きおってからに、よくもまあバリエーションが続くものだな!」
悪魔はしばらくぼうっと聖職者の血を吐くような叫びを聞いていたが、やがてボンヤリと応じる。
「……いやぁ、それほどでm」
「誰が褒めたかこのド腐れ悪魔がァァァァッ!!」
……応じるも、やはり最後まで喋らせてもらえず、悪魔の声はまたも神父の絶叫によってかき消された。
「アホか! アホなのか貴様は! 上位悪魔が聞いて呆れる! 貴様はよもや、今月で何度私に払われたか、知らぬわけではないだろうな!?」
悪魔は沈黙した。どうやら必死でカレンダーを引っ張り出して思い出しているらしい。傍で十字架を構えた神父が今にもそれで悪魔を撲殺しそうな形相をして睨んでいるのだから当然かもしれない。やがて悪魔は、とり憑いた女の口を借りて、おずおずと導き出した答えを神父に告げた。語尾が上がったのは、半分は自信がなかったからで、もう半分は明らかに恐怖のためである。
「……6か……い?」
「その丁度二倍だ阿呆が! 貴様の頭脳は小学生以下か!解剖して確かめてやろうか!」
「あ、じゃああともう一回こようか。その方が座りがいいし」
「よーしくるなら来てみろ鳥頭悪魔め。払うどころか完全に滅殺して、13というその数字を悪魔にとってすこぶる縁起の悪い数字にしてやるわ」
「あ、すいませんごめんなさい神父様もう反省しましただから聖書を振り上げてこっちに向かって振り下ろすのやめてくださいねえそれ使い方間違ってるからぎゃぁぁぁぁぁ……!」
……この事件が起きて以来、神父の勤める教会の周辺で、悪魔が出ることはなくなったという……。
めでたしめでたし。
《了》