12 群影
背中が冷える。
風じゃない。視線だ。
担架の紐が掌に食い込む。引けば音が出る。止まれば囲まれる。
だから俺は、速く――静かに進む。
布の下のリシアはもう声を出さない。息だけが薄く続いている。
生きている。だが、ここで止まれば終わる。
俺は鑑定眼を“相手の顔”に当てない。視線を固定した瞬間、場所を渡す。
拾うのは気配と役割。
――斥候。
――弓。
――拘束具。
そして混じる、最悪。
合図役。
背負い袋の口から覗く筒。腰の角笛。
あれが帰れば、次は“数”と“装備”で来る。今の俺じゃ処理できない。
……止める。
必要最小限で。
⸻
倒木と岩がある窪地に担架を滑り込ませ、影で薄い板を立てた。盾じゃない。矢の線を乱す角度だ。
リシアが布の下で小さく震えた。寒さと痛み。意識が薄い。
「動くな」
返事はない。だが呼吸が一拍だけ整う。
《クリエイト》
牙狐を二体。
鼠を三体。
――鼠、散れ。枝を折れ。落ち葉を蹴れ。
――牙狐、姿だけ見せて引け。噛むな。
森がざわつく。追手の声が跳ねる。
「いたぞ!」
「数がいる!」
「合図を上げろ!」
早い。判断がいい。
俺は板の陰から覗いた。
いた。細身の男。軽装。背負い袋の筒と、腰の角笛。
あれが“帰るための役”だ。
男は前に出ない。戦う気がない。帰るだけ。
合理的で、厄介。
影で細い縄を一本。投げない。地面を這わせる。
根と苔と落ち葉に紛れ、音もなく足元へ届く。
男が位置を変えた瞬間――
縄が足首を取った。
「っ……!」
転倒。筒が地面に当たって鈍い音を鳴らす。
「守れ!」
「合図役!」
遅い。
俺は走った。全力じゃない。音を殺した速度だけで距離を詰める。
背後で矢が板を叩く。狙いは俺じゃない。担架だ。
最悪。
牙狐に命令を飛ばす。
――前に出ろ。噛むな。盾になれ。
牙狐が跳び、矢を受けて霧散した。帯域が削れる感覚が喉の奥に残る。
合図役は筒の布を剥がそうとしていた。指が震えている。恐怖と使命。
俺の足が止まった。
――殺す。
その選択が、元人間の感覚に引っかかる。
だが、殺さなくても国は来る。
あいつが帰れば、確実に来る。
必要最小限。
影で細い縄をもう一本、男の喉に回した。
刃より静かで、速い。
男の目が見開かれ、手が空を掻く。抵抗は短い。
呼吸が途切れた。
……軽い。
軽すぎて、胃が反転しそうになる。
俺は縄を消した。死体に触れない。余計な痕跡を残さない。
でも、事実だけは残る。
人を殺した。
背後で怒号が膨らむ。
「合図役が落ちた!」
「回収しろ!」
「矢を続けろ!」
ここに留まれば押し潰される。
逃げるなら、追えない場所へ。
⸻
境目がある。
空気が重くなる線。魔物ですら避ける匂い。
俺は担架の紐を握り直し、その線へ向かった。
枝を踏む音が怖い。矢の風切り音が背中を刺す。
踏み込んだ瞬間、肺が拒否した。
霧が濃い。世界が別物だ。
――深層第一層。
背後で追手の足音が止まった。
「待て……」
「入るな」
「装備がない、ここは……」
恐怖が混じる。
誰かが、吐き捨てるように言った。
「……群れを動かしてた。影みてぇに……」
別の声が、言葉を継ぐ。
「……群影だ」
その呼び名が、森に落ちた。
噂になる。広がる。形を持つ。
「撤退!」
「戻れ! ここで死ぬ!」
撤退。
俺が勝ったわけじゃない。
ただ、追えない場所に逃げただけだ。
それでも今は、それでいい。
⸻
霧の中で、鑑定眼が勝手に文字を浮かべた。
胸の奥に、嫌な熱が落ちる。褒美みたいで気持ち悪い。
知性体討伐補正:適用
熟練度:大幅上昇
《クリエイト》熟練:+大
創生容量:上昇
帯域:上昇
《鑑定眼》熟練:+中
誤差:低下
……そういう仕組みか。
強さじゃない。
相手が考え、工夫し、集団で動くほど、得るものが多い。
さらに、もう一行。
派生スキル獲得:眷属化
今は読む余裕がない。
担架の布の下で、リシアの息がまた薄くなる。
深層の空気が削っている。
俺は一度だけ目を閉じ、開いた。
本体は弱いまま。
当たったら死ぬ。変わらない。
だから運用で生きる。
「……進む」
霧は濃く、木々は高く、暗くなっていく。
深層第一層へ。
戻れなくなる方向へ。
読んで頂きありがとうございます!
ここまではほぼ主人公のみでしたが次章では徐々にキャラが増える予定です笑
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