表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

性悪勇者御一行

掲載日:2026/04/10

 世界が白く弾けた。


 次に目を開けたとき、俺は巨大な謁見の間の中央に立っていた。磨き抜かれた床、赤い絨毯、左右に並ぶ甲冑の兵士たち。そして玉座には、金糸のローブをまとった王が座していた。


「ようこそ、異界の勇者よ」


 王の声は、よく響いた。


 俺は何が起きたのか理解できず、ただ立ち尽くした。だが、その場の誰もが俺を見ていた。畏れと期待の入り混じった視線。まるで、映画の主人公にでもなった気分だった。


「魔王はこの世界を脅かしている。どうか力を貸してほしい」


 王が言い終えるより早く、左右に控えていた者たちが一斉に膝をついた。


「勇者様、あなた様こそ我らの希望です」

「そのお姿、まさに伝承そのもの……」

「きっとあなたなら成し遂げられる」

「私たちは全力でお支えします」


 美しい女魔術師、寡黙そうな剣士、快活な弓手、神官風の少女。皆が皆、眩しいものを見るような目で俺を見上げていた。


 胸が熱くなった。


 昨日まで、俺はどこにでもいる平凡な学生だった。誰からも特別扱いされず、何かを期待されることもなかった。なのに今、この世界では違う。俺は勇者で、選ばれた存在で、皆に必要とされている。


 それは、あまりにも甘美だった。


 最初は遠慮していた。けれど旅が始まり、魔物をいくつか退け、村人たちから礼賛を浴びるたびに、その甘さは俺の中に深く沈んでいった。


「勇者様が先にお休みください」

「食事は一番良いところをどうぞ」

「あなたが決めてくだされば、それで」


 誰も逆らわない。誰も咎めない。少し強い言い方をしても、皆は笑って許した。


 だから、俺は勘違いした。


 これは俺の力なのだと。

 俺が偉いから、皆が従うのだと。


「遅いんだよ、支度が」

「おい剣士、前衛なんだからもっとちゃんと守れ」

「神官、お前回復遅かっただろ。あやうく死ぬところだったぞ」

「弓手、黙って言う通りにしてろ」


 苛立てば怒鳴った。疲れれば荷物を押し付けた。宿では一番広い部屋を要求し、食事に文句を言い、村人の礼が足りないと鼻で笑った。


 それでも仲間たちは俺を持ち上げた。


「勇者様はお強いですから」

「大役を背負っておられるのです、当然です」

「私たちはあなたのためにいます」


 その言葉を聞くたび、俺はますます傲慢になった。


 だが旅は、称賛だけでは終わらなかった。


 北の渓谷で、俺たちは飛竜の群れに襲われた。最初の一撃で馬車が砕け、荷は谷へ落ちた。剣士が翼を斬り払い、弓手が目を射抜き、魔術師が焼き払い、神官が血を吐きながら癒やした。俺は勇者の剣を握っていたが、足がすくみ、まともに動けなかった。


 それでも皆は俺を守った。


「勇者様、下がって!」

「今は生き延びることを!」

「あなたを失うわけにはいきません!」


 俺をかばって、剣士は肩を裂かれた。

 神官は魔力切れで倒れた。

 弓手は矢を受けて膝をついた。


 その夜、洞窟で焚き火を囲みながら、俺は初めて何も言えなかった。


 彼らがいなければ、俺はとっくに死んでいた。


 しかも、これまで散々見下してきた連中に助けられたのだ。


 剣士の肩に包帯を巻く神官の手が震えているのを見て、胸の奥に重い石のようなものが落ちた。


「……悪かった」


 ぽつりと漏れた声に、誰も反応しなかった。


 聞こえなかったのか、聞こえないふりをしたのかは分からない。


 それから少しずつ、俺は変わった。


 まず、命令口調をやめた。

 荷物を自分でも持った。

 野営の準備を手伝い、見張りも交代した。

 怪我をした剣士に礼を言い、神官に回復のたび頭を下げ、弓手の忠告を素直に聞いた。魔術師の作戦に口を挟まず、失敗したときは自分の非を認めた。


 最初、仲間たちは戸惑っていた。


「どうかなさいましたか、勇者様」

「……別に」

「熱でもあるのか?」


 剣士のその一言に、思わず笑ってしまった。皆が怪訝な顔をし、少しして弓手が吹き出した。


 それが、旅で初めての自然な笑いだった気がする。


 苦難は続いた。雪山では食料が尽き、古城では呪いに侵され、森では道に迷った。けれど今度は、俺も皆のために剣を振るった。仲間の癖や強みを覚え、誰が何を苦手としているか知った。戦いの前には声をかけ、終われば無事を確かめた。


 不思議なことに、その頃になると、以前よりも皆の表情が柔らかく見える瞬間が増えた気がした。


 俺は勝手に、そう思っていた。


 自分はようやく本当の仲間になれたのだと。


 そしてついに、魔王城へ辿り着いた。


 死闘だった。


 黒炎に焼かれ、魔獣に裂かれ、何度も倒れかけた。剣士の鎧は砕け、弓手の指は血にまみれ、魔術師の唇は青白く、神官の祈りは嗄れていた。それでも最後、俺は勇者の剣を魔王の胸に突き立てた。


