第9章 ベリスティアの攻防Ⅰ ~ 魔眼部隊と赤の宰相
ベルセクオール魔眼隊隊長ゼイロスは、剣猫族独特の細くて長い尻尾を体に巻き付けて感情を悟られぬように注意しながら、言葉を慎重に選び報告した。
何せ相手は赤の宰相イザベラ・カリスである。
ベルセクオール部隊は表向き、赤の宰相の管轄ではない別の協力機関から出向いたことにはなっているが、実際の生殺与奪の全てが赤の宰相の意のままだ。
ゼイロスは念には念を入れ、迂闊なことを考えて口走らないよう、ヴァルタに思考制御をかけてもらっている。
~本文より
「で? 間違いはないのね? ベルセクオール部隊 七番隊隊長……ゼイロス殿?」
ベリスティアに設置された統合指令本部庁舎の黒と赤を基調にした専用の指令室でイザベラは長椅子の背もたれに躰を預け、仮面の奥に光る眼で値踏みをするかのような冷たい目線を投げかけていた。
「はっ。我が部隊には幸いにして、メンタリス族の優秀な技官が監察官として派遣されて居ります。魔力波と精神波の追跡に全面的にご助力いただきました。王城から逃げ出した者たちの一部がこのベリスティアにいることは間違いありません」
ベルセクオール魔眼隊隊長ゼイロスは、剣猫族独特の細くて長い尻尾を体に巻き付けて感情を悟られぬように注意しながら、言葉を慎重に選び報告した。
何せ相手は赤の宰相イザベラ・カリスである。
ベルセクオール部隊は表向き、赤の宰相の管轄ではない別の協力機関から出向いたことにはなっているが、実際の生殺与奪の全てが赤の宰相の意のままだ。
ゼイロスは念には念を入れ、迂闊なことを考えて口走らないよう、ヴァルタに思考制御をかけてもらっている。
自分の言動一つで、魔眼部隊の今後がかかわってくるのだ。用心に越したことはない。
「そう。そうなのね……ルミナリスがここにいる……」
「伝説のエルフの剣士はどうなったのだ? 逃亡者と共にいるのか?」
イザベラの副官であるグランは、傍らで鋭い眼光を放っている。
ゼイロスは人間種の初老の男から漂う異様な力の気配に戸惑っていた。自慢の赤眼を用いてもその力の源すら確認できないが、何かしらの強い力は間違いなく感じる。
敵に回す場合はこの男も要注意だな。
ゼイロスは帝国への忠誠心など欠片もない。剣猫族の未来と何よりロド・グリムが総司令でいるからこそ、手を貸しているに過ぎない。
直接関わる相手がアリシノーズの場合、今後、敵対した時の危険性の値踏みを必ずする。もちろん、始末することを前提での内容だ。
「はい。恐らくその通りかと。そのことにつきましてこちらにベルセクオール部隊総司令ロド・グリム閣下から親書を賜っております」
小さな魔導結晶がはめ込まれた丸い石を、ゼイロスは恭しく掲げた。
結晶が淡く光を放ち、空中に数枚の書面が投影される。副官グランが無言で歩み寄ると、イザベラは一瞥し、その唇に冷たい笑みを浮かべた。
内容は明快だった。
今回の一件、確かに“オルクス・フルミニス”という名のエルフ英雄種が確認されたこと。
そして、その対応のために、ロド・グリムが自ら出陣し、討滅の責を負うとする正式な通達の末尾には、帝国皇帝自らの直筆署名が添えられていた。
「姑息な野良犬め。皇帝陛下に直訴して許可を取るとは……狩りの獲物を奪い合う獣ね」
吐き捨てるように言いながらも、イザベラの目は楽しげだった。
頬をかすめた灯の揺らめきが、彼女の仮面の隙間に冷笑を映す。
「まあ、良いわ。作戦的には損失も抑えられる。統合指令本部として承諾します。――進めなさい」
「はっ、ありがとうございます。早速、ロド閣下にカリス閣下のお言葉を伝達いたします」
ゼイロスは軍人然としたきびきびとした動作で礼を言うと、踵を返しその場を後にした。
やれやれ……今の姿をウチの連中に見られずでよかったな。何を言われたかわかったものじゃない。
心の中でそう呟きながら、ロド・グリムに合流すべく、ゼイロスは先を急いだ。
一通りの様子を眺めていたグランは、ゼイロスが扉の向こう側へと姿を消したことを見届けると、イザベラに耳打ちした。
「……あのベルセクオールに任せきりは危険です。敵と結託された場合、帝国にとっても損害が大きい。何か追加の策を――」
「もう打ってあるわ」
イザベラは冷たく言い放ち、唇に指を添えた。
「獣人機械化兵団『グランネティア』に出撃命令を下した。伝説の老いぼれがどんな奇跡を見せようと、私に逆らう元野良犬ごと潰すわ。陛下の御為にならない英雄種は例外なく排除する。陛下の理想を穢す存在をこの世に残す必要はない」
グランの表情がわずかに揺らぐ。
「イザベラ様……。よろしいのですか? 陛下にはまだ英雄種討滅計画『リミナ・マキナ』の全容を報告しておりません。あれは……まだ早計では——」
その瞬間、イザベラの仮面の下の両目が赤く閃いた。
優雅なその声の奥に、明確な殺意と恍惚が混じる。
「帝国に“真の秩序”を残すための行為に、報告など要らない。陛下のお耳を煩わせるまでもないわ。わたくしがすべての責任と穢れを背負う。英雄種を完全に滅ぼすと知れば、慈悲深き陛下は必ずお心を痛める。そんなことはあってはならない。—— 血に塗れるのは、わたくしで十分」
仮面の下の瞳が、黒い炎のように揺らめく。
狂気にも似た献身。それがイザベラ・カリスという女の“帝国への愛”だった。
「……この世の理を正すために身も心も捧げてきた。陛下の帝国に影を落とす、戦争の残滓—— 英雄種など残すわけにはいかない」
彼女の背後の魔導灯が不意に爆ぜ、紅い光が室内を染めた。
その光の中で、宰相の影はひとつの神像のように歪み、“狂信と理性”の境界が静かに崩れ落ちていった。
次回、オルクスが帝国の謎の部隊と遭遇します。
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