第10章 魂と機械の境界Ⅳ ~ 屍王の誕生
次の瞬間、無数の小型蜘蛛型魔動機が、地中から這い出してきた。
黒光りする脚で赤色の魔法陣を浮かび上がらせている。
特筆すべきは尻にある共振用穿孔針だ。
肉体のみならず、魔力波に強制干渉し、魂魄にすら共振する。
金の異端者が研究している神々への挑戦状の一つの兵器。
帝国が生み出した恐るべき魂を穿つ魔導機械。
オルクスの精霊人の戦士としての直感は、忌まわしき魔動機の本質を見抜いていた。
~本文より
風が止んでいた。
焦土に伏す王狼ロド・グリムの亡骸に、オルクスは剣を捧げて、一礼したままであった。
銀月の爪は、王狼の力をその内に継承し、ロドの魂は星の静謐の彼方に還ろうとしており、オルクスの祈りは静謐の安寧の為にささげられていた。
「なんじゃ……この妙な気配は……」
あたり一面に心がざわつく不吉な気配を感じ、オルクスは魔剣を構えつつ、鋭い目線で見渡した。
耳に低く、湿った、まるで巨大な歯車が噛み合うような音が鳴り響く。
音のエルフ族であるオルクスの背筋を、説明不能の寒気が走る。
「……アシュラムっ」
魔剣への叫びが、わずかに遅れたその刹那、 ロドの亡骸の影が揺れた。
血に濡れた王狼の躰が、不自然な角度で、軋むように跳ね起きる。
次の瞬間、無数の小型蜘蛛型魔動機が、地中から這い出してきた。
黒光りする脚で赤色の魔法陣を浮かび上がらせている。
特筆すべきは尻にある共振用穿孔針だ。
肉体のみならず、魔力波に強制干渉し、魂魄にすら共振する。
金の異端者が研究している神々への挑戦状の一つの兵器。
帝国が生み出した恐るべき魂を穿つ魔導機械。
オルクスの精霊人の戦士としての直感は、忌まわしき魔動機の本質を見抜いていた。
「刻まれし力名は疾風、勇名は業焔。ヴェントゥフラメ」
火焔の竜巻が吹き上がり、小さな蟲たちを次々と巻き上げ焼き払う。
しかし、小さな蟲たち『アラクノイド・ナノス』は次から次へと現れ、生者も死者もお構いなしに襲いかかっていく。
生命の多い恵みの森のはずが、危険なにおいを感じたのか、獣や鳥たちは姿を消し、不毛の森へと変わっていく。
森がざわついている。
精霊たちが不吉な影を感じて騒ぎ出し始めた。
小さな蟲たち『アラクノイド・ナノス』は、どんどんとロドに集ってその肉に、神経に、骨に針を打ち込み、骨格に、神経に、魂の“座”に次々と触れて、強制的に共振していく。
リミナ・マキナはエーテルを利用し、魔力波をもって魂魄を無理やり引き裂き、機械の内側の紋様に縫い留める。
そして魂魄の核で、周辺にいる同等の生物に死をもたらす禁断の兵器であった。
オルクスは精霊人の眼で魂が縫い留められていく感覚を、怖気とともにすさまじい嫌悪感をもって味あわされていた。
「おのれっ、させぬっ」
オルクスが踏み出す。
だがその瞬間、王狼ロド・グリムの亡骸が――立ち上がった。
否。
立たされた。
四肢は意志なく動き、骨に沿って走る魔導回路が赤く脈打つ。
その胸の奥で、脈動を止めたはずの心臓が、黒い何かに覆われて蠢き始めた。
「……あ……ああ……」
ロドだったものから、掠れた声が漏れる。
それは命の声ではない。
魂魄が引き裂かれる時の悲鳴だった。
「……閣下……閣下っー!」
森の奥から飛び出してきたゼイロスは、あり得ない光景を捉えた。
薫陶を受け崇敬してやまない英雄ロドの変わり果てた姿が、胸から血を流し生気がない躯が、両眼に飛び込み、悲鳴に近い言葉をかけたのだった。
ゼイロスの声もむなしく、ロドの躯に、赤い光を放ちながらおびただしい忌むべき機械の蟲が群がっている。
力強き王狼の姿はなく、その姿かたちを真似た異物がそこにあった。
ゼイロスはすぐさま悟った。
運命はロドを選ばず、敗者とし、そして、帝国の魔動機が誇り高き王狼の死を汚しているということを。
「王狼ロド・グリム閣下—— 今までありがとうございました。貴方は英雄でした……誰が何を言おうとも、間違いなく真なる英雄でした」
ゼイロスは悲しみに溢れた顔のまま、鬼気迫る表情でゼイロスらしからぬ大声を上げた。
「英雄殿、手は出さないでくれっ。変わり果てた閣下を送るのは、我らベルセクオール部隊だ。頼むっ」
オルクスは目の前に現れた剣猫族の言葉に、黙ってうなずくと一歩下がった。
「感謝する。英雄殿」
異形となったロドだったものを真っすぐに見据えて、朗々と声を上げた。
「レヴィ・ハジェル帝国皇帝陛下の勅命により、ベルセクオール魔眼部隊は、ロド閣下の戦いを汚すものを排除するっ」
ゼイロスの命令に応え、巨大な影が全てを粉砕すべく、樹々を一瞬で粉砕しながら異形ロドへ迫った。
刹那の世界で、アルーザが得意のぶちかましで無数の蟲型魔動機ごと粉みじんにするべく、強大な衝撃波を生み出していた。
アルーザの攻撃に反応するように、ロドの獣眼が、見開かれた。
そこにあったのは、生前の誇りでも、怒りでもない。強制同調された魂の残り香だ。
次の瞬間、王狼の躯は咆哮した。
神獣ルーンの力の欠片が最悪のかたちで発揮される。
ぶちかましを放ったアルーザは、全身にまとった衝撃波ごと遠くへ吹き飛ばされ、姿が見えなくなった。
同時に展開していた魔導機兵達が紙屑のように砕け散る。
神獣ルーンを宿す王狼の力は、死してもなお健在だった。
次回、さらなる戦いが続きます。
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