第12章 爪牙の誓いⅡ~ 無機的な眼
白に近い灰色の髪は神経質に整えられていた。
一部の隙も無く、整えられた汚れ一つない軍装。
そして—— 感情の見えない目で映像を刻み込むかのように、一心に眺めている。
空中に展開された魔導映像に映し出されていたものは、
焼けた森に崩れた地形。
そして——膝をつく、獣人の姿。
ノビリスの姿だった。
~本文より
日夜発展し続ける、大帝都アウレス・マグナ。
その中の一角、研究特区にある魔導機工研究院・兵装管理中央監察室で、一人の男が身動ぎもせず、じっと映像に見いっていた。
広い室内に並ぶ魔導観測装置が、淡い光を放っている。
だが機械音はほとんどしない。
静かすぎる広々とした空間の中心に、その男はいた。
名はヴェルドリク・ゼナ。
白に近い灰色の髪は神経質に整えられていた。
一部の隙も無く、整えられた汚れ一つない軍装。
そして—— 感情の見えない目で映像を刻み込むかのように、一心に眺めている。
空中に展開された魔導映像に映し出されていたものは、
焼けた森に崩れた地形。
そして——膝をつく、獣人の姿。
ノビリスの姿だった。
映像は無音だが、ヴェルドリクが望んで、何も聞こうとしていない。
いつもの習慣だ。
映像を見るときは映像のみを見続けて、音声を聞くときは目を閉じて音声のみを繰り返し聴きなおす。
今は、ただ観ているだけであった。
疑問に思うささやかな違和感を見つけるために。
数刻見ていたのか? いや、数十秒かもしれない。
時間の感覚など消し飛んでしまうほど集中していた。
やがて、背後で扉が開いた。
「監察官、失礼いたします」
白衣の研究員が一人、入室する。
「ベルセクオール部隊に関する報告を——」
「不要です」
即答だった。
研究員は発しかけた言葉を止める。
ヴェルドリクは視線を動かさず、言葉をつづけた。
「すでに観測開始しています」
乱れることの無い一定の抑揚の静かな声で返した。
映像に映るノビリスの肩が、わずかに震える所を食い入るように見つめている。
研究員は戸惑いながらも続ける。
「ですが……リミナ・マキナの破壊、ロド・グリムの沈黙、全て予測外で——」
「いいえ」
変わらず目線も外さず、きっぱりと否定した。
「予測の範囲内であり、損失も許容範囲内です」
研究員は言葉を失った。
ヴェルドリクは、ようやく瞬きをしたが、視線はそのまま微動だにしない。
「個体“ロド・グリム”は、戦略的価値が高いのは……失礼、高かったのは事実です。しかし——」
ヴェルドリクはわずかに首を傾ける。
「消耗はそもそも前提ですよ」
その声に、感情の抑揚は一切なかった。
研究員の喉がひりつくのを覚えながら、どうにか声を発した。
「……では、ベルセクオール部隊は」
ヴェルドリクは答える。
「もちろん、継続使用です。今まで通り、いいえ、今まで以上の支援を行いましょう」
無表情だった顔に、少しだけ笑顔が浮かぶ。
「御覧なさい。新規の研究材料が派生しました」
黄金に変わりつつあるノビリスの瞳が、拡大されて映されていた。
ヴェルドリクの目が、わずかに細くなっている。
「想定外が発生していますね」
研究員が息を呑む。
「想定外……ですか?」
「はい」
淡々とした声であるが、ここまで饒舌に話すことが珍しい。
「神人化の進行が想定より大分早い」
映像の中で、ノビリスが立ち上がる。
ヴェルドリクは、それを見て言った。
「そこそこ危険指定が必要な個体になったようです。実に興味深い」
ただの会話なのに、研究員は、なぜか背筋が冷え身震いを禁じえなかった。
「……排除しますか? 部隊投入も可能ですが……」
何を考えているかよくわからない管理者に恐る恐る伺いを立てた。
ヴェルドリクは、少しだけ考えこんで、
「いいえ。不要です」
とはっきりと否定した。
「あれには色々と頑張ってもらわないといけないので、そのままにしておいてください。余計な告げ口もなしですよ」
不慮の事故死を遂げた同僚や上層部のことを思い出し、研究員は身震いしながら、顔を上げて尋ねた。
「理由を……お聞きしても?」
ヴェルドリクは、ようやく振り返った。
その目は、人を見る目ではなかった。
「あれができること、壊れる過程、色々を観察したい」
静かに言う。
「優秀な個体ほど……」
無機物が言葉を発しているかのようにぼそりと告げる。
「その行為と壊れ方、全てに価値があります。わかりますか?」
研究員は、言葉を失い、立つ瀬なくそのまま、自席へともどる。
ヴェルドリクは、すでに研究員に興味を失っていた。
再び映像へ視線を戻す。
ノビリスの姿。
黄金の瞳のその奥に燃えるもの。その決意
ヴェルドリクは、わずかに呟いた。
「考えが姿に透けている。戦略眼に欠け過ぎています」
金色に輝く体毛に変化し、空を見上げているノビリスを細かなところも見逃さないよう、注意深く目を走らせる。
「多少長持ちするように、調整ははかりますが……どこまで持つでしょうか」
それは期待でもなく、興味でもない。
ただの確認だった。
「記録を継続。戦術機構の弾力性と硬化状態も併せて分析を行います」
機械のように。冷たく、正確に。
ヴェルドリクは、すでにノビリスの決意を観測実験対象としてとらえていた。
ここまで読んでいただき有難うございます。
次はノビリスとゼイロスの話です。
少しでも面白く読んでもらえたなら、書き手としてとても嬉しく思います。
またお目にかかれることを願いつつ。




