7 条件
移動を決めた日ほど、狩りは失敗できない。
腹が減っても、深追いはしない。
喉が渇いても、水場で長居はしない。
循環が崩れ始めた今、事故はそのまま死に繋がる。
だから――“勝てる獲物”じゃなく、“勝てる条件”を作る。
俺は森の地形を選んだ。
倒木が重なってできた細い通路。左右は岩と根で塞がれている。逃げ道は一本。視界も狭い。
ここなら、速さを潰せる。
……問題は、相手が来るかどうかだが。
鼻腔が、冷たく痛んだ。
霧の匂いが濃い。空気が押してくる。獲物が減る。
減った獲物を追う“狩る側”は、逆に寄ってくる。
俺はそれを利用する。
創生容量(C)を確認する。
自分
創生容量(C) 10/12
帯域(B) 余裕:低
今の俺が切れる手札は限られている。
複写牙狐を出せばCが大きく削れる。代わりに索敵と足止めが手に入る。
本体が弱い以上、勝ち筋はそこだ。
俺は息を整えて、複写牙狐を生成した。
影が滲み、四足が立ち上がる。
牙、跳躍、冷たい目。
対象:複写牙狐(生成)
HP 14/14
攻 5 防 2 敏 7
特性:牙/跳躍
自分を見る。
自分
創生容量(C) 4/12
帯域(B) 余裕:低
……重い。残りは少ない。
それでも、ここでケチると死ぬ。
俺はさらに、“道具”を作った。
投げるためじゃない。置くためのものだ。
短い杭を三本。刃のない、ただの尖り。
それを通路の片側、根の影に斜めに突き立てる。
相手の脚を取る角度。
突っ込んだ時に、踏む位置。
最後に短槍を一本。
自分
創生容量(C) 0/12
……これで、余力ゼロ。
つまり、ここからは“失敗=詰み”だ。
だからこそ、最初の一分で決める。
俺は複写牙狐に意図を投げた。
――匂いを探せ。重いのが来たら戻れ。吠えるな。
牙狐が音もなく森へ溶ける。
数十秒。短い。俺の帯域じゃ長く繋げない。
戻ってきた情報は、一つだけで十分だった。
“来る”。
空気が裂けるような気配。
足音が軽い。軽いのに、圧がある。
俺は通路の一番奥、倒木の影に身を伏せた。
視線だけを通す。
影が走った。
速すぎて輪郭が曖昧だが、脚の運びだけで分かる。
四足。跳ぶ。低く、鋭い。
対象:影爪豹(中魔)
HP 22/22
攻 8 防 3 敏 12
特性:影歩/裂爪
危険度:致命(条件付き) 誤差:低
今までの相手とは別格だ。
正面で見失った瞬間に終わる。爪を一度もらったら、たぶん止血が間に合わない。
でも、“条件付き”。
条件は俺が作る。
影爪豹が通路に入った瞬間、俺は槍を突かない。
突いたら外す。外したら終わる。
俺は槍を“置く”。
通路の中央より少し手前、跳躍の着地点に、槍先を置く。
自分は半歩、倒木の影へ滑らせる。
影爪豹が跳んだ。
影のように低い跳躍。速い。
槍先が、肩口を掠めた。
浅い。致命じゃない。
でも、相手の軌道が乱れた。着地がずれる。
――踏め。
影爪豹の前脚が、俺の仕込んだ杭を踏んだ。
完全に刺さったわけじゃない。ただ、体重が乗った瞬間に脚が滑り、踏み込みが止まる。
その一瞬で、複写牙狐が横から跳びついた。
噛むな、じゃない。
噛め、でもない。
俺が投げた命令はこれだ。
――絡め。
牙狐は牙を立てず、肩に体重をぶつける。
豹の首がわずかに逸れた。
その瞬間だけ、敏捷12が“10”に落ちる。
俺はそれを逃さない。
槍を引いて刺し直すんじゃない。
槍先を滑らせて、喉に“当てる”。
当たった。
刺さった。深い。
影爪豹が暴れる。爪が空を裂く。
一撃でもらったら終わる距離だ。俺は踏み込まない。体重を乗せない。
ただ、抜かない。
抜いた瞬間、あの爪が来る。
だから“刺したまま”、豹が自分で動いて傷を広げるのを待つ。
豹の動きが鈍る。
牙狐がさらに体重をぶつけ、通路の壁へ押しつける。
狭い。逃げられない。
速さは、狭さに負ける。
影爪豹が最後に跳ぼうとして――跳べずに崩れた。
息が止まったみたいに静かになったあと、ようやく心臓が鳴る音が戻ってきた。
《討伐:経験値 +9》
《魔物生成 熟練 +9》
《鑑定眼 熟練 +2》
《魔物複写 熟練 +2》
……重い報酬。
ギリギリだった。
余力ゼロで勝った。つまり、これ以上強い相手は“勝てても”帰れない可能性が高い。
俺は一秒だけ周囲を見回す。
音が増えた。匂いも増えた。
ここで長居はできない。
死体に視線を落とす。
影爪豹。複写すれば、生成物の質が跳ねる。
だが――完全摂取は無防備になる。
今の俺はCもゼロだ。牙狐を維持しているだけで頭が重い。
この状況で“全部飲み込む”のは、自殺に近い。
結論は早い。
今日は取らない。
俺は影爪豹の腿肉を最小限だけ切り取った。食事分。
血は土に擦り付けて落とし、牙狐に戻れと意図を投げる。
撤退。
森の奥へ、匂いの薄い方向へ。
今の勝ちを“死”に変えないために。
走りながら、鑑定眼だけを開いて自分の表示を確認した。
《魔物生成 熟練:……》
数字が跳ねた感覚がある。
恐らく次の狩りで、また何かが変わる。
でも――今は休む。
欲張ると死ぬ。




