第12章 爪牙の誓いⅠ~ 大地熊族ノビリス、王の亡き後に立つ
「楽しいことや嬉しいことは全て閣下と一緒の時でした。私の誇りであり全てでした」
何かを口にしようとして、一瞬ためらって口を閉じた。
その時、そよ風が優しくその背中を押す。
穏やかにそして実に切なくノビリスは告げた。
「——告白いたします。貴方を愛しておりました。……当然今も愛しています」
~本文より
ベリスティア近郊の大地は、まだ温かかった。
焦げた土の匂いと、焼け落ちた森の残り香が、静かに漂っている。
そこに——膝をつく影があった。
ノビリス。大地熊族の戦士にして、ベルセクオール副司令。
その巨躯が、まるで崩れ落ちたかのように動かない。
両の手は、土に深く沈んでいた。
まるで——何かを、繋ぎ止めようとするかのように。
だが、そこには……もう何もない。
青銀の焔は消え、王の気配も、完全に途絶えていた。
「……ロド閣下」
その声は、ひどく小さかった。
呼びかけるようで、
確かめるようで、
否定するようでもあった。
返事は、ない。
応えるかのように、風が、吹いた。
かつて王が立っていた場所を、ただ静かに撫でていく。
ノビリスの肩が、わずかに震えた。
「……嘘だ」
低く、掠れた声が絞り出された。
「そんなはずがない……」
地面を掴む指に、力がこもる。
土がえぐれ石が砕けた。
「貴方が……こんなところで……終わるはずが……」
言葉が途切れ、そのまま、ノビリスは声を失った。
涙は、出ない。
部隊を無理やりにまとめて急遽応援にきたばかりであった。
全てが終わっている戦場を前にして、ただ、胸の奥が、空洞のように冷えていた。
大地が、微かに震えた。
大地母神の加護を持つ者にのみ伝わる、微細な波動だ。
母なる大地に連なるものに伝えられる大地の言葉。
ノビリスは、ゆっくりと顔を上げた。
大地の奥深く。
かすかに、ほんのかすかに——
まだ残っている王の残滓が、ノビリスに伝わる。
——すまぬな。後は頼む。
ノビリスの瞳が、変わった。
怒りと悲しみに溢れてはいるが、その奥には強い光が浮かんでいた。
それは——確固たる決意の光。
瞳を閉じて、静かに、長く息を吐く。
何かを吐き出しているかのように、長く、長く。
穏やかに——実に穏やかに、大地に触れていた手を、ゆっくりと持ち上げた。
「終わりでは……ないのですね。閣下の理想、想いは未だ——」
立ち上がるとその巨躯が、大地を踏みしめる。
「ならば——」
空を見上げる。
「この身が、引き裂かれ、朽ちようとも」
力を込めて拳を握る。
大地が、それに応えるように、わずかに震えた。
「閣下の御遺志は、私が引き継ぎます」
空には、砕けた月の欠片が、涙をこぼしたように静かに浮かんでいた。
「幽世で再びお会いした時、また褒めていただるよう、努めますので……」
子熊だったころ、雪原で抱きかかえられて嬉しかったことを不意に思い出す。
「楽しいことや嬉しいことは全て閣下と一緒の時でした。私の誇りであり全てでした」
何かを口にしようとして、一瞬ためらって口を閉じた。
その時、そよ風が優しくその背中を押す。
穏やかにそして実に切なくノビリスは告げた。
「——告白いたします。貴方を愛しておりました。……当然今も愛しています」
ノビリスの意思に応え、大地から力が静かに立ち昇り、その躰を包み込む。
「だからこそ、ベルセクオール総司令の座を引き継ぎ、獣人種の未来を繋げていきます。そして——」
牙をかちりと嚙み鳴らした。
「帝国を——許しません」
ノビリスは再び瞳を閉じると首を垂れた。
「閣下。本当に本当に、ありがとうございました。私の魂はいつまでもあなたと共に」
ノビリスの茶黒い体毛が、ゆっくりと黄金へと染まり変わっていく。
瞳もまた、深い金色の光を宿した。
大地が、応えた。
足元の土が静かに脈打ち、砕けた石がわずかに浮かび上がる。
焼け焦げた地面の裂け目から、淡い光が滲み出した。
風が止み、森が、息を潜める。
ノビリスは、ゆっくりと息を吐いた。
その一息に合わせるように、大地が、深く鳴動した。
話の展開が強くなる章です。
ここまで読んでいただき有難うございます。
とても嬉しく思います。またお目にかかれるようしっかりと書いていきます。