 世界を覆っていた瘴気が晴れ、朝日のような光が城を貫いた。


 勝ったのだ。


 帰還の道中、各地で歓待を受けた。王都では鐘が鳴り、花びらが舞った。王は涙を浮かべ、民衆は勇者の名を叫んだ。


 その夜、王城では盛大な祝宴が開かれた。


「今宵は勇者殿の勝利を祝う宴だ」


 金の杯が配られ、料理が並び、音楽が流れる。俺は仲間たちの顔を見回した。旅の始まりとは違う、疲労と達成感を刻んだ顔。俺は胸が熱くなった。


「みんな」


 少し酔った勢いもあって、俺は席を立った。


「……今まで、本当にありがとう」


 ざわめきが静まる。


「最初の俺は、どうしようもなく最低だった。お前たちに偉そうにして、見下して、何も分かってなかった。でも、ここまで来られたのは……俺一人の力じゃない。お前たちがいたからだ。本当に感謝してる」


 言葉にすると、胸の奥がじんと痛んだ。

 もっと早く言うべきだった。

 もっとちゃんと謝るべきだった。


 それでも、今なら届く気がした。


 仲間たちは俺を見ていた。

 だが誰も笑わなかった。


 剣士は無表情で、弓手は頬杖をつき、魔術師は冷えた目をしていた。神官だけが、わずかにまぶたを伏せた。


 違和感が走った。


「……どうした?」


 王が杯を掲げたまま、ゆっくり口角を上げた。


「ようやく、少しは人らしくなったか」


 喉が、ひどく熱い。


 いや、違う。熱いのではない。焼けるように痛いのだ。息を吸おうとしても、肺にうまく空気が入らない。手から杯が落ち、銀の音を立てて床を転がった。


「な……」


 膝が折れた。


 周囲がどよめくかと思った。しかし、誰も立たない。兵士も、給仕も、王も、ただ静かにこちらを見下ろしていた。


「勇者様」


 魔術師がそう呼んだ。

 旅のあいだ、何度も聞いた呼び名だった。

 けれどその声音には、一片の敬意もなかった。


「最初から、そうしていれば少しは迷いもあったかもしれませんね」


「どう、いう……」


 喉から血が込み上げる。

 王は椅子にもたれ、退屈そうに言った。


「異界より召喚された勇者は、往々にして扱いが難しい。故郷を失った不安、選ばれた優越感、力を手にした万能感……それらを上手く満たしてやれば、実によく働く」


 理解が追いつかない。


 いや、本当は言葉の意味は分かっていた。ただ、理解したくなかった。


「仲間たちには命じておいた。お前を気分良くさせろ、従え、讃えろ、欲しいものは与えろ、と」


 王の指が、軽く鳴った。


「お前が仲間に執着し、仲間のためなら戦うようになればなお良い。もっとも、当初は自分のためにしか動かぬ俗物に見えたのでな。扱いやすくて助かった」


 弓手が鼻で笑った。


「実際、ちょろかったよ。少し褒めればすぐその気になるし」

「命令に従うだけで偉くなった気分になってたものね」と魔術師。

「途中で殊勝になったのは意外だったがな」と剣士。

「……」神官は何も言わなかった。


 俺は這うようにして顔を上げた。


「でも……お前たち……一緒に……」


「一緒に戦った?」剣士が冷たく言った。「ああ、戦ったさ。王命だからな」

「助けたのも、本当に死なれたら困るから」と弓手。

「魔王を倒すまでは、勇者を機嫌よく生かしておく必要がありましたもの」と魔術師。


 胃が裏返るようだった。

 旅の記憶が、次々と別の意味に変わっていく。


 優しさも、賞賛も、笑顔も。

 全部、作り物だったのか。


 俺が感謝を覚えたあの夜も、

 仲間になれたと思ったあの瞬間も、

 全部、俺一人の勘違いだったのか。


 神官がようやく口を開いた。


「……あなたが最後の頃、本当に変わったのは分かっていました」


 希望の欠片みたいなものが、胸に灯った。


 だが次の言葉で、それも消えた。


「でも、遅すぎました」


 王が立ち上がる。


「魔王は討たれた。民衆には英雄譚が残る。そして勇者は、祝宴の最中に急死する。激戦の傷がたたった、あるいは異界の身体がこの世界に耐えられなかった。実に美しい結末ではないか」


 誰かが笑った。

 誰の声か分からなかった。


 視界が暗く狭まっていく。

 床にこぼれた赤黒い液体が、自分のものだと気づくのに時間がかかった。


 仲間たちを見る。


 剣士は腕を組み、弓手はつまらなそうに視線を逸らし、魔術師は冷え切った目でこちらを見ていた。神官だけが、ほんのわずかに唇を噛んでいた。


 けれど、誰も手を差し伸べなかった。


 最後に俺は、あの旅の始まりを思い出した。


 玉座の前で膝をつかれ、希望だと持ち上げられた、あの瞬間。


 あれが間違いだったのか。

 それとも、調子に乗って見下した俺が全部悪かったのか。


 たぶん、そのどちらもなのだろう。


 もっと早く気づいていれば。

 もっと早く、感謝を伝えていれば。

 もっと早く、本当の仲間になれていれば。


 そんなもの、今さら何の意味もない。


 冷たい床に頬が触れる。

 遠くで、楽団の音が続いていた。

 祝宴はまだ終わらないらしい。


 霞む視界の中で見えたのは、仲間たちの冷めた瞳だった。


 その目には、憎しみすらなかった。


 ただ、役目を終えた道具を見るような、静かな無関心だけがあった。


 俺は誰にも看取られず、

 英雄として称えられた夜、

 ひどくみじめに死んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