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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第11章 星が堕ちる日

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第11章 星が堕ちる日Ⅰ ~ グランという男

女が——かつて宰相だった女の形をした機動兵器が、そこに立っていた。


 紅い光が脈打ち、装甲と肉と魔導結晶が、境界を失ったまま結び合っている。

 美しい顔に浮かんでいるその笑みは艶やかで、そして冷え切っていた。


 イザベラ【アリア】が、軽く首を傾げる。


「生まれ変わったわたくしを——止められるとでも?」


~本文より

「グラン閣下……イザベラ閣下が……大変な——」


 指令所へ雪崩れ込んだ近衛兵は、言い切る前に唇を震わせた。

 ——歌だ。

 どこからともなく、甘く濡れた音が染み出してくる。


 兵の眼が白く反転し、口元だけが笑う形に歪んだ。

 次の瞬間、膝が崩れ、床に倒れ伏したまま、動かなくなった。


 訓練された帝国兵たちは、即座に魔導銃と魔導剣を構え、指令所を半円で塞ぐ。

 けれど、扉の向こうから現れた“それ”を見た瞬間、息が止まった。


 女が——かつて宰相だった女の形をした機動兵器が、そこに立っていた。


 紅い光が脈打ち、装甲と肉と魔導結晶が、境界を失ったまま結び合っている。

 美しい顔に浮かんでいるその笑みは艶やかで、そして冷え切っていた。


 イザベラ【アリア】が、軽く首を傾げる。


「生まれ変わったわたくしを——止められるとでも?」


 優雅に声を発しながら一歩、踏み出す。

 それだけで歌が濃くなり、辺りを覆う。


 兵たちは撃てなかった。

 判断そのものが歌に溶かされて、命の炎が一瞬でかき消され吸い取られた。


 警衛魔導機兵隊は躊躇なく即時攻撃を開始した。

 無感情な照準。無駄のない隊列。

 魔導銃の掃射が火花を散らし、炸裂音が連なる。


 ——だが。


 魔導弾丸は爆せずに、沈黙していた。

 イザベラの身体に触れた瞬間、内側へ沈み込み、溶けていた。


 イザベラは、つまらなそうに唇を歪めた。


「無礼ね。警告もなしとは……機械人形風情が……」


 次の瞬間、イザベラは平手で、警衛機を叩いた。

 掌が触れるより先に、空気が裂ける。

 金属が悲鳴を上げ、魔導回路が青白く発火し、機体はばらばらに砕け散った。

 壁に当たって跳ね、床に落ち、部品がまだ痙攣している。


 イザベラ【アリア】はその破片を見下ろし、吐息だけで笑う。


「攻撃は効率よく行えと、常々指示していたはずよ。これでは陛下の兵として——お粗末すぎるわね? グラン……」


 指令所の中央で、グランは、ただ立っていた。

 大柄な男が見上げる先には、かつての主で、一回りも二回りも大きくなった“歌姫”がいる。


 グランの瞳に、恐怖はなく、あるのは、静かな優しさだけだった。


「ミゼア……」


 名を呼ぶ。

 ただ、呼び戻すためだけに思いを込めて。


「……やっぱり、そこまで行きついてしまったのか」


 イザベラ【アリア】の瞳が揺れた。

 ほんの刹那、歌が薄くなる。


「グラン……あなたは私を裏切った……あなたが、私を——」


 グランは、腰の剣をゆっくりと外し、床に落とすと、両手を広げた。

 床に落とした剣の金属音が、乾いて響く。


「いいや。……裏切りじゃねえ……俺は——」


 言いかけて、首を横に振って言葉を飲み込んだ。

 イザベラには言葉に頼る男だと思われたくはない。

 だから、ただ真っ直ぐ見る。


「……イザベラ。俺はここだ。ここにいる」


 その呼び方が、決定打だった。


 イザベラ【アリア】の表情に、哀しみと愛しさともつかぬ色が走る。

 歌がイザベラに呼応し止まる。


 ——その瞬間だった。


 甘いただれた香りが、指令所に満ちた。

