第10章 魂と機械の境界Ⅱ ~赤い執念と狂気
イザベラは、ゆっくりと首を傾ける。
「……ああ」
顔の左半分を覆う仮面から除く赤い瞳が、かすかに細まり、薄い吐息がその唇から漏れる。
「“あの子”ね。わたくしのルミナリスちゃん」
指令室の空気が、一段冷える。
~本文より
ベリスティア港・帝国方面軍指令棟での警報音は止んでいた。
イザベラの命により、止められたのだ。
静けさが場を覆い、それが、かえって異様だった。
通信卓の魔晶石は淡く明滅し、戦場から集められた情報は、すでに「整理」されている。
叫びも、怒号も、混乱もない。
ただ、赤や青の光だけが壁を染めていた。
「――報告をなさい」
赤の宰相イザベラ・カリスは、椅子に深く腰掛けたまま、
指先で肘掛けをなぞりながら言った。
声は穏やかで、冷たく、そして愉悦を含まない。
副官グランは一瞬だけ躊躇い、
それから一歩前に出て報告を始めた。
「港湾部隊より追加報告です。各地区の武装蜂起は鎮圧しつつあります。一部、南部区画、海沿いの廃修道院付近にて――アルゲントルム人の魔法使いを確認、現在戦闘中であるとのことです」
イザベラの指が止まる。
「……アルゲントルム人?」
「はい。単独行動です。王国の英雄種、守護剣聖オルクス・フルミニスの同伴者と推定されます。魔法使いの少女です」
その名が、静寂に落ちた。
イザベラは、ゆっくりと首を傾ける。
「……ああ」
顔の左半分を覆う仮面から除く赤い瞳が、かすかに細まり、薄い吐息がその唇から漏れる。
「“あの子”ね。わたくしのルミナリスちゃん」
指令室の空気が、一段冷える。
「当該個体に対し、周辺魔導機兵が交戦を開始。現在、包囲・飽和攻撃中です。少々てこずってはおりますが、間もなく—— 排除完了になるかと」
グランの声は、いつもより低かった。
その報告を聞いて、イザベラは――眉をしかめ、左半分を覆う仮面の奥で、つめたい視線を突き立てる。
そして、ゆっくりと立ち上がり、窓際へと歩み寄る。
燃え尽きた港。
沈黙する海。
夜明け前の、灰色の空。
「……ルミナリスちゃんへの攻撃を、即時中止」
その命令は、あまりにも唐突だった。
指令卓の将校たちが、息を呑む。
「イ、イザベラ閣下……?」
グランが思わず声を上げた。
「現在、敵性存在として確認されています。今ここで排除すれば――」
「だめよ」
遮るように、イザベラは言った。
その声音は、優しすぎるほどだった。
「“排除”では、だめ」
イザベラは振り返り、紅い義眼の瞳で、何もない一点を見つめる。
「あの子は—— 私のものよ。私が、この手で終わらせるの。誰にもあげない」
気づけばイザベラは、誰に見せるでもなく、幼子を撫でるように虚空へと手を伸ばしていた。
そのしぐさと言葉にまとわりつく、強い殺意と狂気に、指令室の空気が凍てついた。
「……イザベラ様……なぜそこまで? 同じ名前とはいえ……」
グランは、無意識に尋ねていた。
イザベラは、少しだけ考える素振りを見せ、そして、美しい微笑みを見せた。
だが、そこには機略や戦略は無く、理性も無い。
あるのは、ただ—— 狂気。
「決まっているでしょう」
胸元の紅玉のペンダントに触れながら、うっとりと囁くように告げた。
「グラン、あなたには分からないの? あれは、私の運命—— いいえ呪いなのよ」
「……!」
グランの背筋を、冷たいものが走る。
「絶対優先発令、ルミナリスとその周辺の安全を確保して。包囲は維持。攻撃は禁止ね。これ以上はダメ」
淡々と、しかし確実に命令を発した。
「私以外、私のものに手を出すことは厳禁よ。この命令に逆らうものは全て—— 排除する」
その一言で、グランは理解してしまった。
これは、戦争ではない。処理でも、粛清でもない。
私怨でもなく、使命でもない。
「聞こえて? グラン副官?」
(ミゼア……私の光よ。私は何があろうと。共に歩み続ける。あの日の誓いと共に)
「絶対優先命令拝命しました。アルゲントルム人ルミナリスへの即時攻撃停止。包囲のまま監視に切り替えます」
グランは敬礼をしながら、胸の奥に沈む予感を、否定できなかった。
この命令の先にあるのは、勝利ではない。
誰にも止められない、“終わり”なのだ。
次回、オルクスとロドの戦いの結末と、戦いを根底から変える兵器が現れます。
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