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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第8章 禍根

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第8章 禍根Ⅶ ~ 影の支配と悪魔の微笑

「何かするのなら、これぐらいはして欲しいわね」


 そうつぶやいて、召使を呼ぶかのように軽く指を立てて手を差し上げた。

 その場にいたイザベラの御付きたちは気を失い倒れ込み、グランに支えられていたイザベラは、立ったままヴァエリエラに吸い寄せられ抱きとめられると、薄い悲鳴と共に目から意思の光が失われていく。


 グランは剣を抜き、一部の隙も無い刺突の構えをとりながら叫んだ。


「俺の命と魂はお前と共にある……命じろ! イザベラ・カリス情報相」

~本文より

 空気が、糸を引くように重く揺れた。

 その刹那、ヴァリエラの顔がわずかに歪む。

 支配が僅かでも解けたことに一瞬驚いたが、すぐさま悪意に満ちた笑顔を浮かべ、イザベラを庇い立て、睨みつけているグランの視線を気にする風でもなく、


「何かするのなら、これぐらいはして欲しいわね」


 そうつぶやいて、召使を呼ぶかのように軽く指を立てて手を差し上げた。

 その場にいたイザベラの御付きたちは気を失い倒れ込み、グランに支えられていたイザベラは、立ったままヴァエリエラに吸い寄せられ抱きとめられると、薄い悲鳴と共に目から意思の光が失われていく。


 グランは剣を抜き、一部の隙も無い刺突の構えをとりながら叫んだ。


「俺の命と魂はお前と共にある……命じろ! イザベラ・カリス情報相」


 ほんの僅かな合間、眼の色が戻り、イザベラが言葉を発した。


「グラン・・・・・・助けて……」


「任せろ。命令を承った!!」


 イザベラの言葉を受け、グランの躰から殺気とも違う—— 守りたいという強い願いが大きな魔力を生み出し、顕現する。みぞおちが、胸が、額が小さな熱を持ち、その熱が渦巻き始める。

 ヴァリエラはグランを忌々し気に睨みつけると、黒い瘴気に縁どられた金色の扇子を拡げ、鉄すら断ち切る刃に変じてその躰を真っ二つにするべく投げつけた。


 グランは小さな呼吸を一つ吐くと、扇子ごと瘴気の刃を断ち切って消滅させた。


「あら、追い詰められた人間種がたまに見せるあれ、ねぇ。どこまで出来るのかしら」


 ヴァリエラは淡々とした口調の割に、焦りの様子を浮かべている。

 何やら見知らぬ不可思議な力がグランから湧き出でいる。

 グランはそのことにすら気付かず、己の剣に全てを込め、眼の前の魔女を討ち取ることに一心不乱となっていた。

 裂帛の気合のもと、剛剣を振るう。


 ヴァリエラは自分に迫る不思議な力に溢れた剛剣に惧れを感じると、本性を顕し、金色の細長い爬虫類のような眼に黒くて長い切り裂きの爪と瘴気を振りまく角を生やした、いかにも悪魔という姿で、グランの攻撃を受け躱す。

 幾つか切り結んだが、ヴァエリエラは徐々に追い詰められていった。


「ミゼアにたかる魔性めっ。その首をもらう」


 グランが最後の一撃を加えようとしたその時、不意に辺りが一瞬薄暗く揺らめき、甘い香りに満たされた。

 香りと共に現れた暗闇から、浅黒い肌になまめかしい黒髪を撫でつけ、艶やかな容姿によく似合う洒落た正装の美青年があらわれ、裂帛の気合で振り降ろされたグランの剣戟を悠々と指先でつまんで受け止め、にこやかに笑い語りかけた。


「妙な気配がすると思えば……皇帝陛下のお気持ちを煩わせるような真似はよしてくれたまえよ。君たち」


 甘い芳香が室内に満ちる。

 その声は、絹のように滑らかで、毒にも蜜にも似た響きを帯びていた。なまめかしく美しい風貌の男のその指先にそっと挟まれたグランの魔導剣は、まるで硬直したかのように動きを封じられていた。魔導制御機構の反応も一瞬で打ち消され、蒼白い火花だけが弾けて散る。


