2 魔物生成
重い足音は、近づいてきている。
俺は走らない。
走れば音が出る。音が出れば追われる。追われたら、この身体能力じゃ終わる。
苔の厚い場所を選んで後退し、倒木の影に身体を滑り込ませた。
呼吸を薄くする。肩を上下させない。視線を動かさない。耳だけで距離を測る。
――でかい。
枝が折れる間隔が広い。踏み込みが重い。
でも一直線には来ない。匂いを拾いながら動いている。
さっきの血の匂いに反応した可能性が高い。
なら、死体を捨てた判断は正しい。
数十秒。足音は徐々に遠ざかった。完全に消えたわけじゃないが、俺の方向からは外れた。
そこでようやく息を吐く。
次は情報だ。
感情の整理は後回し。生き残るために必要なのは、手持ちの札の性能把握。
まず――休める場所。
森の真ん中で寝るのは自殺に近い。
俺は足元を選びながら移動した。柔らかい土は踏み跡が残る。根の上、岩の上を優先。苔は滑るが、跡は残りにくい。
しばらく進むと、倒木が二本、斜めに重なって空洞を作っている場所があった。
入口は狭いが、身体は入る。
内部に身を滑り込ませ、匂いを確かめる。
獣臭が薄い。糞もない。使われていない。
――仮の寝床。
ただし寝る前にやることがある。
上限測定。
《魔物生成》がどれだけ使えるか分からないまま動くのは、死にに行くのと同じだ。
俺は膝をつき、鑑定眼で自分を見た。
自分
HP 10/10
攻 2 防 2 敏 3
創生容量(C) 6/7
帯域(B) 余裕:低
創生容量が減っている。槍一本で1消費。
帯域は低い。つまり、操る数や複雑さに制限がある。
なら優先は――目と耳。
俺は《魔物生成》を意識し、小さな形を思い描いた。
この森にいて違和感がない。狭い場所を通れる。数を増やせる。
鼠。
影が滲み、床の土の上に小さな四足が現れた。黒っぽい毛並み。小さな目。
動く。呼吸もする。生き物だ。
気持ち悪いくらい自然だ。
鑑定眼を向ける。
対象:鼠型(生成)
HP 4/4
攻 1 防 1 敏 6
特性:夜目
危険度:低 誤差:低
所属:生成 生成補正:+0
……俺より速い。
攻防は低いが、斥候としては十分。
問題は維持コストと、帯域への負荷だ。
俺は命令を“言葉”じゃなく“意図”で投げた。
――周囲を見てこい。戻れ。
鼠が倒木の腹から出ていく。
同時に、頭の中に薄い情報が流れ込んだ。視界そのものが増えるわけじゃない。匂いと音と暗い輪郭が、距離感と一緒に混ざってくる。
粗い。でも役に立つ。
二体目。
同じように生成する。
腹の奥の熱がはっきり減った。創生容量が削れる感覚がある。
さらに、頭が少し重くなる。
鑑定眼で自分を見る。
自分
創生容量(C) 4/7
帯域(B) 余裕:低
……容量が2減った。
鼠一体で2消費? いや、違う。槍を維持していないのに、減り方が大きい。
たぶん「生物生成」は武器より重い。
帯域は相変わらず低。だけど、情報が二本になったことで処理が遅れる気配がある。
表示が変わらなくても、実感があるなら、それが制限だ。
三体目。
生成した瞬間、頭の奥が熱くなった。視界の端が薄く霞む。
吐き気ではない。集中が削ぎ落ちる感覚。手のひらがじっとり汗ばむ。
鑑定眼。
自分
創生容量(C) 2/7
帯域(B) 余裕:低
……危ない。
これ以上は、いざというときに槍も出せなくなる可能性がある。
俺は四体目を作らない。
限界を超える実験は、危機の時にやればいい。平時にやるのは愚かだ。
俺は三体の鼠に命令を揃えた。
――見ろ。匂いを拾え。音を拾え。戻れ。
意図を短くする。複雑にすると、俺の頭が焼ける。
鼠たちが散っていく。
俺は倒木の腹の中で、流れ込む情報だけを拾った。
左奥――水の音。沢。
右前――小型の気配が複数。
背後――さっきの重い足音、まだ近い。ゆっくり巡回している。
……寝られない。
仮の寝床が安全かどうか確定できない。
確定できない場所で眠るのは、死ぬ確率が高い。
俺は結論を置く。
寝床は一つじゃ足りない。
候補を複数持って、危険度で使い分ける。
鼠を呼び戻し、消した。
意識を切ると影が滲んで溶けるように消える。
同時に頭が軽くなった。呼吸が深くなる。
帯域の負荷は、体感の方が大きい。
戦闘前に斥候を維持するのは危険だ。使うなら短時間。
次。
経験値を稼ぐ方法。
さっきの小型魔物で《経験値 +1》。
獲物が強いほど増えるとしても、いきなり格上に挑むのは自殺だ。
俺が狙う獲物の条件はこれだ。
•単独
•逃げ道がある
•罠や地形で動きを制限できる
•音が出にくい
つまり、小型。
そして、こちらが主導権を取れる状況。
俺は槍を作った。
腹の熱が少し減る。創生容量の表示が気になって鑑定眼を向ける。
自分
創生容量(C) 1/7
……ギリギリだ。
槍一本でこの状態なら、生物生成は当面封印した方がいい。斥候を出す余裕がない。
俺は槍を手に、岩場の影で待った。
風下を取る。匂いを流さない。動かない。
しばらくして、小型が現れた。蜥蜴に似た魔物。舌が長い。
鑑定。
対象:蜥蜴型小魔
HP 10/10
攻 4 防 2 敏 5
特性:毒(微)
危険度:中 誤差:低
さっきの獣より硬い。毒持ち。
でも敏捷は俺より少し上程度。槍なら届く。
俺は地面の根を使って動線を限定し、槍を低く構えた。
前へ出ない。突っ込ませる。
蜥蜴が跳ねた。
そこで俺は一歩だけ引き、根に踏ませる。
わずかに姿勢が乱れた瞬間、槍を突く。
刺さった。
短い悲鳴。反射で距離を取る。毒が怖い。かすりでも後が面倒になる。
二撃目。動きを止める。
蜥蜴が痙攣し、動かなくなった。
表示が浮かぶ。
《討伐:経験値 +1》
《魔物生成 熟練 +1》
《経験値:2》
同じか。
獲物の格を少し上げても、今の段階じゃ差が出ないのかもしれない。
それより――創生容量。
鑑定眼。
自分
創生容量(C) 1/7
増えていない。
討伐で回復するわけじゃない。回復は休息か、別の条件か。
……今日の狩りはここまでだ。
俺は蜥蜴の死体を置いて離れた。血の匂いは危険。
今は“稼ぐ”より“生きる”。
沢の方向へ移動し、岩が割れてできた隙間を見つけた。入口が二つ。風が抜ける。匂いが溜まりにくい。
ここを第二の寝床にする。
岩陰に身を寄せ、目を閉じる。
創生容量が少ない。帯域も低い。
本体が弱いまま、この森で生き残るには――
無理をしない。
勝てる相手だけを選ぶ。
そして、確実に積み上げる。
森の音が、薄く俺の意識を撫でた。




