第10章 魂と機械の境界Ⅴ ~決意と狂気と
リミナ・マキナの抑制機構は突破され、帝国の想定を超えた事象が起きていた。
司令塔たるメルケスは滅び、屍王ロドの魂魄の残滓に支配されたリミナ・マキナが、いまや暴走している。
統合指令本部庁舎——専用の指令室で、イザベラは苛立ちを隠せずにいた。
~本文より
ロドの魂はまどろんでいた。
もはや苦痛も怒りもない。
ただ一つの想念だけが、繰り返し繰り返し、ロドの魂に語りかけていた。
民を護れ。己のすべてをかけて、獣人種の未来を守れ。それが王狼たる者の全てだ。
その魂の誓いに、神獣ルーンの加護が重なる。
リミナ・マキナの抑制機構は突破され、帝国の想定を超えた事象が起きていた。
司令塔たるメルケスは滅び、屍王ロドの魂魄の残滓に支配されたリミナ・マキナが、いまや暴走している。
統合指令本部庁舎——専用の指令室で、イザベラは苛立ちを隠せずにいた。
「なぜ? リミナ・マキナが暴走しているの? 技術士官に指示しなさい。操作を、早く元に戻して」
副官グランが眉間に皺を寄せたまま進言する。
「イザベラ閣下。リミナ・マキナの暴走は、ロド・グリムの影響によるものと判明しました。アルゲントルム人の包囲網を解き、魔導機兵部隊を再編・再配備し、防衛線を構築いたします。結果としてアルゲントルム人を見逃すことになりますが、ご容赦ください」
「ダメよっ! 絶対命令を出したはずでしょう! あの子を——ルミナリスちゃんを、私の手で終わらせるの。邪魔は許さない!」
イザベラは冷静さを失い、機械の手でグランを打った。
グランは微動だにせず、唇の端から血を流しながらも反論した。
「リミナ・マキナは、種族を問わず生命を破壊の力へと変えます。迎撃には、保有する魔導機兵全軍を投入するしか道はありません。……閣下、ご理解ください」
怒りに任せ、イザベラは再び平手を振るった。
頑健なグランの身体は揺るがなかったが、口から滴る血が床を汚した。
「許さないと言っているでしょう? わからないの? グラン」
怒気をまとって詰め寄るイザベラに、グランは優しく、しかし悲しげな眼差しを向けた。
「閣下……いや、ミゼア。俺は、お前を守ると誓った。だから——その命令には従えない。お前を守るためにも……許せ」
その身体から、圧倒的な覇気が溢れ出す。
「イザベラ閣下はお疲れだ。しばし休んでいただく必要がある。戦時特例法第八条の規定に基づき、今より私が一時的に指揮を執る。異議のある者は、名乗り出よ」
誰一人として声を上げなかった。
沈黙は、何よりも強い肯定だった。
「近衛兵。イザベラ閣下をお部屋までご案内しろ。丁重に、失礼のないように」
イザベラは絶句した。
「そう……そうなのね、グラン。あなたが私を裏切るのね。あなたが……」
「ミゼア。お前を守るためだ。そのためなら——俺は何でもする。誓ったはずだ」
近衛兵が両脇に立ち、静かに腕に触れる。
イザベラは鋭く振り払った。
「触らないで! 私は帝国十二星将、イザベラ・カリス。あなたたちが触れていい存在ではなくてよ!」
近くの護衛用魔導機兵に、怒りの声で命じる。
「帝国軍司令より命令! 反乱分子を逮捕——いいえ、殲滅しなさい!」
しかし魔導機兵は動かなかった。
「戦時特例法第八条が成立しました。イザベラ・カリス情報相の命令権は一時停止されております。極星法座による審議・決議が完了するまで、権限は使用不可となります」
無機質な声が響く。
「閣下、参りましょう」
近衛兵に促されながらも、イザベラは振り返りざま言った。
「覚えておきなさい……私はイザベラ・カリス。このままでは終わらない。わたくしの皇帝陛下への忠節を踏みにじり、わたくしの大事なものを横取りしようとするあなたたち——必ず報いは受けてもらうわ」
背筋を伸ばし、颯爽と退室していった。
グランは口から滴る血を拭い、指令室の中央に立つ。
「警衛機兵以外の魔導機兵、全軍を防衛線へ投入。暴走状態のリミナ・マキナを迎撃する。被害の少ない砲撃可能な艦船は支援砲撃の準備。完了次第、逐次砲撃開始。市街地への侵入は、何としても食い止めろ!」
指令所から私室へとイザベラを連行した近衛兵は、扉の前に魔導機兵二体を塞ぐように配置して、
「では閣下、我々は扉の前に待機しております。御用の向きは何なりとお申し付けください」
軟らかくしかしはっきりと挨拶するとその場を後にした。
私室に軟禁されたイザベラは、一人自室の中で怒りに包まれて身もだえしていた。
「許せない……許さない……」
室内に監視の視線がないことを慎重に確かめると、机の上の魔導書を開く。
次の瞬間、何の変哲もないはずの机は、静かに形を崩し、戦時指令所と同規格の指令操作盤を露わにした。
隠された、もう一つの前線が突如姿を見せた。
「切り札は隠しておけ。相手が誰であっても——だったわよね、グラン」
イザベラはくすりと笑った。
「貴方の言う通り、切り札は取っておいたわ。見せてあげる。あたしだけの、もう一つのリミナ・マキナを」
そう告げると、機械の手を制御魔法陣に重ねる。
魔法陣は赤く輝き、鼓動のように明滅を繰り返し始めた。
次回、ルミナリスやルルリアの思いの丈が戦いの中で溢れます。
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