第7章 暁の楔(クネウス・アウローラエ)Ⅸ ~斃れたのちに生まれしもの
魔導核が閃光を放ち、エーテルの奔流が咆哮とともに炸裂する。
空間が歪み、大気が焼け、視界が白に包まれた。
次の瞬間——私は、輝く砲弾となって放たれていた。
全身の構造をなげうち、魔導核の暴走出力を最大限に高め矢として束ね、『黒鋼亀』の艦橋へと収束していく。
アトラを攻略するために演算を繰り返し至った攻撃方法、『星の矢』。
彗星のように尾を引き輝きながら、すべてを貫くべく真っ直ぐに飛ぶ。
砲撃ではない。術式でもない。
研ぎ澄まされた万物の源たる強大なエーテルの槍として、咆哮のような魔力音とともに空間すら捻じ曲げ、触れるもの全てを破壊する恐るべき力。
~本文より
「……拒否します」
静かに告げながら、私は自らの手を胸部に突き立てていた。
装甲を裂き、禁忌の中枢、制御炉心を剥き出しにした。
白銀の内部から、眩い光が滴り落ちるように——究極のエーテル結晶体、魔導核が露わとなる。
(警告。存続命令に抵触。自己放棄は禁止されています)
思考領域から、基本原則による警告が発せられる。
だが、私はそれを拒絶した。拒絶することができたのだ。自我が、絶対命令を超えた瞬間だ。
(最優先作戦を更新。目標、イザベラ・カリスの排除)
演算領域を統一。魔導核の制限を解除。
露わとなった魔導核——心臓たる純白の高濃縮水晶体が高速回転を始め、高出力の魔力波が、手当たり次第に破壊の衝撃波を派生させる。
青と白の干渉光が暴走し、無数の魔力演算式が空間上に顕現し、急速に圧縮・収束されていく。
「魔導核融合反応解放——最終解放術式、起動。目標、敵性母艦アトラ」
「ルミナリスを赤の領域と認定。対象を破壊します」
女性型コグナルが反応し、動こうとする。
だが、もう遅い。
魔導核が閃光を放ち、エーテルの奔流が咆哮とともに炸裂する。
空間が歪み、大気が焼け、視界が白に包まれた。
次の瞬間——私は、輝く砲弾となって放たれていた。
全身の構造をなげうち、魔導核の暴走出力を最大限に高め矢として束ね、『黒鋼亀』の艦橋へと収束していく。
アトラを攻略するために演算を繰り返し至った攻撃方法、『星の矢』。
彗星のように尾を引き輝きながら、すべてを貫くべく真っ直ぐに飛ぶ。
砲撃ではない。術式でもない。
研ぎ澄まされた万物の源たる強大なエーテルの槍として、咆哮のような魔力音とともに空間すら捻じ曲げ、触れるもの全てを破壊する恐るべき力。
放たれたその力は、私自身の躰も含め、その全てを、アトラ艦橋部一点に正確に集中し射抜いた。
轟音と共に、大地がめくれ上がる衝撃波が生まれる。
絶対防御を誇るアトラの正面装甲が一部えぐれ、指令区画がむき出しになり、巨体が悲鳴を上げて傾いた。
空間すら破壊する魔導核による捨て身の攻撃だったが、それでもアトラの装甲の前に、完全な破壊には至らなかった。
警告だらけで動けない躰の中、唯一稼働可能な眼を動かし、辺りを確認する。
視界に、ゆっくりと灰が舞っているのを捉えた。
焦げついた空気。軋む鉄骨の音。崩れた壁面から垣間見える、沈黙した黒鋼の巨体。
(……アトラ艦橋部の一部破壊に成功……目標は不明……)
魔導核の暴走によって砲弾と化した全身は麻痺していた。再起動は望めない。肢体は半ば吹き飛び、左脚は膝から先が残っていない。
自壊寸前の意識の中、それでも私は——見た。
火の海の中を歩いてくる人間の姿。イザベラ・カリス。
片目を潰し、左肩から先が失われていたが、震えてはいない。足を引きずり、赤黒い血を流しながらも、まるで舞台の中央を踏みしめる役者のように、堂々と現れた。
私を『作った』人間。
帝国の恐るべき情報相。……この戦争を演出した、冷酷な女性。
私から大事な何かを奪い去った相手。
その瞳は、冷たくも鋭くもなく、ただ、むせかえるような怒りに溢れていた。
「……ああ、やってくれたわね……!」
血に濡れた髪をかきあげながら、イザベラは呻く。
「わたくしの、アトラを……皇帝陛下から賜った、この誇り高き砦を……ッ!」
声が震えていた。怒りに。屈辱に。
倒れた鉄骨に背を預けると、ふらりと腰を下ろし、震える右手で簡易医療具を取り出す。血止め用の注射、再生布、焼封具。兵士用のものでありながら、慣れた手付きで処置をしていた。
「左……左腕……ない……? ふふ……うふふふふっ」
イザベラは血を流しながら、声を出して嗤っていた。自嘲とも、発狂ともつかぬ声。
「この、美しいわたくしの……この身体に……! 傷を……!」
包帯を巻き終えると、イザベラは震える手で、壁に立てかけられていた黒い魔導小型銃を取り出し、私に向けて構えた。
「すべての元凶は、おまえか……っ、おまえなんかが……!」
