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壊崩のベレンガリア ~不本意なあだ名(暴虐皇妃)で呼ばれていましたが、死に戻ったので自由に生きます~  作者: 長篠金泥
序章 暴虐皇妃の最期

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第1話 どうしてこうなった

※序章は死に戻るまでの前フリで、本編スタートは6話からになります

 何が悪かった――


 どこで間違えた――


 どうしてこうなった――

 

 ここ数年、何度も繰り返した問いが、また脳内をグルグル回っている。

 自業自得な失敗もあれば、回避不能の事故もあった。

 自縄自縛《じじょうじばく》の自爆もあれば、予測不能の事件もあった。

 どれもが原因の一端《いったん》のようであり、どれも全く無関係のようでもある。

 ともあれ、自暴自棄《じぼうじき》は選択できない。

 寝不足のせいかストレスのせいか、強めの疼痛《とうつう》が常駐している頭を軽く振り、意識を外界《がいかい》へと向けた。


 ブラウトリア王国の旧首都ニースベルグ――現在はブラウトリア帝国の副都《ふくと》ハインベルグと名を変えた、街の中心に聳《そび》える白亜の城。

 その会議室は昼夜《ちゅうや》を分《わ》かたず、暗澹《あんたん》たる空気に支配され続けていた。

 贅《ぜい》を尽くした煌《きら》びやかな室内を飛び交うのは、虚勢《きょせい》に塗《まみ》れた放言《ほうげん》と、終焉《しゅうえん》を見据えた泣言《なきごと》ばかりで、語る方も聞く方も無意味さを自覚している。


 それでも、逃げ出さずに会議室にいるだけ、まだマシだと言えた。

 一週間前と比べれば、いつの間にやら両手に余る人数が消えている。

 国家の滅亡が目前に迫っているのだから、無理もないことだろう。

 帝国の皇妃《こうひ》という立場と、ベレンガリア・メービウス・ブラウトリーン個人の悪名がなければ、私だってどこかへ遁走《とんそう》したい。

 実現不可能な夢想に浸《ひた》りかけたところで、ヒゲの参謀が咳払《せきばら》いでざわめきを鎮《しず》める。 


「各地の戦況について、報告いたします」


 ロクでもない内容ばかりなのか、顔色がいつも以上に冴《さ》えない。

 私が頷《うなづ》いたのを確認すると、ヒゲは手にしたメモを読み上げる。


「イドールとの連絡は途絶、イドールからカナスの線を防衛していた第十七師団は後退しての戦力再編を図るも失敗、ヘンデン城で包囲下にあります。第四師団はギゼー川に拠《よ》っての抵抗を断念、クロフィカを放棄した第九師団の残存兵力、帝都防衛兵団より抽出《ちゅうしゅつ》された義勇兵部隊『白狼旅団《はくろうりょだん》』と合流し、シュメインとポーグの間に新たな戦線を構築中、とのことです」


 やや早口での報告が終わると、室内は再び賑《にぎ》やかさを取り戻す。

 しかし、聞こえてくるのは「何たることだ」「全面敗走ではないか!」「連盟の飼い犬めが」「親衛軍は何故に動かん!」など、動揺一色の発言だらけ。

 無能な幕僚《ばくりょう》たちに改めて呆《あき》れながら、従士《じゅうし》に命じてテーブルに広げてある地図の兵棋《へいぎ》を移動させ、ズタズタにされている防衛線を再確認した。

 すると、あるべき軍勢がいくつか見当たらないのに気付く。


「イドール救援に向かわせた独立混成第五旅団は、どこにおる」

「それは……」


 返答に詰まった様子から、大体の状況は想像できてしまう。

 しかし、防衛戦の指揮を任された身としては、確かめておく必要がある。

 額に汗を滲《にじ》ませた参謀を見据えていると、新顔の若い士官が挙手の後に口を開いた。


「ハッ! 混成第五旅団ですが……行軍中に消滅いたしました」

「……何なのだ、それは。接敵して撃破された、ということか?」

「いえ、麾下《きか》の連隊長による抗命《こうめい》が反乱へ発展、旅団長ゴルト将軍は殺害され幹部にも死者多数、司令部の混乱により将兵は散逸《さんいつ》……一部は第九師団に合流したようですが、八割は逃亡したと思われます」


