第10章 魂と機械の境界Ⅰ ~ルミナリスの想い
ルミナリスの思考領域が、静かに分岐を開始する。
第一案—— 降伏。
アルゲントルム人として投降すれば、即時処分は回避可能。
拘束後、機会を待って脱出を試みる。成功率は低いが、存続は見込める。
第二案—— 戦闘継続。
致命傷を装い、海へ落下。
死亡判定を誘発し、追撃を断つ。ただし擬態人格『ルミナリス』は失われる。
~本文より
ルミナリスは、自身の攻撃機能をあえて修復しなかった。
防衛機能のみを優先的に再構築し、魔力波の出力を可能な限り抑制する。
アリシノーズのアルゲントルム魔法人として潜伏する以上、高位戦闘魔力を感知されることは、即ち正体の露見を意味する。
慎重に行動し、大規模戦闘には加わらず、防御離脱に特化する。
存続確立を高める方針として戦力は十分だ。
そう定義化していた。
だが現実は、想定を一段上回っている
夜の海を背に、帝国の魔導機兵が空に隊列を組み、陸からは重砲魔導機兵が包囲網を完成させている。
魔導銃の飽和攻撃により、逃走経路は逐一潰され、防御結界の耐久値は見る見るうちに減衰していた。
長くはもたない。
ルミナリスの思考領域が、静かに分岐を開始する。
第一案—— 降伏。
アルゲントルム人として投降すれば、即時処分は回避可能。
拘束後、機会を待って脱出を試みる。成功率は低いが、存続は見込める。
第二案—— 戦闘継続。
致命傷を装い、海へ落下。
死亡判定を誘発し、追撃を断つ。ただし擬態人格『ルミナリス』は失われる。
第三案—— 命令機能解放。
一部使用可能な将官機としての命令権限を全行使し、魔導機兵を同士討ちに誘導。
戦況は覆せるが、分析され将官機の自分の存在を認知される。帝国からの猛追撃は不可避となり、旅など続けられなくなる。
最適解、第二案と判断。
危険性、露見率、他者被害の最小化。すべてを比較した結果、その選択が最も合理的だった。
ルルリアと、オルクスには、死を偽装をする以上もう会えない。
思考領域に少しばかりのノイズが走ったが、そう、判断は確定した。その瞬間だった。
視界の端、崩れた構造物の影を走る人影を検知する。
個体識別は—— ルルリアだ。
ルルリアがこの戦場に踏み込めば、その生き残る確率は、赤そして黒の領域で、死亡が回避不能だ。
論理は即座に答えを出した。
来させてはならない。
ルミナリスは声届けの導きの魔法を急遽展開し、ルルリアの耳元ではっきりと伝えた。
「……ダメです。ここに来ては、いけません」
結界が軋み、悲鳴を上げる。
魔導弾が、夜を裂き襲ってくる。
防ぐのに演算機能の大半を使用しているため、ルルリアの声までは確認ができない。
「ルミィーっ!」
戦場ではあり得ない大声でルルリアが叫ぶ。
空挺魔導機兵がルルリアの存在に気づき、迎撃行動を開始し、攻撃対象が二点に分化した。
ルルリアの保護と生存は赤黒の領域。防御行動の効果は皆無と結論。
演算領域の即答に関して、回答を拒否し、検証を何度でも試みる。
機械には無いはずの思考の揺らぎが、確かに、そこにあった。
「お願いです……逃げてくださいっ」
ルミナリスは悲鳴に近い言葉を放ち、その音は炸裂音にかき消されていく。
音声出力にまで、補正不能な揺らぎが発生していた。
ルミナリスは思考加速と並列演算を最高域に高め、百眼を開放し、迫る帝国の銃火の火線を予測しつつ、ルルリアへと駆けだした。
緩やかに時が流れる加速思考の世界の中で、ルミナリスは瞬間的に小さな結界の盾を十六枚展開し、ルルリアへの攻撃を防ごうと試みる。
しかし、結界の盾の数を遥かに上回る火線が、ルルリアへと集約しており、致命的な被弾を回避させることができない。
思考加速は身体の行動機能の加速までは出来ない。
思考だけが先に行き、身体はまだ、ここにあった。
早く……速く……速く……
私は……また、守りたいものを守れない—— 。
また? また……とは何だ? なぜそう考える?
ルミナリスは自身の眼が涙を流していることに気づいていない。
次回 赤の宰相イザベラの執念を描きます。
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