 花の香りではない、背徳の香り。


「それじゃあ、悲劇にすらならないから、少し面白くない」


 声は、滑らかで、美しく響き、気安い。

 なのに背骨が冷える。


 黒髪の美青年が、そこに立っていた。

 最初からいたかのように。

 男は爽やかに笑い、イザベラの耳元へ口を寄せる。


「赤の宰相殿。“障害は全て排除する”——だったかな? 今、どうするべきなんだ?」


 イザベラ【アリア】の瞳が、瞬時に凍りつく。

 想いの揺れは消え、忠誠という名の刃が、再び研ぎ澄まされる。


「障害は全て排除する」


 小さく、確かに。


「それが何者であっても……」


 グランは動かなかった。避けなかった。


 ただ、少しだけ——目を細めただけ。

 まるで、昔見た夕焼けでも思い出すみたいに穏やかな表情だった。


 イザベラ【アリア】の右手が、伸びる。


 掌が胸に触れた瞬間、肉が裂け、骨が鳴った。

 腕が、心臓まで届いていた。


 ——血が、遅れて噴き上がる。


 グランは、崩れ落ちる代わりに、その腕を抱きとめた。

 まるで、抱擁のように。力強く愛し気に。


「……まだ……泣くつもりは、ねえんだな……」


 少女だったころのイザベラの言葉を思い出し、弱々しくも優しく声をかけた。

 笑ったのかもしれない。

 声にならないほどの吐息が漏れ、血反吐が床を濡らす。


 それでも、男の瞳は、イザベラを責めなかった。


「……行け……ミゼア……」


 唇が震え、言葉が切れる。


「……思い……のまま……」


 グランの最後の息が細く漏れて消えた。


 イザベラ【アリア】は、亡骸を無表情に見下ろしている。


 黒髪の美青年——悪魔マラキ・バール・ゼバオットは、満面の笑みでそれを眺めた。


「多少の誤差はあったが……概ね、予定通りだ」


 軽く肩をすくめ、茫然としているイザベラを、笑顔のまま見やった。


「あとは——お好きに」


 甘い香りだけを残し、影がほどけるように消えた。


 イザベラは自分を取り戻し、胸を貫いて赤く染まっている手と、その手を抱きしめるように息絶えている、グランの穏やかな死に顔を見つめていた。


「私は……何を…………貴方を——この手で……」


 長らく忘れていた涙がその瞳から一筋こぼれた。

 その瞬間、歌は止まり、つかの間の静寂が辺りを包む。

 グランの声はなく、息遣いももう聞こえない。

 血に塗れたグランの亡骸を静かに横たえ、その顔に手を添えて、優しく悲しい眼差しを送ると、すぐさま踵を返した。

 その眼にはもはや理知はなく、狂気で満たされている。


 イザベラは、遠くから響いてくる屍王ロドの咆哮に、


「ロド・グリム……お前のせいで——わたくしは、わたくしの半身を喪った。だから今度は、お前の全てを奪う。お前を踏みつけにして、魂ごと粉々にしたあと、銀狼族を根絶やしに……いいえ、獣人種そのものを滅ぼしてやる。そうすれば、陛下も、何よりグランも喜んでくれるわ」


 激しくそう吐き捨てた。

 同時に、イザベラ【アリア】の眼は憎悪に満たされ、それに同調するように歌が強く色濃くなっていく。


「待っていなさい。敗残の獣の王よ。今すぐ粉々にしてやるから」


 イザベラは、轟音と共に壁を吹き飛ばし、空へ向かって赤い光の花を咲かせると宙に浮かぶ。


 そのとき、倒れたグランの額に、小さな光が浮かび上がっていた。

 誰にも見えないほど淡い、星屑のような印。

 それは“願いを運命に刻む者”へ与えられる、極星の徴。

 光はふらりと宙を漂い、イザベラの首元へ——寄り添うように触れ、溶けた。

 星降る指先の印『ヴァリエル・ノータ』が、音もなく運命へ噛み合っていく。


次回、英雄と獣人の戦士が屍王に相対します。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

しっかりと書いていきますので、これからも読んで頂ければ励みになります。

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