13 第一層
霧を吸うたび、肺の奥がざらつく。
追手はいないのに落ち着かないのは、ここが“追えない場所”だからだ。
担架の上でリシアの息が細い。布越しに触れる体温が、もう人間のそれじゃない。
リシア(人間)
HP 3/12
状態:衰弱/低体温/呼吸困難(霧)
危険度:致命(継続)
時間切れだ。
歩いても止まっても、結果は同じ。
「リシア」
まぶたが僅かに動く。意識はある。
「生きるなら、変える。戻れない。……それでも、生きるか」
返事は声にならない。
でも指が、俺の服を掴んだ。
同意。
それで十分。
⸻
倒木の陰へ滑り込み、霧が一番薄い“風の筋”を探してリシアを横にした。
戦う準備はしない。戦えば帯域が削れて、失敗が近づく。
俺は自分のステータスを開く。
魔物生成 Lv3
派生:眷属化
——今は、これしかない。
眷属化:要点
・同意した人間を「魔物(魔族系・下位)」へ不可逆変換
・成功すれば霧環境への耐性を得て“生存可能”になる
・失敗は死亡(高確率)/不可逆な崩れ(低確率)
・発動中は創生容量を固定占有(=戦力を増やしづらい)
・短時間の再試行は不可
次に、成功率。
成功率:48%(誤差:±6)
内訳:基礎20+深層+15+同意+10+術者Lv+15−損耗-12
半々。誤差つき。最悪だ。
でも、死よりは確率が高い。
俺は呼吸を整え、結論を切る。
「やる。途中で苦しくても止めない。呼吸だけしろ」
リシアの瞳が薄く開く。
一瞬だけ、頷いた気がした。
⸻
眷属化。
影が糸になって、リシアの胸へ沈む。
“生成”じゃない。境目を引き直す感覚。人間を人間のまま助けるんじゃなく、別物として生かすやり方。
リシアが大きく息を吸ってむせた。
拒否反応。身体がまだ人間だから当然だ。
進行:35%
成功率:45%(誤差:±6)
要因:対象負荷 -3
下がる。
なら、負荷を下げる。戦闘じゃない。環境だ。
俺は外套を剥いでリシアの口元と胸を覆い、霧を“薄める”ように布を折った。
さらに、倒木の陰から“風の筋”へ数十センチだけ位置をずらす。これだけで霧の濃度が変わる。
鑑定眼が即座に更新される。
進行:58%
成功率:49%(誤差:±6)
要因:対象負荷 軽減 +4
……上がる。
深層は危険だが、変換に必要な“濃さ”もある。濃すぎると負荷で落ちる。薄すぎると進まない。
要は、濃度の当たりを引けば早い。
霧の奥で葉が擦れた。
近い。小さい足音。二つ。
俺は動かない。戦わない。
必要なら“一瞬だけ”止める。
影で縄を一本だけ作り、入口の苔へ這わせる。武器じゃない。転ばせるための一本。
黒い線が跳んだ。
霧刃蟷螂――小魔。刃がこちらへ。
脚が縄に触れ、着地が滑る。
その一瞬で十分だった。そいつは倒木に刃を刺し、抜けずにもがく。
俺は追撃しない。殺して熟練を稼ぐ? 今は最悪の選択だ。
帯域を守れ。リシアを守れ。
もう一体は匂いを嗅いだだけで退いた。
“うまい獲物”じゃないと判断したらしい。
鑑定眼。
進行:81%
成功率:48%(誤差:±6)
終盤。
リシアの胸元の影が脈打つ。
鼓動みたいに、強く、速く。
最後の更新。
進行:100%
判定中……
一拍。
霧が、ふっと軽くなる。
リシアが大きく息を吸った。むせない。吸って、吐ける。
眷属化:成功
リシア(眷属/下位魔族)
HP 9/18
状態:衰弱(改善)/霧耐性:獲得
……生きた。
俺はようやく、握っていた息を吐いた。
勝ったわけじゃない。成功しただけだ。
リシアが自分の手を見る。
肌色が抜け、淡い灰紫に寄っている。指先が少しだけ鋭い。瞳が、霧の中でも俺を捉えている。
「……いき、てる……?」
声が出た。掠れてるが、はっきり。
「生きてる。……ただし戻れない」
リシアは一瞬だけ目を伏せ、それから――頷いた。
その直後。
霧の奥で、“重い”足音がした。
さっきの小魔とは違う。数でもない。質量。
中魔が来る。
俺は立ち上がり、短く言う。
「動けるな。走るぞ」
眷属化は終わった。
ここからは、生き残る段階だ。




