第10章 魂と機械の境界Ⅲ ~継承と禁忌の胎動
「……ふふ。耐えるわねぇ、ベルセクオールの赤い魔眼」
蜘蛛型魔人メルケスは、崩れかけた魔導装甲の内側で、愉しげに笑っていた。
表情のない蟲の魔人の周囲には、無数の小型蜘蛛型魔動機が展開している。
だがそれらは、単なる小型の兵器ではない。
『リミナ・マキナ』。
生物の魂を、完全同調させ、感情も恐怖も摩耗させたまま、ただ一つの意志へと束ねる禁忌の力。
帝国十二星将の一人、金の異端者が開発した究極を目指した果ての副産物兵器。
~本文より
戦場に、異様な静寂が訪れていた。
つい先刻まで降り注いでいた魔導弾は止み、帝国の魔導機兵たちは、距離を保ったまま動きを止めている。
イザベラ・カリスの命によって生じた“隙”であったが、オルクスは直ぐさまロドの下へと駆け寄って、血に塗れ伏す王狼ロド・グリムの傍らに膝をついた。
ロドの呼吸は浅く、胸元の傷は深手であったが、その獣眼はまだ、獲物に挑む確かな光を宿していた。
「……止まった、か。赤の宰相の……気まぐれか、それとも……」
ロドが、かすれた声で呟く。
「分からぬ。だが今は、語る時間があるようじゃ」
オルクスはそう言って、静かに続けた。
「ロド殿。銀狼族のロアンをご存じか?」
その言葉に、ロドの瞳が、わずかに見開かれた。
「……ロアン……?」
「ああ。散り散りになった王国民を束ね、今は伏せているが……その爪牙は生きている」
ふわりと風が、焦土を撫でる。
しばしの沈黙の後、ロドは、しばらく天を仰いでいた。
やがて、深く息を吐き、そして――笑った。
「……そう、か……」
それは、敗者の笑みではなかった。
王として、全力をもってあらがった満足感と、すべてを託せる者の名を聞いての、安堵の表情だ。
「大雪原の……勇士……わが友……ロアン……」
ロドは、血に濡れた胸元から、一つの首飾りを取り出す。
銀の月を模した爪――
王狼の証、『銀月の爪』。
「……これを……ロアンに……」
震える指が、爪の中心に触れた瞬間、淡い銀光が灯る。
それは、銀狼族の王権と、守護の誓約を継承するための、最終の刻印。
「……この爪が……次の王を……導く…………獣人の未来を……頼む……剣聖……」
「請け負った」
短く、しかし確かに、オルクスは応えた。
ロドは、満足したように目を閉じる。
「運命は—— 私では……なかった……だが、務めは……果たした…… オルクス殿、皇帝陛下は……斃せぬ相手……搦め手は……変えるべ……きだ」
次の瞬間、銀光は静かに消え、王狼ロド・グリムは息絶えた。
一人の英雄の時代が終わった。
その胸のうちに溢れる思いを感じて、オルクスは剣を捧げて祈る。
命を奪い合った英雄たちの魂の交流は、誰にも知られず、ただ、風だけが、涙をかき消すように見送っていた。
ロドが斃れたその頃。
別の戦場では、禁忌が産声を上げようとしていた。
「……ふふ。耐えるわねぇ、ベルセクオールの赤い魔眼」
蜘蛛型魔人メルケスは、崩れかけた魔導装甲の内側で、愉しげに笑っていた。
表情のない蟲の魔人の周囲には、無数の小型蜘蛛型魔動機が展開している。
だがそれらは、単なる小型の兵器ではない。
『リミナ・マキナ』。
生物の魂を、完全同調させ、感情も恐怖も摩耗させたまま、ただ一つの意志へと束ねる禁忌の力。
帝国十二星将の一人、金の異端者が開発した究極を目指した果ての副産物兵器。
蜘蛛型の微小機械『アラクノイド・ナノス』が肉と骨を侵し、“魂核共鳴素子”を用いて、 “魂の波長(エーテル波)”に強制的に共振し、ひとたび感染すれば、“ひとつの魂”のように動く兵士の出来上がりだ。
命令すら不要で、与えられた命令への意識が受け継がれ、すべては“共有された本能”で完結する破壊部隊。
しかし、真の目的はそこではない。
このナノスは対象の“魂の構造”を読み取り、一瞬だけ魂の限界出力を強制開放する。
結果、対象は“本来の力”を数百倍に引き上げられ、その“超出力”によって肉体も魂も崩壊。敵味方問わず、魂核崩壊に巻き込まれるとその瞬間に生物は存在を終える。
破壊と拡散は連鎖し、広範囲にエーテル破壊因子をまき散らし、高エーテル存在――英雄種、神人、精霊体に至るまで、“魂核の崩壊”を誘発する。
無数に放たれた小さな蜘蛛の機械は、ゼイロスの魔眼の影響を受け付けず、体にとりつこうと素早い動きで迫っていた。
魔導兵器であり、生物ではない。
ゼイロスの魔眼の力は魔力と生命の流れに干渉するものなので、相性が悪すぎた。
自慢の爪と機敏な動きで、破壊しながら後退することを決定した。
取りつかれると—— まずい。
強い確信とともに、ここで破壊しないとよくないものであることは直感的に理解していた。
「さあ……聞こえるでしょう? あなたたちの足元で、命が、魂が、“燃料”に変わる音が」
次の瞬間、同調を強制された兵たちが、一斉に立ち上がった。
生者も死者もない。
痛みも、恐怖もない。
あるのは、一つの魂魄にされた命令への完全服従だけ。
「……崩れているのか……」
立ち上がった死者の中には躰が灰化し、僅かな衝撃で崩れ落ちていく姿がいくつも見えた。
ゼイロスは、歯を噛み締める。
赤い魔眼で見た光景は、魂魄が微小な蜘蛛型魔動機の群れに吸われて、それ等を集めた巨大な塊の力が、生物を潰していく。
アルーザの破壊も、セリオの闇も、ヴァルタの精神干渉も――
“個”を持たぬ敵には、決定打にならない。
(隊長……これは……)
「分かっている」
ヴァルタの悲鳴に近い声に、赤い魔眼が、わずかに揺れる。
これは戦術ではない。倫理を焼き払った先にある兵器だ。
存在そのものを許してはいけない。
そんなやつだ。
「いい顔をするわねぇ……英雄の側に立つ者たちは。だから好きよ」
メルケスの複眼が、妖しく光る。
「あなたたちが押し潰される音は、どんな音がするのかしらね? まだまだ楽しめそう」
魂をつかまれた悪夢の同調兵群が、寸分たがわないうめき声をあげながら、進軍を開始する。
ゼイロスは、静かに息を吸った。
「総員退避だっ。俺は閣下に撤退の直言を行う。アルーザっ、退避を邪魔する奴らを破壊しながら、後退支援。セリオとヴァルタは先行し、後退先を南下した場所に安全圏を制定しろ」
そして戦場は、次なる段階へと、確実に、深く深く踏み込んでいく。
次回、戦いは更に激化し深化していきます。
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