1 転生
――死んだ。
そう結論づけるまでに、数秒かかった。
目の前が白く弾け、次の瞬間には頬が湿った土に押しつけられていた。
土の匂い。腐葉土の甘さ。湿気。
肺に入る空気が重い。熱いわけじゃないのに、息が浅くなる。
俺はゆっくり起き上がり、周囲を見た。
空が見えない。枝と葉が何層にも重なって、薄暗い。森だ。
見慣れた山でも公園でもない。匂いが濃すぎる。音が少なすぎる。
最後の記憶は――車のライト、衝撃、宙に浮く感覚。
事故で死んだ。そこまでは確かだ。
ならここはどこだ。
それ以前に――俺は、俺なのか。
右手を持ち上げて確認する。指は五本。爪もある。形は人間。
けれど肌の色が違う。灰を薄く溶いたような色合いで、光を鈍く返す。触った感触も妙だ。皮膚の下に薄い膜があるみたいに、弾力が不自然に均一。
背筋が冷える。落ち着け。状況整理。
そのとき、視界の端に文字のようなものが滲んだ。
読めるのが気持ち悪い。読めてしまうのがもっと気持ち悪い。
《魔物生成 Lv1》
《魔物複写 Lv1》
《鑑定眼 Lv1》
《経験値:0》
……スキル。
ゲームみたいだが、地面の冷たさと匂いは現実すぎる。夢じゃない。
俺は試しに《鑑定眼》を意識した。
視界が一瞬だけ締まる。焦点が合うというより、余計な情報が削ぎ落ちる感じだ。
そして、自分の横に淡い表示が浮いた。
自分
HP 10/10
攻 2 防 2 敏 3
創生容量(C) 7/7
帯域(B) 余裕:低
……弱い。
数字の意味は直感で分かった。攻撃も敏捷も低い。
帯域? 余裕:低。つまり同時に考えたり操ったりする余力が少ないってことか。
本体が弱い。
それはこの状況で致命的だ。
俺は呼吸を整えながら森に目を向けた。
静かすぎる。静かだから、どんな音も目立つ。
遠くで枝が擦れた。
俺は反射的に止まる。視線は動かさない。耳だけで距離を測る。
……近い。軽い足音。小型。
藪の陰に、黒い影が見えた。四足。犬ほどではない。
目が光る。魔物――そう呼ぶのが自然だろう。
鑑定眼を向ける。
対象:小型獣魔
HP 8/8
攻 3 防 1 敏 6
特性:牙
危険度:中 誤差:低
……俺より速い。
逃げれば追いつかれる可能性がある。ここで背中を見せるのは危険だ。
戦う。
理由は単純だ。森で生き残るなら、最初に「狩れる」ことを確認する必要がある。
俺は《魔物生成》を意識した。
腹の奥に熱が灯る。喉の奥が乾く。何かを絞り出す感覚。
同時に「作れる形」が浮かんだ。複雑なものは無理。細部が作れない。
なら単純でいい。
――刃。
土の上に影が滲み出て、一気に形になる。短い槍。先端が薄く尖っている。
手に馴染むのが不気味だ。
魔物が飛びかかってきた。速い。
俺の身体は反射で動いたが、戦い慣れていない遅さがある。間に合わない――
その瞬間、魔物の足が根に引っかかった。
一瞬だけ姿勢が崩れる。
俺はその一瞬に槍を突き出した。
刺さった。
柔らかい感触。熱い血が跳ねる。
魔物が短く鳴いた。森の音が、その悲鳴だけを拾った。
俺は槍を引き抜き、距離を取った。二撃目。
狙うのは急所じゃない。動きを止める。終わらせる。
魔物は数回もがき、やがて動かなくなった。
……殺した。
胃の奥がきしんだ。だが吐かない。ここで体力を削るのは最悪だ。
俺は鑑定眼を自分に戻した。
自分
HP 10/10
帯域(B) 余裕:低
創生容量(C) 6/7
創生容量が減っている。槍一本でも消費がある。
無限じゃない。限界を超えれば、たぶん俺は動けなくなる。
視界の端に文字が浮かんだ。
《討伐:経験値 +1》
《魔物生成 熟練 +1》
《経験値:1》
……倒せば増える。
倒したのが俺でも、俺の作った何かでも増えるなら――運用で伸びる。
だが、考える前にやることがある。
血の匂いは危険だ。
死体は“呼ぶ”。
俺は魔物の死体から離れた。根の上、岩の上、苔の厚い場所を選んで足跡を減らす。
背中が冷える。見られている気がする。
そして――音。
重い。
枝が折れる間隔が広い。体重がある。
さっきの魔物とは格が違う。
俺は息を殺した。
ここで粘る段階じゃない。
本体の俺は弱い。創生容量も有限。帯域も低い。
弱さは死だ。
なら最適化する。
まずは休める場所を確保する。
次に、狩って、経験値を稼ぐ。
同時に、生成の上限と維持の限界を測る。
重い足音が、遠くで葉を揺らした。
俺は森の暗さに紛れるように身を低くし、音のしない方向へ移動を始めた。
まだ――始まったばかりだ。
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