第8章 禍根ⅩⅢ ~ 作戦会議
ルミナリスは海図を見ながら、情報を記憶域にあるものと重ね合わせて精査していた。
「噂は耳にしたことがあります。しかし、網状に拡がる海底の迷宮神殿は海流も厳しく、多少の装備を付けたくらいでは攻略不能だと聞き及んでおります。エテルナ様が加護を与える龍族であったとしても、マルッカ様や海神の加護をお持ちのジェルヴィス様くらい、海に棲む力が無ければその力は及ばないのでは—— と判断しますが如何でしょうか?」
マルッカとジェルヴィスは互いに視線を交わして、ルミナリスを見て声をあげて笑った。
「ああ、その通りさ。アルゲントルムのお嬢ちゃん。一言一句間違っちゃあいない。ねぇ?」
ジェルヴィスとマルッカの笑い声が、倉庫の梁に反響する。
~本文より
「問題は一つだ。帝国の封鎖網をどう突破するか……だ」
ジェルヴィスは粗野な身なりとは正反対の説得力のある声でそう切り出す。
場所は地下の倉庫の一角にある、作戦指揮所であった。
町の地図に周辺海域の海図が壁一面に張り出されており、帝国軍の滞留拠点が赤く記されている。
赤の宰相イザベラ麾下の兵団は、町も森も街道も、抜け道すら塞いでいた。港にはもちろん帝国艦隊が展開している。陸路でも海路でも普通に逃げるのは不可能だ。
「正面突破は論外。精鋭兵と魔導機兵が揃ってやがる。海獣の顎が総がかりでも瞬殺だな」
「だねぇ」
マルッカが頷く。
「だから“裏”を使うのさ。港の海底にいるエテルナの加護を借りて、封鎖網の下を潜る……陸からじゃなく、海の底の迷宮神殿から抜ける」
「海の底から……」
ルルリアが思わず呟く。
ルミナリスは海図を見ながら、情報を記憶域にあるものと重ね合わせて精査していた。
「噂は耳にしたことがあります。しかし、網状に拡がる海底の迷宮神殿は海流も厳しく、多少の装備を付けたくらいでは攻略不能だと聞き及んでおります。エテルナ様が加護を与える龍族であったとしても、マルッカ様や海神の加護をお持ちのジェルヴィス様くらい、海に棲む力が無ければその力は及ばないのでは—— と判断しますが如何でしょうか?」
マルッカとジェルヴィスは互いに視線を交わして、ルミナリスを見て声をあげて笑った。
「ああ、その通りさ。アルゲントルムのお嬢ちゃん。一言一句間違っちゃあいない。ねぇ?」
ジェルヴィスとマルッカの笑い声が、倉庫の梁に反響する。
その笑いは嘲りではなく、驚きと感嘆を含んでいた。
「俺の背中の守護刻印を読み取ったか……服で隠してたはずなんだがな」
ジェルヴィスは肩をすくめる。
「アルゲントルム人の理知の眼ってやつは、やっぱり伊達じゃねえな」
マルッカも口端を吊り上げる。
「まったくだよ。迷宮神殿の流れも一目で“死地”と見抜くとはね。若いのに大したもんだ。お嬢ちゃん、いいや、ルミナリスちゃんは凄いんだねえ」
焔に照らされる地図の前、ルミナリスの影は揺らがない。
ルミナリスは静かに、海図を見据えている。
「この深度では陸の呼吸をする者達は誰も耐えられません。どうやって海の底へ、リシュタ家の子供たちを—— 」
「いいもんがあるんだ。王族の避難のために昔に造られた竜麟船が隠してある。西海龍王の鱗を用い、炎の魔人と魔法鍛冶の精霊人がこしらえた魔法の船さ。海の魔物は近寄らず、潮の流れなんざものともしないし、魔法も効かない。水の中に船がある限り、陸の生き物でも呼吸が出来る優れものだ。もう、王様もいないし、使いごろだろ?」
マルッカはニヤリと笑った。
「動力が無いのが玉に瑕だが、あたしが引っ張ってジェルヴィスを護衛にしときゃあ、海の中は大概何とでもなる」
ジェルヴィスは物を言いたげなルルリアに先回りし、顔見ながら回答した。
「エテルナ様には、海流の流れと海にうろうろしている帝国のおもちゃを屑鉄にしてもらう役割をお願いすることになる。それ以外は期待するな」
ルルリアは興味深く、ジェルヴィスに尋ねた。
