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魔物転生——最弱ですが魔物生成で効率的に生き延びます  作者: 小麦
樹海深層編

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14/15

14 リシア

“重い”足音が、霧の向こうで止まらない。

枝が折れる音が太い。地面が沈む。


対象:霧角鹿(中魔)

HP 24/24

攻 8 防 6 敏 6

特性:突進/霧角/耐痛

危険度:致命(対単独) 誤差:低


眷属化が終わっても、俺の本体が強くなったわけじゃない。

当たれば死ぬ。だから受けない。


俺はリシアの腕を掴んだ。

掴んだ瞬間、指先が僅かに硬い。爪が黒く、触れた皮膚が冷たいのに――生きた体温がある。


リシアは自分の手を見下ろしていた。

色が抜けた肌。指先の鋭さ。呼吸をしても、霧で咳き込まない。


それが、怖いのか。

それとも、安心なのか。


瞳が揺れている。焦点が合っていない。

でも、俺を見上げた時だけ、焦点が合う。


「……いま……わたし……」


言葉になりかけた声を、霧角鹿の鼻息が叩き潰した。

霧が割れ、黒い角が見える。


俺は短く切る。


「走る。喋るな。息だけ」


リシアは一瞬だけ口を閉じ、喉を鳴らして頷いた。


「……うん」


霧角鹿が頭を低くする。

突進の姿勢。


俺はリシアの背を押し、岩陰へ滑り込ませた。

直線を外す。角度を切る。


影で縄を一本だけ作る。

拘束じゃない。脚の角度を崩すための一本。


縄を地面に這わせ、霧角鹿の前脚のラインへ置く。


霧角鹿が踏み込む。

縄が脚に触れ、絡む。止まらない。止まらないから重心がズレる。


突進が一拍だけ鈍る。


その一拍で、俺はリシアの手首を引いた。

走らせる。速度じゃない。“線”を切るために走る。


リシアの足取りはまだぎこちない。

でも倒れない。転ばない。呼吸が続いている。


――耐性が効いてる。


それだけで価値がある。


リシアが走りながら、自分の胸元を押さえた。

さっきまでの“苦しい”がないことに戸惑っているみたいに。


「……へん……」


声が漏れた。


俺は即座に切り返す。


「今は考えるな。後で」


“後で”という言葉が、リシアの瞳を一瞬だけ明るくした。

後がある。生き残れる前提の言葉だからだ。


その表情が、すぐに霧角鹿の咆哮で消える。


角が岩を抉る音。石が飛ぶ。

近い。怖い。近い。


リシアが息を吸った。

咳き込まない。吸って、吐ける。


それでも、肩が震える。

霧じゃない。恐怖だ。


「……こわ……」


小さく漏れた声は、子供みたいだった。

16歳くらいだろうか。普通ならここにいるだけで壊れる。


俺は冷たく返した。


「言うな。呼吸だけ」


合理だ。恐怖は呼吸を乱す。呼吸が乱れれば体が削れる。削れたら次は死ぬ。

……でも、切り捨てた直後に胸が痛む。


守りたい、みたいな余計なものが混ざる。

それが判断を鈍らせる。だから嫌だ。


リシアはそれでも頷いた。

唇を噛んで、声を飲み込んだ。


「……ん」


強い。

強いというより、強くなろうとしている。



霧角鹿が追ってくる。

突進は失敗したが、歩みで詰めてくる。角度を取り直すつもりだ。


このまま逃げるだけだと、いずれ直線を作られる。

一度でも突進が通れば、俺かリシアが終わる。


だから逃げ方を変える。


“突進できない地形”へ誘導する。


俺は沢へ向かった。

水の匂いは匂いを散らす。足場は滑る。直線が殺せる。


リシアが沢を見て、顔を青くした。

足が止まりそうになる。


俺は手首を強く引いた。


「止まるな」


強く言い過ぎた。

だが止まったら死ぬ。


リシアは一瞬だけ俺を見て――歯を食いしばり、沢を跳び越えた。

躊躇いが遅れてくるタイプだ。判断は速いが、感情が追いつかない。


良い。

今はそれでいい。


霧角鹿が角を擦る。苛立ち。

それでも突っ込んでくる。


俺は沢手前で一度だけ立ち止まった。

怖いが、ここで角度を変えないと終わる。


影で縄を一本、霧角鹿の角先へ投げる。

絡める必要はない。触れればいい。


縄が角に触れた瞬間、霧角鹿は反射で首を振る。

進路が僅かにズレる。


ズレた先が、沢。


霧角鹿が沢へ踏み込み、足を滑らせた。

転ばない。だが速度が落ちる。突進が“歩み”に落ちる。


――取れた。


俺は沢の反対側の岩陰へ入り、リシアを押し込む。

水の匂いで生臭さが薄まる。霧角鹿は鼻を鳴らして探すが、角度が作れない。


しばらくして、霧角鹿は苛立ったように地面を蹴り、霧の中へ戻っていった。

効率が悪い獲物だと判断した。


……勝った。倒していない。追い払っただけ。

それでいい。


リシアが岩陰で膝を抱えた。

呼吸は続いている。霧に咳き込まない。だが指先が震える。


「……ごめ、んなさい……」


突然の謝罪。意味が分からない。


「何に」


俺が聞くと、リシアは自分の手を見つめた。


「……わたし……へんなのに……たすけてもらって……」


……そういうことか。


リシアは“変わった”ことを理解している。

そして、それが価値を下げると思っている。


奴隷だった思考だ。

“役に立つかどうか”で自分を測る癖。


俺は答えを迷った。

合理だけで言えば「役に立つから助けた」が最短だ。だが、それは今後の地雷になる。


俺は別の結論を選んだ。


「死なれると困る」


事実だ。俺一人だと索敵も補助も足りない。

それに、もう――戻れない方向へ来た。


リシアの瞳が少しだけ丸くなる。

期待した言葉じゃない。でも、否定でもない。


「……うん……」


リシアはそれ以上言わず、呼吸を整えた。

自分で、自分を立て直そうとしている。


その直後、霧の奥で別の音がした。

足音が多い。枝を踏む数が違う。


群れ。


俺はリシアの手首を掴み直し、立たせる。


「来る。今度は数だ」


リシアは一度だけ深呼吸し、頷いた。


「……わかった」


眷属になって最初の“返事”がそれなら、悪くない。

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