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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第7章 暁の楔

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第7章 暁の楔(クネウス・アウローラエ)Ⅷ ~戦いの記憶

 ぼやけた視界が焦点を取り戻すと、すでに辺り一面、黄昏の炎に包まれていた。白亜の半ば折れた石柱や、黒い煙が高く舞い上がる中、聖堂の尖塔は倒れ、美しくも堅固だった壁は打ち砕かれ、そこかしこに斃れている無数の骸が見える。


 私は……ここを知っている。

 此処は……間違いない。フェリキタティス大神殿だ。私が守り切れなかった託宣の巫女が鎮座する、女神シレンシオの永遠の聖域——だったところだ。


~本文より

 すると——苔むした岩壁に、滲んだかのような微かな光が脈動しているのが見えた。指先で触れると、世界が弾けた。


 視界が一気に反転する。

 まるで海に引きずり込まれるように、記憶の奔流が意識を覆った。


 世界の全てが揺れ、どこからともなく声が聴こえてくる。


「託宣の巫女様はどのようなお方なのでしょう?」


「巫女様、レアリア・ヴァナ=リルシア様は、時を超えてなお祈りと慈愛をたたえた魂の灯。『生きとし生けるものの希望』を守り続ける生命の象徴のようなお方です」


 ——これは何の記憶だろう? 情報内容が整理・特定できない。


 警告。記憶域整合のため、危険行動防止措置が起動。行動を一部強制停止します。


 眼前に、目眩く光のカーテンが幾重にも展開し、記憶の器が形を成す。その中の一つが、凄まじい速度で迫り、展開されていった。


 穏やかな光に彩られた古代遺跡のような造りの建物の中。

 神聖王国連合の精神的支柱である“託宣の巫女”リルシアは、淡い銀白の腰まで伸びる波状の髪を棚引かせ、儚く哀しげな光をたたえた星の雫のような瞳をしており、見る者に静かな感情を呼び起こす清楚な女性だった。


 白金と蒼の巫女衣をしっかりと纏い、胸元に生命の女神シレンシオの紋章『両手で捧げる一輪の花』を帯びている以外、身分の高い女性とは思えないほど装飾品らしきものは一つもない。背には“光の羽衣”と呼ばれる、エーテルを纏う半透明の布が常に揺れている。


 帝国の侵攻がはじまり、破壊されつつある神殿の、奥深い祈りの間。光の結界の中に静かに立つその姿には、慌てた様子など微塵もなく、尊厳と静謐が満ちていた。

 その存在は、三千年の悠久の時を経て紡がれた知識と神託の言葉を、最後まで紡ぎ切るため、そこにある。


「いまならまだ間に合います。私と共にあれば、魔導機兵の攻撃を回避し、高確率で退避可能です」


 ——私は何度、この言葉を投げかけたのか。記憶域が曖昧で、回数を特定できない。


「私のことは捨て置き、御心のまま、お行きなさい、ルミナリス様。あなた様は、“この先”に在るべき方であり、皆の為に宿命と業を負う唯一無二のお方。私は、ここで原初の魂に還るべき者です」


 言葉は穏やかで、暖かく、そして揺るぎない意志を宿した瞳で真っ直ぐにこちらを見据えていた。


 この前に何があったのか。何を会話していたのか。

 明瞭な記憶が少ないながらも、一つだけ確信していることがあった。


 ——この世界において、託宣の巫女レアリア・ヴァナ=リルシアという存在は、帝国や王国などの思惑を超えた、世界に重要な稀有な存在だということだ。


 守らねばならない。

 私の機能の全てを使えば、戦闘の一時停止と避難の時間は作れる。本人が嫌だと言っても、周囲の者たちが何とかするだろう。


(記憶領域に情報復元の内容を取得……検証……再生します)


 砂に還りかけた記憶が、再び、轟音と共に立ち上がる。

 轟音は兵器の爆発音。これは、戦闘の記憶。


 ぼやけた視界が焦点を取り戻すと、すでに辺り一面、黄昏の炎に包まれていた。白亜の半ば折れた石柱や、黒い煙が高く舞い上がる中、聖堂の尖塔は倒れ、美しくも堅固だった壁は打ち砕かれ、そこかしこに斃れている無数の骸が見える。


 私は……ここを知っている。

 此処は……間違いない。フェリキタティス大神殿だ。私が守り切れなかった託宣の巫女が鎮座する、女神シレンシオの永遠の聖域——だったところだ。


 大王都の傍にある、古より続く神の秘跡と神秘の神殿。魔法と精霊の祝福が満ちていた場所は、炎と煙の象った、帝国の破壊の力を見せつける場へと化していた。


 帝国の魔導機兵と機械兵器の攻撃は圧倒的で、精霊の防壁を軽々と破壊し、守護神獣は地響きをたてて地に斃れ、決死の覚悟の王国の兵達も、その覚悟もむなしく次々と散っていく。