「お前……何者だ」


 グランは食いしばった歯の隙間から絞り出した。汗が額を伝い、膝にわずかな震えが走る。

 だが優男は微笑んだまま、穏やかに手を離し、指を軽く振った。


「ただの、影法師さ。陛下の忠実なる『影』——そう呼んでもらって構わない」


 その背後で、ヴァリエラはわずかに後ずさった。彼女の金色の虹彩が揺らぎ、不安定に波打つ。


「あなた様が何故? このようなところにまで—— 」


 その呼びかけに、色香を放つ美しい男はゆるやかに目線を向けた。


「君は……余計な焦りを見せすぎだよ、ヴァリエラ。少し黙りなさい」


 声は飽くまでも柔らかく、甘美すぎるが故にその裏に潜む強い魔性が溢れかえっている。

 男はこれから愛を囁くのかとというような表情で、甘く穏やかにグランに語りかけた。


「君のその力……魂からあふれ出るその力は……君は星降る指先の印『ヴァリエル・ノータ』を刻まれしものとなったのか……なるほど。なるほどなるほど。ふふ……」


 男—— マラキはグランをその魂の奥まで見つめた。


「君の魂は……美しい。滅びに抗う強き心の者に与えられる燃え盛る魂の火。遥かなる過去に私にもかつて—— 確かにあったものだ」


 ほんの一瞬、少年のような表情がマラキの顔に浮かぶ。まるで長い長い時の底から蘇った記憶が、彼の胸を淡く震わせたかのように。


「あの頃の私にも君のような……“守りたい光”が、間違いなくあった。それが何だったか、もうすっかりと忘れてしまったがね。懐かしくも愚かしい思い出に……つい、感傷的になってしまった。私ともあろうものが……」


 その呟きの直後だった。マラキの指先がわずかにヴァリエラに向け振るわれた。


「だが、これ以上は不要だ」


「え……? ま、待ってください! わたくしは、あなたの忠実な——!」


 その声が言い終わるよりも早く霧が陽光に溶けるように、ヴァリエラの身体は細かな銀砂に変化すると崩れ、甘い香りを残して消え去った。


 残ったのは、凍てつくような静寂と惧れ。

 マラキは強張ったまま動けないグランへと、優し気な視線を戻した。


「……君の大事なお方にまとわりつく、悪しきものは削いだ。私は、君とは敵対しないから安心してくれ。その証に大切な姫君にかけられている呪いも解いてあげよう。美しい魂の火…‥君には分からないだろうが、星降る指先の印『ヴァリエル・ノータ』を刻まれしものを見せてくれたお礼だよ」


 マラキは甘やかな笑顔を浮かべたまま、赤の宰相イザベラのもとに向かうとふっと一息耳へと息を吹きかけた。

 イザベラの耳と鼻と口から、黒い煙のようなものが溢れ、すぐさま光に溶けて消えていく。

 グランは息をすることすら忘れたまま、指一つ動かすことが出来ず、マラキを見つめていた。

 マラキは常に甘やかで朗らかな笑みを崩さず、グランの眼を見て語りかけた。


「ああ、そうだ。一つ忠告を。イザベラ嬢の狂気も執念も彼女自身のものだよ。そのことは忘れないで欲しい。もう少し君たちと遊ばせてもらいたいのでね……念のための忠告さ。さあ、グラン卿。君もせいぜい守り抜け。美しいものほど壊れやすい——それが、この世界だ。星降る指先の印を持つ者よ。足搔いて見せてくれたまえよ」


 その姿は掻き消え、甘く、妖しく、まるで歌うかのような声も、闇夜に溶けるかのように消えていった。


 グランは無言のまま、大きく息を吐くと、剣を握り締め強張っていた指を一本一本剥がした。

 自分の技量では相手にすらしてもらえない存在への恐怖を踏みつけにしながら、静かに剣を納め、再び大きく息を一つ吐くとイザベラの傍に駆け寄る。

 イザベラの瞳には光はまだ完全には戻らず、グランはいかついその顔に、微かなる恐怖と緊張の名残を浮かべながら、イザベラの正気を取り戻すべく、声をかけ続けた。


次回 子供を助けるべく奮闘するルミナリスとルルリアの前に、謎の男が現れます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

少しでも楽しんでもらえるよう頑張ります。

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