第8章 禍根Ⅰ ~ 疼く残光
「……いつ見ても無様な…………なぜ、なぜ、わたくしは……」
イザベラは鏡の自分に囁く。
その目に宿るのは怒りではない。奪われた誇りと断絶された過去への飢えだ。
~本文より
大帝都アウレウス・マグナの第一等民のみが居住できる閑静な御屋敷街の一角に、美しい花々がいつも咲き乱れ、建物や調度品と相まって更なる輝きを加える、赤の宰相イザベラ・カリスの邸宅があった。
日の光に月明かりに、雨粒に、宵闇に、どこをとっても生える美しさはまさに『美の宮殿』と噂されるにふさわしい美しさがあり、訪れる者の目を奪っている。
屋敷の主を加えて美の競演と言われていた場所は、美しさはそのままに人影が随分と少なくなって静寂が支配していた。
ただ、機械の心音のような低い駆動音だけが、冷ややかに空気を震わせている。
——カツ、カツ、カツ。
金属の義足が、床を打ち鳴らす。
天井に吊された水晶灯の明かりが、赤い義眼の魔導結晶の冷たい光に反射して、虚ろな輝きを投げ返している。
古代王朝より伝わる至宝『金の薔薇』。
きらびやかで美しいことで有名な、大きな姿見の鏡に映しだされたイザベラのその姿は、もはや“紅玉の知恵者”の頃の面影はない。
艶やかだった黒髪は生えそろわず、不均等に刈り落とされ、赤い光の義眼は虹彩の温もりを失い、左腕から肩にかけては金属と魔術回路で構成されており、常に静かに脈動していた。左足も魔導核の攻撃の影響で義足に置き換えることを余儀なくされ、無機質な金属製の義足である。
受けた傷は余りにも大きく、人目を可能な限り避け、人目にさらされるときは赤い大きなフードを付けたローブを纏い、自分の姿を他人からは見えないように隠している。
「……いつ見ても無様な…………なぜ、なぜ、わたくしは……」
イザベラは鏡の自分に囁く。
その目に宿るのは怒りではない。奪われた誇りと断絶された過去への飢えだ。
「魔導再生術も、再構築術式も、人体移植もすべて試した。何も蘇らず、……この姿を変えられない。あぁ……魔導核がこれほどとは……ッ!」
金属の指先が鏡を叩き割る。
鋭い爪がガラスを裂き、破片が床に飛び散った。破片の一部が頬をかすめ切り裂き、血が流れる。だがその痛みすら、気付く様子はない。彼女の躰と精神には肉体の痛みはもう届かないのだ。
その時、静かに扉が開く。
「イザベラ・カリス閣下、ベルセクオール部隊ロド・グリム総司令より報告です。シルヴァ・カストラと呼称されていた王国の拠点制圧においての懸念点についての内容となります」
赤い衣のフードを纏った部下が恭しく頭を垂れ、一枚の薄板を差し出した。魔導写記された報告が、符文とともに空中に展開される。
「……ん?」
流れるように表示されていく文字を負っていたイザベラの義眼が、途中で釘付けになった。
ルミナリス—— その文字が、静かに浮かび上がり、脳裏に焼き付き、イザベラはめまいを覚えて壁に手をついた。
「此処の箇所を、声をあげて、読み上げなさい」
赤衣の部下は一瞬戸惑ったが、命じられるまま続ける。
「……エルフの老剣士オルクス・フルミニスと思しき人物が在所であったと判断される。随伴者には魔導師見習いのルミナリスとなのるアルゲントルム人の少女が——」
「黙りなさい」
声は低く、刃のように鋭かった。
イザベラは怜悧な人間であり、他人の感情を操り、自分の感情の起伏すら計算に入れる非情の才媛であった。
そのイザベラが・・・・・・感情的になり合理的判断が出来ていないのは尋常ではない。
(そうだ……忘れるな……お前は灼かれたのだ。あの機械は少女となり、お前を呪っている)
時が凍り付いた影の世界の中、イザベラの耳元で、色黒の美しい黒髪の青年が甘やかに囁いていた。黒髪の美しい青年のその声は、黒い瘴気となって耳から体の奥深く迄拡がって、イザベラの心に躰に魂に沁み込んで根付いていく。
イザベラの唇が、ゆっくりと歪んで、高らかに笑い声をあげた。
「あぁ、あぁ……ルミナリス、ルミナリス。その名を、私は一瞬たりとも忘れたことはない。お前に焼かれたあの日以来、私の誇りと美しさを奪い取ったあの時以来、ずっと……ずうーっと!!」
部下が訝しげに口を開く。
「閣下……恐れながら具申致します。魔導機兵ルミナリスは魔導核を破壊され、戦場に棄却されております。現地の情報ではアルゲントルム人の見習いの少女のただの名前で——」
「“ただの名前”?」
イザベラの声が怒りで震えた。義手の拳が静かに握られる。
「……私の誇りを奪い私の世界を壊した……私の美を焼き尽くし、私の心臓に“絶望”を刻み込んだ名を持ったものが偶然現れるとでも?」
イザベラの赤い義眼が異様な光を放った。顔を半分覆う仮面の奥、失われた左目の代わりにある義眼の魔導結晶が低く脈動し、瘴気のような熱を漏らし始めている。
「天啓ね。これは……これは、贈り物よ。運命が私に与えてくれた“復讐の機会”」
唇は薄く、狂気の笑みに染まる。
「私はまだ、あの日にいる。美が崩れ落ちた瞬間も、焼け爛れた肌の痛みも……すべてが、お前と共にあるのよ……ルミナリスちゃん」
彼女が一歩踏み出すたび、魔導義足が低く鳴った。イザベラが放つ強い瘴気にイザベラの魔導機械が反応しているのだ。
室内の光が一瞬、明滅し、部下たちは、尋常ではない……狂気に身を染めつつあるイザベラの様子に息を飲んだ。
その内の年かさの男が、隣の男へ声をかけた。
「グラン卿を……至急御戻りになるよう……要請をするのだ。早く——」
ひそひそと何やら話しながらそそくさと身を引いた。
イザベラの背後には、帝国魔導兵最上位機『コグナルマグナ』が二体、無機質な機械の顔を動かさず、静かに鎮座していた。
二体の魔導機兵の躰には憎悪そのものが具現したかのような無数の傷跡があった。
「ルミナリス……私のすべてを奪ったその代償、貴様の“魂”そのものに払わせてやる」
その声は、復讐の胎動として、帝都の奥底に沈み、冷ややかに、確かに燃え始めた。
次回、皇帝レヴィ・ハジェルのもとに悪魔マラキが姿を現します。
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