見えざる部員
高校の入学を機に、やっとの思いで手にしたスマホから目を離したのは、部室の扉が勢いよく開け放たれたからだ。私と向かい合うように座っていたユースケもまた、せわしない男……部長のほうへ視線を移す。
「そんな開け方しないでよ。また壊すつもり?」
「そうだな、壊すかもな。……みんな揃ってるな? よし、揃ってる!」
部長というのは、私と同じ一年生にして幼馴染の江地村透真。通称・エジソン。
艶を失った、ジャングルのような髪。彼はその中に手を突っ込んで青いサングラスを取り出すと、そのまま装着した。エジソンお手製の、3Dメガネのような質感のサングラスである。
彼は上座とか呼ばれる偉そうな席へかけると、某ロボットアニメに登場する、主人公の父親じみたポーズをとった。サングラスにプラスして指を組むその姿は、もはやアレとしか言いようがない。
「今回、集まってもらったのは他でもない……」
「集まったというか、普通に部活の時間だからね」
「僕も珍しく部活に来ましたよ。幽霊部員ですけど」
「上手い! さすがはミスターゴースト」
「はいはい、早く本題に入って」
私は肉眼で、そしてエジソンはサングラスをもってしてユースケを視認できる。
エジソン発案の「文化研究部」は、学校の空き部屋探しの最中にたまたま見つけた、このユースケの存在が決め手となって設立された。
私たちが入学する前からここにいたらしく、かといって先輩というわけでも、留年した一年生というわけでもない。……ある意味、「留まった一年生」ではあるけれど。
「そうだな。……ユースケくん。これ、キミのスマホだよな?」
「おお、確かにそうです! 僕の家まで取りにいったんですか?」
「その通り。まったく、キミの親御さんに説明するのに骨を折ったよ」
「ユースケくんのスマホがどうかしたの?」
「まぁ、見てなさい。スタンダップだ、ユースケくん」
ユースケはきょとんとしたが、エジソンに言われたとおり椅子から立ち上がった。すると、エジソンは片手に持ったユースケのスマホを、彼の胸元にそっとかざした。私も彼も首をかしげる。
「……成功だ」
「お、なんか画面変わったね」
「これでユースケくんのアカウントが作れるぞ」
ユースケのスマホの画面は黒から一転し、白くなった。私とユースケが思わず発した「アカウント?」が綺麗にハモる。
「さぁ、フルネームでサインして」
「サイン? でも僕、物には触われませんよ?」
「いいから触ってごらんなさい」
促されたユースケの指先が白い画面に触れる。タッチペンの要領で問題なく書けるようだ。
[尾花 友介]
——見た目や言葉遣いから幼い印象を受けていたが、彼は達筆だった。漢字ではこう書くのか。
新たな発見をした私は、その名前がぼんやりと消えていくのを確認した。
するとその刹那、もともと真っ白だったスマホの画面はさらに光を増した。そうかと思えば……
「えっ、何これ?」
「へへっ。幽体離脱〜……なんつってな」
エジソンが手にしていたスマホから、魂が抜けるように新たなスマホが浮かび上がった。もともとの黒いスマホとは違い、少し灰色がかった淡い色をしている。
「いっちょあがり。ほら、使ってごらん」
宙に浮いたスマホをおもむろに受け取ったユースケは、裏面や側面を少し観察したのちに、画面を上へスワイプした。
「おお……! すごい、ちゃんと僕のスマホだ! 中身も変わってない!」
「そうなの? ねぇ友介くん、元のスマホと見比べてみたいんだけど、いいかな」
「詩音。残念だがこのスマホはもう動かない」
エジソンはユースケのスマホ本体を触ったり、電源ボタンを押したりして、その言葉を証明した。
「動かない? なんで」
「スマホに限らず、普段から人が使ってるものには魂が宿ってる。胸元にスマホをかざしたのは、霊体とスマホの魂をペアリングさせるため。そのうえで直筆のサインを認識すると、文字通り……魂が抜けるってわけだ」
「あー。『魂、抜けてるみたいだな〜』って思ったら、本当に抜けてたんだ」
「魂の話はこれくらいにして……本当にすごいのはここからなんだぜ?」
ユースケの今は亡きスマホを机に置いたエジソンは、ポケットから自分のスマホを取り出すと操作し始めた。そしてとあるアプリを開いて、その画面を我々に見せる。
「ほれ、これが友介くんのアカウントよ」
「友介くんの……どれどれ」
そこには初期アイコンとともに「尾花友介」と表示されていた。そんなとき、そもそもの疑問をユースケが代弁した。
「今さらだけど、これって何のアプリなんですか?」
片方だけ口角を上げたエジソンは不敵に笑う。彼はスマホをホーム画面に戻すと、改めて、そのアプリの名を誇示した。
「聞いて驚くことなかれ。ズバリこれは、死んだ人間とやり取りができる画期的なアプリなのさ。すごいって言ってくれていいんだぜ?」
「確かにすごい、けど……」
「うん?」
「『シンジャッター』って名前はどうかと思うよ」




