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幸せの香り(清酒家)《君の名は? 別冊 シリーズ》

 取材先から直帰にしてもらい、私は旦那様の務めるマメゾン本社ビルに急ぎ足で向かう。目的地の少し手前のビルのガラス窓で身嗜みをチェックしてから歩調を緩め優雅な感じに見えるように自動ドアをくぐり、受付の所にいる守衛さんにニコリと上品に見えるだろう挨拶してから右側にある保育園に進む。

 何故私が、こんなに装っているかというと、やはり正秀さんの働いている所だけに気をつかってのこと。

『清酒さんの奥さん、ボッサボッサの恰好ロビー走っていたよ』とか、言われて恥ずかしい想いをさせたくないし、『清酒さんの奥さんってパッとしない人ね~だったら私頑張ろうかな……』なんて事になるのも嫌だ。ここにお迎えで通うようになって分かったけれど、編集部の私の職場のようにラフな感じでなく、マメゾンに勤めている人は皆シュッとしていて素敵な女性ばかり。それにモデル? と驚くくらいエレガントでゴージャスな美人もいる。そんな人にいつも囲まれて仕事していると思うと妬ける。

 前にこんな感じで歩いているのをたまたま外出から帰ってきた正秀さんに見られてニヤニヤされ、理由を話すと笑われる。

『秀正くんなんて、パーカーとダメージジーンズとかいったラフな恰好でヤッホーと保育所はいっているから、そんなに緊張してくることもないよ。

 わかばは何誤解しているのか分からないけど、俺性格こんな感じだから女性に退かれる事も多いからモテないよ。それに多分わかばが言っているのって、多分秘書課の子たちだと思う。彼女達からみたら俺なんてもっと眼中ないだろうし』という。しかし妻の欲目だけでなく、正秀さんは仕事の出来る紳士! そんな男性がモテない訳ではないと思う。納得できない顔していると目を細めて見つめられ『君こそ、誰彼構わず可愛く笑いかけて、相手を勘違いさせないでね』と言われてしまった。旦那様を疑う訳ではないが、気になるのは仕方がない。


 保育園のゲートを通るためのICカードをタッチしてから中に入ると、娘の彩香が友達の啓介くんと私の顔を見て満面の笑顔で近づいてきて、脱走防止の柵越しにキラキラした瞳で見上げてくる。その可愛い様子に心が和み一日の疲れが少し癒された。保育士さんに挨拶してから娘に向き直る。

「今日はママなのね! ママだ♪ ママ♪」「アヤママ、こんちは~」

 私はニコリと頷きその二つの頭を撫でる。

「啓ちゃんこんにちは。

 パパはまだお仕事あるんだって、だから二人で帰ろうね。彩香、今日は良い子にしていた?」

 彩香はニッコリ笑い元気に頷く。

「良い子だったよ! とぉっても! ね、啓介くん」「ねぇ~」

 こういう言葉、自己申告だけは信用ならない。私は視線を保育士さんに向けるとニコニコして頷いてきたので、本当に良い子ではあったようだ。しかし三歳児を舐めてはいけない、可愛く見せてなかなかの策士でズル賢く立ち回ってくることがある。自分がやったことをシラ~と啓介くんの所為にして澄ましている時がある。こういう所誰に似たのだろうか? と思う。そして啓介くんは何故そんな目に合っていながら、こんなに彩香に懐いているのか分からない。啓介くん相手に遠距離恋愛している恋人同士のように抱き合って別れを惜しむ二人を引き離し保育園を後にした。

「ねえ、ママ。きょうご飯な~に?」

 彩香は外に出てしまうと、もう啓介くんの事など忘れたかのように、そんな質問をしてくる。この切り替えの早さも子供ならでは。

「バアバがこないだ送ってくれた美味しいお魚よ」

 そう明るく答えると、彩香の顔がやや曇る。私の両親が送ってきてくれた干物は美味しいが、子供にはあまり喜ばれるものではないようだ。

「ねえ、今日はさ! モーモーさんのお店でハンバーグ食べて帰らない?」

 そう言って、自分が望む方向に持って行こうとする。しかし美味しい内に干物は食べておきたいそこは譲れない。

「パパと一緒の時ね。それにね、お肉ばっかりじゃなくてお魚も食べるほうが、身体が喜んで女の子は可愛くなるのよ」

 小さいながらに、可愛いという言葉に弱いので、それで釣っておくことにする。彩香はム~と悩んだ顔をする。

「だったらね、ジュースも飲むと、もっと身体喜んで可愛くなると思わない? ね?」

 首を傾げ可愛くそう催促してくる。後でゴネてきて晩御飯を食べるのを拒否してきても困るので、ジュースを買うことにする。電車を降りて家の近くのコンビニに入り、彩香にお気に入りのジュースをレジに置く。ついでに私も珈琲を頼むことにする。珈琲用の紙コップを買い、珈琲サーバーの方に向かう。

「コレ、美味しいよね~♪ 美味しいよね~♪ 彩香可愛くなっちゃう♪」

 ジュースの紙パックに頬ずりしながら彩香がついてくる。カップをセットしボタンを押すと、ガガガーと豆が挽かれる音がして、それに続いて珈琲のアロマが広がってくる。私の大好きな香り。私はその香りを大きく吸い込み、それを思いっきり楽しむ。

「まぁ~ホント良い香りね~」

 すぐ横で彩香がそう大きな声で言いながら、私と同じように深呼吸している。とても珈琲は三歳児にとって美味しいものとは思えないのい幸せそうだ。

「この香りを嗅ぐと【幸せ】って、気持ちになるわよね~」

 正秀さんが淹れてくれた珈琲を飲みながら、私がよく言っている言葉が娘の口から出てきて照れくさくなる。

「ね、ママも幸せでしょ? ね?」

 可愛くそんな事言われると頷くことしか出来ない。

「うん、幸せ! じゃあ帰ってご飯食べようか!」

 彩香はニッカリ頷き、手伸ばし繋いでくる。

「お魚~♪ お魚♪」

 調子っぱずれな彩香の自作の歌を聞きながら家への道を歩き出だす。子育てってムカつくことも多いけど、こういう何でもない所に珈琲の香りを嗅いだところではない幸せを覚える。

 私も娘に合わせて謎のお魚ソングを歌いながら家路を楽しんだ。

 


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