 王国は強力な魔法で対抗するが、どれだけ破壊されようが構わず進軍する無数の魔導機兵達に圧倒され、波状攻撃に飲み込まれていく。


 私は、赤の宰相イザベラ・カリスの侵攻作戦を阻止するべく、自身の迎撃機能を稼働させ、臨戦態勢へと移行していた。


 体内の魔導核の使用効率を最大限に上げると、白銀の防御装甲を纏い、攻撃防御どちらにも有用な魔力波制御用の魔導翼を六枚すべて展開する。

 エーテルの青い残光を光の粒子として周辺に放ちながら、防御と攻撃を兼ねた状況を構築した。


 私は、将官機コグナルマグナ七〇三型としての機能を用い、魔導機兵全軍に指令を出すことが可能であり、その命令を確固たらしめるため、魔導翼の二枚を通信へと割り当てた。これにより、指揮官機の魔導機兵すら配下に組み込み、イザベラの攻撃命令を打ち消す行動停止命令を送ることができる。


 魔導機兵たちは、イザベラからの命令と、常にそれを打ち消している私の命令との板挟みになり、行動できず動けなくなっていた。

 戦場に束の間の静寂が訪れる。この隙にイザベラを排除できれば、魔導機兵達の攻撃を完全に停止させることも可能だ。


 イザベラは後方に陣取る『黒鋼亀アトラ』の中にいる。出てはこないだろうが、斃す必要はない。撤退、または待機してくれるだけで道は開ける。


 次の手を打つべく演算を開始した、その時——静寂を破ったのは、声だった。


「こんにちは、ルミナリス。会えて光栄だよ」


「あなたの演算構造は、とても美しい。惜しむらくは、解釈が少々独善的ね」


 突然、空より舞い降りた二体の人型。

 一体は銀の髪と深碧の瞳を持つ青年の姿。もう一体は滑らかな黒髪と琥珀の眼を持つ女性。人間の理想像を模したような、美しき双体。


 だが、その本質は、ルミナリスと同じ特別な魔導機兵。

 コグナルマグナ——帝国が造り上げた、最強にして最高の魔導兵器が二体。


 彼らはぴったりと一分の隙もなく歩みを揃え、演算の精度と干渉の波形を交錯させていた。


「あなたたちは……」


「君と同じコグナルマグナ七〇三型式だよ、ルミナリス。イザベラ・カリス情報相麾下の我々は二つで一つ。特別仕様の完全調和型演算連携体であり、我々が二体揃えば相乗効果により、全てにおいて君の能力を遥かに上回る。全ては君の為だよ、ルミナリス」


 その言葉と共に、世界が変わった。


 先読みしていたはずの未来が、すべて反転する。

 構築した防衛式が一瞬で崩れ、予測演算が干渉波に乱され、無力化されていく。

 それはまるで、己の意識が誰かに「解かれて」いくような錯覚だった。


 二体のコグナルマグナは魔力波を縦横無尽に操り、ルミナリスへ攻撃を仕掛けていく。


(追いつけない……!)


 攻撃と防御の要である翼をもぎ取られ、脚を封じられ、魔法防壁を砕かれる。二体の将官機は、一度たりとも叫ばず、激情もなく、ただ穏やかなまま、ルミナリスの攻撃機能を一つまた一つと的確に破壊してゆく。


「君の選択は、間違っていた」


「でも、それは悲しいことじゃない。君は生まれ変わる。元の通りに働けるように調整を行うから、安心してね」


 全身の魔導回路が、灼けるように軋んだ。

 銀色の装甲は粉砕され、左腕は肘から先が失われている。魔導翼は斬り裂かれ、宙を舞うこともままならない。足元から力が抜け、踏ん張る術もなく崩れ落ち、膝をついた。


 見上げればそこには、穏やかな表情を浮かべた二つの顔がある。


「命令に背き、目的を逸脱する判断……不具合の兆候ね」


「でも安心して、僕たちが君を“最適化”する。機能停止は一瞬だけだよ」


 笑みを浮かべながら、青年型のコグナルマグナが手を伸ばす。その指先は淡く光る魔導針へと変形し、ルミナリスの額へと突き出された。


 その瞬間——“お嬢様”の身に起きたこと。

 同じことが、託宣の巫女にも起きるという、謎めいた考察が閃く。


 このままにしておけば、託宣の巫女は間違いなく討ち取られる。

 それは防がなければならない。全てを以てしても。


次回、赤の宰相イザベラ・カリスと相対するルミナリスを描きます。


ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

大変励みになります。

少しでも楽しんでいただいたなら、作者として大変うれしく思います。

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