月の香り、太陽の匂い(大陽家)《近距離恋愛シリーズ》
オフィスビルのエレベーターの困ったところは、社会人というのが同じ行動パターンを取ることで朝と昼休みと夕方と同じ時間に異様に込む事。いつもはフレックス利用で混雑を避けていたのだが、今日は会議があって早めというか普通の時間の出勤となり大混雑のエレベーターの餌食になってしまった。
ギュウギュウの中で、最後に強引に乗ってきた女性の香水がきつくてムンムンした空気をさらに不快なものにしていた。エレベーターの乗り方から、その尖った香りの香水から、アイラインキッチリシャドーバリバリのメイクからも自己主張が激しく自己中心的な性格が伺える。
その女性は四階で降りていったが、強烈すぎた香りは彼女が消えてなおも残る。それにしても、その香水は強すぎる。おそらく彼女なら警察犬でなくても足取りを追えるのじゃないだろうか。
俺は香水って元々好きじゃない。生物学的に香りは官能を高め性的な興奮を深めるというが、俺は香水の香りを纏った女性には若干ひく。かえって萎える気がする。
フー
大きく溜息をつき、邪魔になってきた前髪を書き上げたとき俺の袖からふとなんか香りがする。仕事柄俺は背広ではなくジーンズにTシャツとかポロシャツという格好で毎日がカジュアルデー状態。自分の香りなんて気にしたことないけれど、洋服に今まで感じたことのない香りがするのに気が付いた。
なんか百合ちゃんの香りっぽい。結婚して一週間ちょっと、俺の生活圏にスッと自然に入ってきて、生活にすんなりとけ込んでしまっている『妻』という存在。そういえば百合ちゃんはいつもなんか良い香りがしていた。近づいてきたとき、抱きしめた時フワリと香るアレは何だろう? それに近い香りが今、俺の洋服からもしている。移り香?
いくら新婚だからとイチャイチしまくっているわけでもないし、毎晩しているわけでもない。一緒に眠って、一緒に朝食して、顔洗って歯磨いて着替えて出てきただけだ。
クンクンと袖の匂いを嗅いでみると、柔らかくなんとも爽やかな香りがする。いわゆる洗剤の香りだという事は分かった。結婚してから洗濯は百合ちゃんがするようになったが、ソレまでと洗濯機は同じで洗剤も変わって無いはずなのに、何故こんなにも香りに違いが出る?
よくよく嗅いでみると百合ちゃんの香りとはチョット違う。と言うか圧倒的に足りてない。何が足りないんだろうか? 俺の匂いが邪魔しているのだろうか? 俺は首を傾げながら自分の階で降りることにした。
百合ちゃんから感じるあの香りは、そもそも何なんだろうか? 一つは衣類に残った洗剤の香りだろう。あとシャンプーの香り? それだと今は同じシャンプーを使っているので俺も同じ香りになっているのだろうか?。袖を髪の毛にすりつけてから嗅いでみるけれど、かなり近くなったけれど、チョット違う気がする。まだ何かが足りない。
中途半端な百合ちゃんの香りに包まれ、モヤ~とした気持ちのまま仕事を終える。家に帰ると、残業した俺よりも先に仕事が終わった百合ちゃんの気配がする。夕飯の香りの満ちた中、パタパタと奥から足音がして百合ちゃんが笑顔で近づいてきて迎えてくれる。一日求めていた香りが目の前に現れる。
「おかえり~」
思わず、その小さい身体を抱きしめてしまう。そしてその香りを楽しむ。そう、俺が今日一日探していたのはこの香りだ。
「どうしたの? 何かあった?」
百合ちゃんは背中を宥めるようにポンポンと叩く。そう言われるとなんか恥ずかしくなって、離れる。
「いや、なんとなく」
百合ちゃんはフフフと笑って『ご飯できてるよ!』と俺をリビングへと促す。
夕飯の時、思い切って聞いて見ると、ケラケラ百合ちゃんは笑い出した。
洗濯物の香りが変わったのは、柔軟剤が洗濯に加わったからで、百合ちゃんの香りはロク何とかと言うか店で買った香水だったらしい。
「香水つけてたんだ」
納得とともに、何かガッカリした感じは何だろう。
女性自身が香りを発しているなんて幻想なのは分かるけれど、俺をドキドキさせていたのが人工的な香水と洗剤と柔軟剤とシャンプーの香りの複合体だったというのは少し味気なく感じる。そう正直に伝えると、百合ちゃんは面白そうにコチラを見ている。
「雑誌で読んだんだけどね、口紅の色って、同じ口紅でも人によって発色が異なるらしいよ! 地色の関係や肌の色合いによる見え方の違いとか。香水の場合はもっと複雑で、付けたてと時間経過しても香り違うし、体温、気温、量、体臭によっても変化する、繊細なものなんだって。体調によっても感じ方違うし! なので、人が纏って完成するという文章読んで、感銘受けたのよね~」
確かに、今朝の女性のように台無しにするのも、百合ちゃんのようにさり気く使うか、香水をいかに魅せるかは人次第というわけか。その絶妙な足し算の結果がこの香りなのかと納得する。この香りが他の誰でもない百合ちゃん独自の香りで俺だけのモノ。
「成る程ね!」
月ちゃんは、何故かニヤニヤ悪戯っこのような顔でコチラをみている。なんでそんな顔で笑っているのか? 『ん?』と表情で問う。
「いやね、この柔軟剤の香り、なぎ左右衛門さん的にどう?」
「嫌いじゃないよ」
正直に答えると、フフフフと笑っている。
「ある意味、なぎ左右衛門さんにこそピッタリの香りなんだよね? この香りの名前って何だか分かる?」
何かの特定な花という感じもないし、よく分からない。 首を傾げてしまう。
「『おひさまの香り』なんだって」
(なんちゅー抽象的な香りだ! どんな香りだよ! それって)
そう思ったけれど、言わんとしている事が分かったので俺も笑ってしまう。散々『太陽さん』と間違えられて呼ばれてきただけにそのネタは馴染みのあるものである。
「今は、ゆり蔵さんもそうでしょうに!」
「まあね~」
百合ちゃんは、ヘラっとお日さまのように明るい顔で笑った。
なんかその笑顔を見て、この今自分が纏っている香りが今まで以上に好きになった気がする。
※ ※ ※
<月ちゃんの香りの作り方>
結構柔軟剤って、洗濯を楽しむには重要な要素です。
ダ○ニーはファンも多いのですが、私は香りが強すぎてあまり好きじゃありません。
この物語で語られているのは、○ノア の 「おひさま香り」の事ですが、私の感じているイメージはハ○ング「陽だまり」の香りの方です。
それに、SALAのシャンプーリンスとロクシタンのグリーンノート系の香水を加えた感じと思って頂けたら……。
あと、猫好きな人に耳寄りな情報!カルバンクラインのオブセッション・フォーメンという香水つけると、猫科の動物にモテモテになるそうです! お試しあれ!