清酒と下戸~前編~(清酒家)《君の名は? 別冊 シリーズ》
『清酒 わかば』
『下戸 紅葉』
名刺交換をして、私とその相手の女性は同時に吹き出して笑ってしまった。
「申し訳ありません、お名前を笑ってしまったのではなくて」
私が謝るのを、下戸さんは『いえいえ、わかりますから』と笑いながら首をふり答える。
「清酒さんは、本当に『せいしゅ』と読むのですね。私は下戸と書いて『かど』と読みます。この名前ですが酒豪です」
下戸さんはそうニッコリ笑いながら自己紹介をする。こうして名前を絡めた一ネタをいれてくるのは、珍名の人ならではの特権である。
私は以前は相手が愛煙家である場合もあるので『嫌煙家なのにこの名前の煙草です』と名乗れなかったが、結婚してからはそういう遊びも出来るようになった。
旧姓を知っている人には
『煙草を辞めて、清酒になりました』
と言って笑いを取り、初めて会う方には
『清酒です。こんな名前ですが下戸の夫がいます』
と夫をネタにして笑いを取る。
「だったら、旦那さまと私の名前、逆だったらよかったわね」
今日は後者の方で名乗ると、下戸さんはケタケタ笑いそんな言葉を返す。
「そしたら、私も下戸さんになりますね」
二人でフフフと笑う。
「清酒さんも下戸なの?」
私はその言葉に首を横に降りニッコリ笑う。
「大好きです。清酒もビールもワインもなんでも」
「一緒ですね」
二人で再び微笑み会う。下戸さんとはなんかフィーリングが合うのかテンポよく会話が進む。今日は楽しい取材になりそうだ。
今日は、エコイベントの告知記事の打合せと取材の為このショッピングモールに来てきた。そのイベントは来月開催なのだが、会場責任者も人交えた打合せをする為と、会場の雰囲気を感じる為もあり、地方PRイベントが行われている会場の一角で、後からきた会場担当と合流してテーブルにて三人で打合せをしていた。
「そういえば、この後、アチラの舞台で利き酒大会があるんですが、参加されてみませんか? 九州の方の清酒を楽しめますよ」
打ち合わせが終わった時、会場担当者がそんなお誘いをしてくる。私と下戸さんは顔を見合わせて無言でどうしようかと相談する。時間はもう四時半過ぎ、この時間なら、もうお酒飲んでも怒られないだろう。それに私の職場は取材で試飲という事もあるので、適度の飲酒は怒られる事はない。二人でニヤリと微笑みあい出場を決めた。
※ ※ ※
「という事でこの苗字の面目を保ち見事利き酒をして、この日本酒をゲットしてきたんですよ!」
私は会社に帰り自慢気にその戦利品を職場の人に見せびらかしていた。多少アルコールが入っている事もあり気分が凄く良い。
「確かな舌をもっているという事で、グルメ記事も、私いけそうな気がしませんか?」
調子にのっている私の言葉に、井上先輩は笑う。
「グルメレポートに重要なのは、食材に対する知識とあと言葉の表現力もなければ無理よ! 食いしん坊だから出来るわけではないの」
それは言えているのかもしれない。記事は人に分かりやすく物事を伝えなければならないだけに、裏付けされた知識というのが必要になる、伝えるにはちゃんと伝える内容を書く人が分かってないと無理だからだ。
「そこは勉強します! ボジョレヌーボーの解禁の記事とかも、私指名して頂ければ頑張りますよ~」
「単にお酒呑みたいだけではないか?」
田邊さんに、突っ込まれ私はヘヘヘと笑う。
「家でお酒呑めないから、そういう意味では、呑みイベント楽しいんですよね~。
この日本酒もどうしよう。家にもって帰っても一人で楽しむのも寂しいし」
景品で貰った清酒の瓶を見つめる私を面白げに皆はみてくる。
「そんなに清酒くん、お酒ダメなの?」
井上先輩の質問に私は強く頷く。結婚式でもアチラはソーダ―水で乾杯したくらいである。多分神式しにしていたら、御神酒で寝てしまって式にならなかったかもしれない。
「ワインを使った料理のソースだけで、潰れちゃいましたから」
私の言葉に、二人は驚いた顔をする。しかし田邊さんは何かを思いついたように手を叩く。
「ならばさ、この料理作ってみたら、あれなら酔っぱらわずに清酒くんにお酒楽しめるよ!」
そう言って、自分の席に戻りブラウザーを立ち上げ何やらを検索して私に示す。広島の方の郷土料理なようで、お酒でだけで具材を煮込むという美酒鍋という料理。アルコールは火にかける為飛んでしまうので、子供でも食べられるらしい。私はそのサイトをプリントアウトしてもらいチャレンジしてみることにした。
下戸さんは全国苗字ランキングで11486位の名前です 146世帯いらっしゃるとか。オリト シモド シタド カド シモトとも読むそうです。




