第9章 ベリスティアの攻防Ⅱ ~ 英雄の闘い ファートゥム・ペギーシャ 宿命①
獣人兵は魔導機械の赤い眼を光らせて全員が同じ動きをとる。まるで一つの巨大な獣が鎧を纏い、百の手足を持つかのようだ。
オルクスは闇に身を潜め、額の黒宝珠へとそっと触れた。
——森の精霊よ。我が目と我が耳を助け、敵の姿を示してくれ。ネメリアの黒宝珠を用いて、オルクス・フルミニスが願う。
~ 本文より
オルクスは帝国兵を避けつつ、夜の闇に紛れて静かに森の中を進んでいた。
夜の帳に包まれた樹々の梢には小さく点る精霊の囁きが微かに漂い、オルクスの耳を心地よくくすぐる。
王子を抱いた籠を胸にしっかりと縛りつけ抱えると、慎重に歩を進めていた。
精霊の気配は色濃く強くなっている。精霊界入り口となる森の大樹はすぐそこだ。そこへ至れば——ひとまず王子を守る隠れ場が得られるはずだった。
「うぬ……ついておらんな」
異様な気配に気づいたオルクスは、高木の枝葉へ軽やかに身を移し、眼下を伺った。
やがて、静謐を切り裂く重々しい金属音が木立の奥から迫り、鉄と獣の臭気を伴って現れたのは、帝国によって改造された生体魔導機兵の群れだ。
狼や猪の獣相を持つ兵たちの身体には鋼の管と魔導機構が網のように組み込まれ、赤く光る瞳は同じ方向を向き、全員の動きは一糸乱れぬ統制を見せていた。
「……異様な。ならば……」
オルクスはアシュラムを宙へと放る。
魔剣は一瞬で消え、次の瞬間、獣人兵の鼻先に顕現し、二人を貫いて側面の狼獣人を斬り裂こうとした。
だが即座に小隊が反応し、魔導銃が一斉に閃光を吐いた。
銃声と魔力の炸裂が重なり、アシュラムは爆ぜる炎に弾かれ、唸りを上げながらオルクスの手元へと戻る。
「……ふむ。やはり並ではないの」
獣人兵は魔導機械の赤い眼を光らせて全員が同じ動きをとる。まるで一つの巨大な獣が鎧を纏い、百の手足を持つかのようだ。
オルクスは闇に身を潜め、額の黒宝珠へとそっと触れた。
——森の精霊よ。我が目と我が耳を助け、敵の姿を示してくれ。ネメリアの黒宝珠を用いて、オルクス・フルミニスが願う。
光の粒が宝珠に集まり、オルクスの視界に獣人兵の布陣が浮かび上がった。
前衛は狼獣人と青猪獣人の機械化兵で、黒鋼の四肢と鋭い魔導剣を備えた典型的な接近戦型。中衛は大地熊や黒鉄牛の巨躯を魔導砲座に仕立てた重装砲撃型。
後衛は蜘蛛型魔人が中枢となり、観測機械と一体化して部隊全体を制御している。
あまりにも統率されすぎた動きが、うごめく集合体の異様さを際立だせていた。
「……占領軍にしては過ぎた陣容。……包囲殲滅が目的か。宜しくないの」
オルクスは帝国獣人兵部隊の展開に、強い不安を感じた。
このまま見過ごすわけにはいかぬ。
異質過ぎるあ奴らはルミナ嬢ちゃんたちへの災いじゃ。
気付かれぬように接近し、あの蜘蛛魔人を叩けば、暫しの間混乱させられるじゃろ。
オルクスは即断すると赤子を下ろし、籠の中の守護神玉に黒宝珠を重ね置いた。
「森の精霊よ、この子をしばし精霊の庭に隠し守ってくれ。黒宝珠を願いの対価に捧げる」
沢山の小さな精霊の光が黒宝玉に集まり、宝玉は星の繭のように輝いて分解されると、王太子の入った籠は、光の中に溶けていくように精霊界へと運ばれて消えていく。