「エテルナ〝様“って、身分が高いお方なの?」
ジェルヴィスは目頭を押さえて、大きくため息をついた。
「知らねぇってことは、ある意味幸せか。頭—— マルッカ様もエテルナ様も神脈人だ。分りやすく言うと海を司る神獣様の御身内ってことだ。頭がアリシノーズを気にかけてくれ、エテルナ様を迎えて下さったんだ。龍族って意味わかってんのか?」
「……そんなお伽話のようなお方だなんて、想像できるわけないでしょ。でもルミィはそれを理解しているわけだから、あの落ち着きぶりは……」
ルミナリスを見るルルリアの様子にジェルヴィスも同意し頷いた。
「確かに少しばかり、すげえ娘だとは思うが……」
その言葉にマルッカも口端を吊り上げる。
「“少し”どころじゃないさ。理屈だけじゃなく、肝が据わってる。あたしらが海に潜る時みたいな顔してるよ」
ルルリアはルミナリスを見やった。
無表情の奥に微かな静けさを漂わせ、彼女は淡々と海図の線をなぞっている。まるで、この場にいる誰よりも深い海の暗闇を知っているかのように。
ルルリアは小さく息を吐き、呟いた。
「……ルミィってやっぱり、人間離れしすぎね」
ジェルヴィスが荒く笑い、すぐに顔を引き締める。
「まあいい。竜麟船を使うにしろ、帝国の封鎖網は甘くねえ。それにすでに動きがある。ベルセクオールの“特別部隊”が合流したとの報せが入った」
場の空気が一変した。荒くれの男たちがざわつく。
マルッカは拳を握り、低く唸る。
「使い捨ての特別……かい。嫌な予感しかしないねぇ」
ジェルヴィスが頷き、重々しい声を放った。
「竜麟船とエテルナ様の力で海底を突破するには、救出作戦と併せて、陽動と時間稼ぎの目くらましは必須だな。……うまくやらないと、この町ごと燃やし尽くすくらいは、あの女狐ならやる」
焔が火の粉をあげて爆ぜ、天井に影が跳ねる。
緊張の静寂が一瞬訪れたが、よく通る聞き取りやすい少女の声が、静寂を破った。
「この倉庫街の脇は帝国軍の駐留地ですね。この倉庫の近隣に人の居住区はありますか?」
マルッカはルミナリスへの答えを、ジェルヴィスに投げた。
「あたしは、ここんとこ海の中に隠れていたからねぇ。ジェルヴィーどうだい?」
当の大男は髭面をかきながら、
「小さな店をやっている男がいてな……採れたての新鮮な魚貝が売りの雰囲気のいい店なんだが……このあたりじゃあ、青の碇亭って言やあ、知らねえものはいないくらい流行りの……手間暇かけて開いた大事な俺の店だ。それ以外はただの倉庫で、人はいない……頭ぁ——ご存知でしょう?」
とあきらめたような顔をして大男は肩をゆすった。
「仕方ねえ。派手に燃やし、奴らの眼を北へ逸らす。使い捨てどものの鼻先を掻き乱すには、ちょうどいい餌だ。お気に入りの店だったんだが……やるしかねえんなら、派手に燃やしちまうか。おあつらえ向きに、店の地下には爆発と炎の魔導刻印の入った油壷が、山盛りあるんだ……あと帝国製の時限式爆裂弾も少々」
ジェルヴィスはにやりと笑うと、周囲の海の男たちに視線を投げかけて、マルッカが声をあげた。
「帝国の軍靴に踏みにじられたベリスティアに、最後の“潮返し”を見せてやろうじゃないか。王国連合を潰した女狐の鼻っ面を叩いて、帝国に一泡吹かせた家の子供たちを助け出し、新天地へ引っ越しだ。手筈通りに進めるよ。優しき背びれにかけて」
「ドレッドフィンの背びれにかけて」
男たちは声揃えて、足を一つ踏み鳴らした。
ルルリアはその場にいる兵士たちの置かれている追い詰められた状況にもかかわらず、士気と練度の高さに内心驚いていた。
ルミナリスは焔鳥の刃騎士団とはまた違う、死地へと向かう兵士たちの心の中を考察しながら、記憶域にある笑いながら死にゆく兵士達の感情論を推察していた
ここまで読んでいただき大変うれしく思います。
少しでも楽しんでくれたならうれしいです。
次回は港町の攻防が開始されます。




