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清酒と下戸~後編~(清酒家)《君の名は? 別冊 シリーズ》

 玄関の扉を開けた瞬間、部屋中に漂う凄い酒の香りに俺は一瞬入るのを躊躇してしまう。そんな空気の中わかばが満面の笑みで奧から出てくる。

「な、なに? この状態」

 わかばは、鞄をうけとりながら首を傾げコチラを見上げてくる。

「いや、部屋に凄い酒の香りがするから」

 戸惑いつつ俺が説明すると、納得したようにわかばは頷きニッコリ笑う。

「ああ、鍋の香りね!」

 鍋の香りだけとは思えない。しかし彼女はやたら嬉しげでテンションが高く、ご機嫌で俺を部屋の中に誘う。

 テーブルをみると鍋敷きが置いてあり。そこに空の鉢とお箸とサラダと小鉢がすでにセットしてある。確かに鍋の準備がされているようだが、異様に酒臭い。もしかしてわかばはお酒を大量に零したのだろうか?


 着替えて席についたタイミングでキッチンから、わかばが土鍋をもってやってくる。そしてニンマリ笑い鍋の蓋を開ける。するとあの酒特有の香りが鍋からモア~と沸き上がる。肉や野菜など入っていて見た目は普通の鍋。しかしこの香りは……酒。香りだけで酔いそうだ。

「こ、これは?」

 わかばは、よく分からない期待に満ちた目をキラキラしている。

美酒(びしゅ)鍋! 日本酒を水代わりに使って作る鍋でね、酒の旨みを味わいながら鍋を楽しめるという料理なの!」

 だから、この香りなのだろう。納得はしたものの、戸惑いは消えない。

「アルコールは熱で飛ばしたから、コレなら正秀さんにも日本酒が楽しめると思って!」

 そこまでして、俺に酒を楽しませようとする必要があるのだろうか? 恐る恐る皿に盛られた料理を口にする。酒の独特な香りがあるものの、それが面白い味わいを与えていて意外と美味しかった。

「あれ? 旨い」

 かなり失礼な言葉を言ってしまったのを、言った後に気がつく。チラリとわかばの表情を見ると。パッと顔を嬉しそうに弾けさせている。良かった、俺がこの鍋を警戒していた事はバレてなかったようだ。

「良かった~この日本酒ね私が勝ち取ってきたものなの。

 今日取材で利き酒コンテストに急遽出場して、見事正解を引き当ててゲットしてきたお酒なの。その勝利を正秀さんと分かち合いたくて――」

 わかばは自慢気に、自分の武勇伝を語りだす。よくよく聞くと、見事舌で見極めたというより、あたりで当てただけのようだ。

 飲めば飲むほど酔いが回りどんどん分からなくなり、最後は勘で三つある候補から一つ選んだだけという。

 あえてそこは突っ込まず、『凄いね』と言いつつ箸をすすめた。

 話を聞きながら、肉野菜に染み込んでいる辛味というかえぐみといった独特の風味を楽しむ。なるほどコレがお酒の味なのか、お酒が飲めない俺には新鮮な味だった。

「このお酒はね、かなり甘口なの。やはり淡麗辛口は北の風土が作りだすみたい。

 九州のお酒はどれも甘くてワインに近いから洋食にも合うのかも。逆に言うとあの辺りが清酒を作れるギリギリの場所というか…」

 確かに南は焼酎の方が適しているのだろう。雰囲気は何となくだか分かってはいる。しかしワインに合う。日本酒に合う料理というのは俺にとっては未知の領域たがらただ頷く事しかできない。

 まあ、合うというのはこの料理みたいな感じで食材との調和なのだろう。


 俺がこの鍋を普通に食べられているのを見てわかばの視線に少し困惑する。ヘレン・ケラーがウォーターと言葉を発した瞬間。クララが車椅子から立ち上がった時並みに感動されるのを見て苦笑するしかない。

 酒が飲めない事は、そこまでの重大な欠点でもないだろう。実際生活にも何の支障もない。そこまでわかばに俺が下戸であることで辛い思いをしていたとも思えない。

 恐らくは純粋に二人で新しい体験が出来た事が嬉しいのだろ。

「ねえ、本当に大丈夫? 酔っぱらってない?」

 そう何度も聞いてくるわかばに、俺はどうしようかなと思う。

 何だか『全く問題ない。大丈夫だよ』と答えるのも面白くないなと思ってしまう。

 少し酔っぱらったふりをして、イタズラを仕掛けてやるのも楽しそうだ。俺は愉しそうな展開を考え思わず笑が込みあがってきた。

 わかばはそんな、俺をジッと見ている。

「正秀さん、何か悪い顔してるよ。何か企んでる?」

 ずっといた事で、段々わかばも俺の表情を読む事がうまくなってきたようだ。

「いや、別に……

 ただ、可愛いなと思って。

 日本酒味の鍋は確かに美味しかったけどわかばの方が甘くて旨そうだなと」

 作戦変更。下手に小細工しないで正攻法で迫る事にした。

「やっぱり、正秀さん酔っぱらっている?」

 真っ赤になり慌て出すわかばを見つめてニッコリと笑みを返す。その笑みを酔っ払いの笑い。俺の本音の笑い。どうとったかは知らないが、どちらにしても結果は決まっている。俺が口にしても酔いつぶれず楽しめる清酒はこの鍋だけではなかったな、と思いながら立ち上がる。そしてゆっくりテーブルを回り『清酒わかば』に近づいていく……。


 ※   ※   ※


 美酒(びしょ)鍋の作り方


 鶏モモ 

 砂肝    合わせて300gくらい?

 豚バラ

 にんにく 一かけ

 長ネギ、人参、白菜、玉葱 椎茸 豆腐か厚揚げ 春菊 など お好みの野菜

 日本酒 200mlくらい

 

1具材を食べやすいサイズにカットしておく。

2鍋で肉類とニンニクを炒める。

3鍋に野菜を入れ、ヒタヒタと具材が浸かるくらいに清酒を注ぎ込み火にかける。

4塩。胡椒で味付けをしつつ具材を蒸すように煮詰める。

 野菜に火が通りくったりしたらできあがり!


 ストレートに酒の味を楽しむお鍋です。お酒好きな人にはたまらない味だと思います。でも酒が苦手な人にとっては本当の所どうなのでしょうね?



拍手お礼にて、コチラの鍋、黄身おろし(水分をきったおろし大根と卵黄を混ぜたもの)に味ポンを混ぜたもので食べても美味しいそうです。どうぞコチラもお試し下さい。

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