オルクスはその情景を、愛惜の眼差しで見送り、穏やかに呟いた。
「ネメリア……決して忘れぬ。精霊王の庭で穏やかに過ごしてくれ。精霊たちよ……もし儂が斃れたならば、ルミナ嬢とルルリア嬢に赤子を託す—— それを確と頼んだ」
小さな光がオルクスの鼻をくすぐり、オルクスは柔和に笑った
「ああ……宜しく頼む。さてと……いざ参ろう」
次の瞬間、老剣聖の顔から慈愛は消え、戦士の炎が眼に宿った。
大樹の闇に、魔剣アシュラムが低く唸りを上げる。
枝から飛び降りると同時に、オルクスは魔鳥の如く行軍の真っただ中へと飛び込んだ。
アシュラムの一閃は眼にも止まらぬ速さで、前衛の狼獣人の黒鋼の四肢ごと真っ二つに裂き、火花と血飛沫を夜気に乗せ舞い踊らせると、間髪を入れずアシュラムを構える。
「刻まれし力名は疾風っ、勇名は迅雷、アニハバラク」
と詠唱と同時にアシュラムとオルクスの全身が輝き、雷の速さを身にまとう。
青い雷撃が走り、それを追う影となってオルクスが跳ぶ。
片手の斬撃ですり抜けざまに敵を次々に両断しつつ、もう片方の掌底で雷撃を放ち、背後から迫る猪獣人三体まとめて吹き飛ばす。鉄と骨が砕ける轟音、樹木ごと叩きつけられた巨体は呻き声もなく沈黙した。
だが、前衛の狼と青猪の獣人たちは怯む様子など微塵もなく、完全連携で正確にかつ細密に、魔導弾の雨をオルクスへ集中し降らせる。
「激しいの」
一言呟きつつ、半歩退き剣を弾き上げ、雷壁を正面展開して盾とし、多数の魔導弾丸を灰に変えた。それでもすり抜け来る弾丸を幾つか斬り払い、残りは肩と脚をかすめる程度によける。
多少の鮮血が飛ぶも、その剣聖の肉体は揺らがない。むしろ傷が、闘気をさらに高めていた。
「まだまだッ!」
近接戦闘特化の獣人兵が隙の無い連携波状攻撃と攻撃の手数で英雄を押し潰そうと群がってくる。
「刻まれし力名は斬影、勇名は夢幻、ミラージュ・アストラ」
詠唱と同時にオルクスの姿が揺らめき、獣人兵の射撃斬撃をすり抜けて、七か所、七人のオルクスが同時に姿を顕した。
「刻まれし力名は咆哮、勇名は轟雷、ライギン・アモクト」
分身全員が同時に声をあげ、大地に剣を突き立てる。
アシュラムが轟音と共に地を走る雷を生み出し、七か所同時の雷撃は獣の咆哮の如く唸りを上げ衝撃を放ち、周囲にいた獣人兵達を弾き飛ばした。
だが、中衛の重砲部隊が七か所同時に正確細密な爆裂攻撃を放ち、七人のオルクスの姿は四散する。
「ふむ、手強すぎる上に多勢に無勢じゃな。指揮官を早う叩かねばじり貧じゃ」
岩かげに隠れて額から血を流すオルクスに、前衛部隊の魔導剣を携えた狼獣人たちが殺到する。
群れから繰り出される剣の速度、間合い、斬撃や突き払いなどの攻撃の手は無駄がなく細密で鋭い。
だがその群れのただ中で、オルクスは大樹を背に、嵐の如き立ち回りを見せた。
右から来る刺突を受け流し、同時に左の斬撃で相手の顎を裂く。
正面から突進する青猪獣人には体を半身に捻って肩で受け、巨体を宙へと投げ飛ばし、落下の衝撃で足がもつれた狼兵を両断した。
一閃ごとに雷が走り、剣筋の軌跡が光の輪を描く。
次回 銀狼族にして 王狼ロドと守護剣聖オルクスが激突します。
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