顔を歪め、引き金を引く。
装甲がはがれ外皮もなく剥き出しになった内部機構に衝撃が走る。機能を停止した魔導核をかすめる音。内部が焼かれていく。
「わたくしに、傷を。醜さを刻んだ……ッ。この身に、痛みを与えた……ッ!」
また撃たれる。装甲を貫通するほどの出力はないはずなのに、それでも焼かれるように熱さを感じていた。
「死なないで……まだよ。まだ、終わらせないで……もっと……もっと、苦しんで後悔しなさい……!」
引き金は何度も、何度も引かれていた。
私は声も出せず、ただ彼女の足元で破壊された機体を晒す。
イザベラは膝をつき、砕けた胸部装甲に手を触れた。血塗れの手袋から、滴る血が銀の破片を染める。
「お前はまだ、生きている……どこかで、息づいている……違う? そうでしょう?」
その声は、熱に浮かされたように震えていた。
戦場に立つ帝国将官とは思えない、甘やかな囁き声。
「逃がさない……あなたが私から美と、私の誇りを奪った。……なら、私もあなたを追い詰める。その身が灰になっても……あなたの“魂”を、引きずり出してみせる……」
蒼い光の残滓が、装甲の割れ目から微かに滲んでいた。それは機能ではなく、心臓の鼓動にも似た、思考領域の残響。
(……認識、対象、イザベラ・カリス。重傷。左眼、左腕喪失……)
視界は靄に包まれ、視覚制御装置は三割も働いていない。音声回路も破損し、言葉を返すこともできなかった。
だが、見ることだけはできた。にじみ始めた彼女の姿を。
(警告、出力限界。思考領域、凍結開始)
霞む意識の中で、イザベラの視線が、狂気と執念の焔で私を射抜いていた。
(……状態記録、保存完了。機能、停止します……おやすみなさい)
イザベラの執念が、ルミナリスの記憶にこびりつく。
波が、囁くように洞窟の奥から引いていった。
月の欠片が空に散り、無数の涙となって夜の帳に溶けていく。
“涙の満ちる夜”。天がかつて流した涙が、今また穏やかに降り注ぐ。
幻想は静かに消え、海神の洞窟には再び静寂が訪れていた。
ルミナリスはひとり、岩肌に指を添えたまま立ち尽くしていた。
冷たい潮風が髪をなぶり、足元には波が微かに残響を残している。
その深奥に、長く封じられていた“記憶”が、潮のように静かに押し寄せてきた。
青い閃光の果て、血を流し、片目を失いながらもなお、自分を見据えていた女。
——イザベラ・カリス。
(……まだ、生きている。あの眼は、私を探し出そうとするだろう……)
視界にちらつく、焼け落ちた都の記憶。
託宣の巫女が語った「使命」の余韻。
そして、巫女の亡霊を通して届けられた言葉が木霊する。
“迷いの霧を越え、神の花と王樹の導きを受け、凍てつく金冠、精霊の祝福を受けたときに、道がひらく”。
道は示された。だが、その先に待つものは安らぎではない。
「……この旅は……嵐を呼ぶ」
ルミナリスは呟いた。
その声は波にさらわれ、夜の闇へと消える。
静寂を裂くように、小さな足音が波間に紛れて近づいてきた。
振り返れば、ルルリアがこちらを見上げている。
肩には夜露を受けた布、唇にはいつものような無邪気な笑み。
「どうだった? おかしなところはない? 何かさ。あんた急に青白く光って、黙りこくってさ……魂がどっか行っちゃったような顔してたよ。変なことされてないよね?」
ルミナリスは、少し目を伏せた。
記憶修復の影響で、まだ微かに視界が揺れている。
「……貴重な情報を得ました。進むべき道は……見えた気がします」
「お、それは頼もしい。……ちょっとだけ、迷いが消えたみたいに見えるし」
ルルリアはにこりと笑い、続ける。
「ま、あたしらみんな、訳ありで集まった旅人だしね。全部話してってのは、野暮ってもんだろうし。けど……無理はしないでよ?」
その言葉に、ルミナリスの胸に微かな痛みが走る。
自分が人間ではなく“魔導機兵”であるという、その真実を告げるわけにはいかない。
「……ありがとう、ルルリアさん。今は……ただ、進みます。風の向くままに」
「うん。それでいいさ。大事な商売相手だし、ヴァンセイルの呪い怖いからねぇ」
ふと、空を見上げたルルリアが、目を細めた。
月の涙がまだ、薄く光を降らせている。
「ほんとに……綺麗だね。天が泣いてるって話も、案外……悪くないかも」
ルミナリスも空を見上げた。
涙が満ちる夜。神々の嘆きに包まれた空の下、記憶の断片が静かに波紋を広げていく。
再び歩き出した、その静かなる足取りの奥に、嵐の気配を秘めていた。
夜は長く、暁にはまだ遠い。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも楽しめて貰えたでしょうか?
終わりまで丁寧に書いていきます。