 室内の温度が、不意に二度か三度下がったかのようだ。

 この戦況は昨日か一昨日のもの――現在は、より悪化している可能性もある。

 もっと会議室が冷えるのを予想しつつ、質問を重ねる。


「南方から侵攻する敵軍の牽制《けんせい》を命じた、ミドゥア伯爵の動きは」

「ミドゥア伯は……率いる領兵ごと賊軍へ投降、伯爵領の全体が叛徒《はんと》共の勢力下に置かれた模様、であります」


 複数の呻《うめ》き声が同時に漏れ、室内は更に寒々しさを増す。

 私の予想していた以上に酷い状況だ――天井を仰《あお》ぎ、長い溜息を吐く。


 苦戦、後退、退却、包囲、壊走、全滅。

 失陥、逃亡、降伏、内通、反乱、暴動。


 そうした言葉の一つ一つが、帝国が破れつつある事実を容赦なく突き付けてくる。

 滅びの道を回避するため、あらゆる手を尽くしていたというのに、本当に……どうしてこうなった。


 最大の理由はわかっている――隣に置かれた無人の豪奢《ごうしゃ》な椅子を横目で覗《のぞ》き、奥歯を噛《か》み締《し》める。

 かつてはブラウトリア王国の二十二代国王であり、現在はブラウトリア帝国の初代皇帝となったガスパール一世。

 革命軍と連盟軍に対する防衛指揮を、皇妃である私と元帥である皇弟に委任――と言えば聞こえがいいが、実際は全てを放棄し帝都の城壁の奥に引《ひ》き籠《こも》った男《カス》。


 この無能にして貪婪《どんらん》たる誇大妄想《メガロマニア》の俗物《ボンクラ》、ガスパール・アレス・ブラウトリーンこそが、無秩序な侵略戦争を繰り広げた挙句、帝国を窮地に追い込んだ元凶だ。

 ガスパールだけならば、何とか手綱《たづな》を取れたかもしれない。

 だが、私が対処すべき「敵」は、あまりにも多すぎた。


 皇太子フェルディナントを筆頭に、僅かな例外を除いて自尊心と自己評価ばかりが高い無能揃いで、軍務も政務も任せられぬ皇族とその取り巻き。

 ガスパールと子を生《な》したことで特権的な地位を与えられ、外戚《がいせき》としての権勢を振るおうとする側妃《そくひ》の親族とその取り巻き。

 そして、際限なく私腹を肥やしながら無意味な政争を繰り広げる、貴族という名の豺狼《さいろう》の群れ。


 更には、そんな有象無象《うぞうむぞう》に近付いて、何食わぬ顔で権益を掠《かす》め盗る悪徳商人《ダニども》。

 連戦連勝に血迷って、ロクな戦略も用意せず際限なく戦火を拡大させる、無責任で不見識な軍人たち。

 何よりも手強い相手は、他国から収奪した財貨で豊かな生活を謳歌《おうか》し、永遠に続く繁栄《はんえい》を夢見せられた民衆だ。


 長い安逸《あんいつ》に慣れ過ぎた人々は、破滅の兆《きざ》しも、社会の軋《きし》みも、暴発の燻《くすぶ》りも、見て見ぬフリでやり過ごした。

 どうにか危機感を広めようとしても、佞臣《ねいしん》に踊らされた皇帝が直々にコチラの行動を阻止してくるのだから、まるで手の施《ほどこ》しようがない。


 大陸西方の旧《ふる》き国名を掲《かか》げた反政府革命軍――『自由ローフィス軍』の一斉蜂起《いっせいほうき》と、帝国への臣従を拒《こば》んだ大陸東方諸国が結成した『エルナダ連盟』の侵攻が始まって、ようやく自分らが薄氷《はくひょう》の上にいたと知れ渡ったが、当然ながら全ては手遅れ。


 革命軍の首魁《しゅかい》である、不敗の英雄コンラッド・ヴェンゼル。

 その軍師にして、兵站《へいたん》を支える大商人テオドール・ユンカー。

 古今無双《ここんむそう》の戦術の天才と、不世出《ふせいしゅつ》の戦略の天才である二人に対し、我が軍は為《な》す術《すべ》がなかった。

 更には、帝国の裏面を知り尽くした暗黒街の領袖《りょうしゅう》スタニスワフ・エリンが、革命を公然と支持する態度を示し、各地の混乱を助長する工作を繰り広げている。

 そして連盟もまた、多数の名将・勇将の率いる軍勢で帝国の防衛線を次々に突破。

 

 内と外の連携《れんけい》による全面攻勢に対応できず、帝国軍は緒戦《しょせん》から敗退を重ねる。

 僅か半年で十二の都市、二十七の軍事拠点が失陥し、四個軍団が消失。

 数度の反攻作戦も全て失敗に終わり、開戦から二年が経とうとしている現在、敵の主力は帝都まで70キロの距離まで到達している。


「この調子では、もう三月《みつき》もせぬ間に……我らも帝国も、地上から消え失せておるな」

「そっ、そのようなことは戯《たわぬ》れにもっ!」

「客観的な事実に基《もと》づいての予測だ。では問うが、お主《ぬし》にこの窮地を覆《くつがえ》す策が何ぞあるのか」

「それ、は……」


 無意味な感情論を口走る、片眼鏡《モノクル》を掛けた初老の将軍を黙らせる。

 会議では重鎮《じゅうちん》のように振る舞っているが、コイツからは常識論と感情論しか出してこないな。

 見た目だけは有能そうなのが、また質《たち》が悪い。

 適当な理由をつけて処断しておくべきだったか――などと考えていると、二人の士官に肩を借りた疲労困憊(こんぱい)の伝令が現れた。

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