11 追手
逃げ切るだけじゃ終わらない。
追えなくしないと、終わらない。
相手は森に慣れている。
足跡の読み方も、匂いの追い方も、俺より“仕事”だ。
だから勝ち方を変える。
勝つ=倒す、じゃない。
勝つ=追う手を失わせる、だ。
俺は走りながら地形を探した。
平地は不利。数が効く。弓が効く。網が効く。
必要なのは、隊列が崩れる場所。
足が取られる場所。
見通しが切れる場所。
沢の音が近い。
水音は味方になる。
匂いも、足音も、会話も薄める。
俺は沢へ突っ込むんじゃなく、沢を横切る方向へ切った。
ここに沿って走れば追われる。横切れば、追跡の線が切れる。
担架が揺れる。
リシアは声を出さない。呼吸だけが薄く布を震わせる。
……生きろ。
俺は自分の残量を確認した。
自分
創生容量(C) 10/18
帯域(B) 余裕:中(消耗)
まだ使える。
ただし長くは繋げない。帯域が詰まれば判断が鈍る。
短時間。分断。脱出。
それだけ。
俺は鼠を三体生成した。
小さい。弱い。だが“音”は作れる。
――右。派手に走れ。落ち葉を散らせ。
――左。枝を折れ。
――後ろ。水辺を走れ。匂いを残せ。
鼠が散る。
森が騒ぐ。
すぐに追手の声が乱れた。
「動いた!」
「どっちだ!」
「……分かれてるぞ!」
割れた。
割れたなら、個体の強さが露になる。
人間は集団が強い。集団が割れれば弱い。
俺は沢を越え、苔の多い斜面へ入った。
滑る。足場が悪い。隊列が崩れる。
担架は引きずらない。引きずれば擦過音で位置が割れる。
だから担ぐ。
肩に痛みが走る。腕が痺れる。
だが速度は落とさない。
斜面の途中、倒木の影に担架を滑り込ませた。
弓の線を切る。視線の線も切る。
リシアの目が半開きになった。焦点は合っていない。
それでも、俺の声は聞こえている。
俺は短く言った。
「動くな。息だけ」
リシアは頷けない。
代わりに唇を噛んで、音を殺す。
足音が近い。二つ。
早い。割れた中でも、こっちは慣れてる。
俺は影から、縄を数本。杭を二本。板を一枚。
武器じゃない。殺すためじゃない。
追えなくするためだ。
縄を苔の上に置く。
根に絡ませ、踏めば足首が取られる角度にする。
杭は斜面の下側に斜めに打つ。
踏めば膝が折れる高さ。
板は倒木の影――担架の前に伏せる。
盾じゃない。線を切るための板だ。
来た。
先に出たのは刃物の男。革鎧、短剣。
視線が一瞬、倒木の影を探す。囮を探している。
俺を見つけた瞬間、口角が上がった。
「……いたぞ」
次の瞬間、男が踏み込む。
そして足が取られた。
縄が跳ね、足首が絡まる。
苔で滑り、転ぶ。短剣が地面を叩く。
「っ……!」
男が立ち上がろうとする。だが苔が味方しない。
転んだ人間は、森では遅い。
少し遅れて弓の男。
斜面の下から矢を番える。狙いは俺じゃない。倒木の影。
リシア。
俺は板を少しだけ起こした。
矢の線を切る。
矢が板に刺さり、乾いた音がした。
弓の男が舌打ちして位置を変える。
その一歩が、杭を踏んだ。
足が滑り、膝が折れる。
弓が落ちる。
「くそっ……!」
ここだ。
俺は牙狐を一体だけ生成した。
短時間で終わらせる。帯域を重くしない。
――弓の男。顔。怖がらせろ。噛むな。
牙狐が跳び、視界へ飛び込む。
弓の男が反射で腕を上げ、さらに体勢を崩す。
刃物の男は縄をほどこうとする。
だが指が濡れた苔で滑り、うまくいかない。
俺は距離を取ったまま、影で縄をもう一本作った。
刃物の男の手首に絡ませ、短剣を拾わせない。
殺さない。
脚も折らない。
でも追えない。
弓の男にも縄を投げ、根に絡ませた。
立ち上がっても、数歩で転ぶ。
俺は牙狐を戻す。
これ以上繋げれば、俺の判断が鈍る。
刃物の男が呻きながら叫ぶ。
「……化けもんが……!」
弓の男が唾を吐く。
「囮はどこだ! 返せ!」
返せ。
この場に正義はない。取引と回収だけだ。
俺は槍を作らない。
刺せば終わる距離だが、刺せば“終わらない”未来が来る。
俺は淡々と言った。
「追うな」
言葉は脅しじゃない。条件提示だ。
追えば、次はもっと重い手で止める。
二人は歯を食いしばった。
でも、追える状態じゃない。ここで無理に追えばさらに怪我をする。
俺は倒木の影へ戻り、担架を掴んだ。
リシアは震えている。
恐怖と寒さ。どちらでもいい。生きているなら。
俺は走り出す。
背後で怒号が聞こえた。
「戻れ! 網を持ってこい!」
「次は火だ、逃げ道を焼け!」
……学ぶ。
追えなくしても、相手は諦めない。
次は捕獲の手が増える。手段が増える。数も増える。
つまり、これからは――
追いかけっこじゃなくなる。
俺は走りながら、自分に言い聞かせた。
人間は集団で強い。
今正面から戦うのは悪手。
俺はまだ弱い。
弱さ=死。
そして、担架の上の重さを、もう一度だけ意識から外した。
今は――生き残る。
生き残って、次に備える。




