END
窓ガラスに映る、自分の姿。それは「佑月カンナ」だろうか。
カンナは笑っていない。どんなことがあっても泣かないのに。
洋子は泣けない。なぜか涙が出なかった。
心の中にぽっかりと、穴が空いているような感覚がした。
感情を殺すのには慣れていた。どんな感情も、すぐに消せる。
しかし今、心を占めているのは無感ではなく、色濃い感情が、他を押しやっているのだ。
背中で、ひっきりなしに携帯電話が鳴っていた。洋子は振り返りさえしない。
心の中の無風地帯。その周りでは、嵐のような感情が吹き荒れている。
何を祈ってここに来たのだろう。いつから間違えてしまったのか。今からやり直しはきくだろうか。
心は穏やかだ。鼓動さえも静か。もう動揺はない。思考が明晰だからだ。
この世界に一人だけ。
鷹はつがいが死ぬと、あとを追うという。決して次の雌を探さない。一生つがいでいる。人間なんかよりも、よっぽど情が深いのだ。
最後のトキは、自ら命を絶った。
自殺をするのは人間だけだと思っていた。
だけど、孤独という苦しみから逃れようとして、必死にもがいた結果が、死だったとするのなら。自殺をするのが人間だけなのは、それは仕方を知っているからだ。悲しみや苦しみから逃れる手段、鳥は激情のうちに知るというのなら、そこに本質があるのかもしれない。
自ら死を選ぶということは、苦しみから逃れる、結果にすぎない。
ガラスに映る、洋子が笑った。
「ごめんね、ありがとう」
最後のトキは、扉の向こうに亡霊を見たのかもしれない。自分の形によく似た。それは絶望に、よく似た色をしていた。
亡霊の姿が消える。高層の、強い風が吹いていた。
暗い夜の中に、きらびやかな地上の星々。祈りをこめた。
今度は、綺麗な花になりたい。
飼い殺された雛鳥の、淡い夢。
光を知らない盲目。それでも幸福は知っている。
蓮の花に願う。
朱鷺の夢。