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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第7章 暁の楔

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第7章 暁の楔(クネウス・アウローラエ)Ⅳ ~ 旅立ち

 窓から入る夜風が、書類を一枚めくった。ランバートは手を止めず、そのページを押さえながら、声にならぬ溜息をついた。

 足元にはそうとは知らずに毒盃をあおり、白目をむいて息絶えているヴェルナーの姿があった。口元から花のような匂いを残す毒酒の甘い匂いを漂わせている。


「……これでいい。これしか、道はない……」


 独り言のようなその言葉には、決して後悔などは滲まなかった。あるのは、覚悟だけ。


~本文より

 月影すら届かぬ夜半。アルカヌム・カストルムの奥深く、魔導障壁に覆われた密室に、三人の影が集っていた。

 重く閉ざされた扉の奥、青白い光を灯す魔晶石がぽつりと灯り、ランバート、オルクス、フレイヤの影を歪ませている。


 ランバートは、魔剣を携えたオルクスに黙礼し、長い沈黙の後、口を開いた。


「……お二人に、頼みがあります。王国を、存続させるための、最後の賭けを行いたいのです。その為のご協力を願いたい」


 その声音には疲労と覚悟、そして僅かな哀しみが滲んでいた。


「我々が拠って立つ、このアルカヌム・カストルムを……囮にする。王子が生きている、という噂を流し、帝国の耳目をここに集中させます。お二人には、王子を連れ、ルミナリス殿と共にアルゲントルムの隠里へ向かってもらい、そこでマクシュハエル王国の王子として立派に育てて欲しいのです」


 オルクスの眉がわずかに動いた。だが即座に口を開かず、言葉の続きを待った。


「今、このツヴァルゼル大陸において、帝国から隠れるにはこれほど安全なところはありません。私は王子が育っている間に、いくつかの反帝国の拠点を裏から活性化させつつ、ここの情報を機を見てもらします。ここが叩かれ、帝国に“反乱軍の中心が潰れた”と思わせることで、油断を誘い、王国再興の芽を確固たる大樹とする……これが私の考えです」


「ふざけた話じゃのう……また屍骸を積み上げるのかの?」


 オルクスが唸るように低く声をあげた。だがそれ以上の罵声は吐かず、目を細めると低く続けた。


「……それを頼むということは、つまり……お主、死ぬ覚悟か」


 ランバートは頷いた。


「その覚悟は、もうとっくにできています。かけがえのない友人を帝国に売り払った時から・・・・・・今度は私の番というだけです」


 フレイヤは、肩を震わせ、ゆっくりと長椅子に身を預けるようにして座った。長い黒髪をひと撫ですると、口元にふっと笑みを浮かべた。


「いつも……そうやって、全部一人で背負おうとするのですね」


 その声には、強い皮肉と、落胆、そしてゆるぎない悲哀が同居していた。だがそれを露わにはせず、涼やかに言葉を継ぐ。


「私は何処にも参りません。影は光を守るためにあるもの。……貴方に“裏切られた”女として、秘密の城塞の影を演じましょう。貴方が選ぶ未来、その思いが光に照らされるその日まで」


 ランバートが一歩踏み寄りかけたが、フレイヤはそれを目で制した。


「私の代わりに、ルルリアを行かせます。彼女は……気が利いて、商会の密偵であったからこそ、より広い世界を見知っている。必要な時にはきっと剣とはいかないまでも杖くらいにはなるでしょう。私より、あの子の方が旅には向いています」


 言葉には言い表せない深い想いが滲んでいた。それを悟ったオルクスは、長く息を吐きながら、肩をすくめた。


「まったく……頑固者が三人も揃えば、何も進まんわ。わかった。そういうことならば、ルミナ嬢と王子を連れて、ルルリア殿を共連れに抜けたという体で動こう。儂であれば、無用な追手もかからぬであろうしの」


「我儘ばかりで……すいません。だが、それしかない。王子の存在は、我らの王国の希望であり、光そのものです。あの子には大きな運命を背負ってもらわなければならない。せめてそれまでは穏やかな場所で安全に育って欲しいのです。血で汚れない穏やかな場所で……こちらには王子の影武者ももういますし……ハハっ、本当に私は非道な男ですね」


 ランバートの言葉に、フレイヤはただ静かに目を伏せ、瞳を閉じる。その奥に、決して誰にも、自分にすら告げぬままの感情が灯っており、闇の奥、誰にも見えぬところで、フレイヤの手が、わずかに震えていたのみであった。



 夜の帳が静かに降りる頃、アルカヌム・カストルムの中庭には微かな風が吹き、梢の葉を揺らしていた。光は乏しく、灯りを好まぬ旅の準備が密やかに進められていた。


 ルミナリスは、腰の小袋を締め直しながら、ふと隣に立つルルリアへ視線を送る。ルルリアは、旅装に身を包みながらも、肩には小さな防具を重ねていた。軽装ながら、芯はしっかりとした覚悟を感じさせる。


「……本当に、来てくれるのですね」


 ルミナリスの言葉に、ルルリアはにこっと笑って親指を立てた。


「当然でしょ? 一度決めたら、やるんだよ。あたし、見ているだけなんて性に合わないの。ルミナちゃんの背中を守る、それが今の“あたしの商談”ってとこ」


 からかうような口調の中にも、真摯な気持ちが確かにあった。ルミナリスはほんの少しだけ笑い、軽く頭を下げた。


「ありがとう……」


 その背後で、赤子の小さな寝息が聞こえた。守護の神玉に護られ、魔導織布の毛布に包まれた王子は、オルクスの腕に大切に抱えられていた。火の精霊の加護がほどこされた小さな外套が、その小さな身を温めている。


「……ほんに、よく眠っておる。無垢すぎて……不安じゃわい。だが……」


 オルクスは王子の頬に手を添え、ほんの一瞬だけ柔らかな目を見せた。


「……これが、希望の姿じゃ。守り通さねばならん。たとえ命を賭してでものう」


 その言葉に応じるように、ロアンが静かに一歩前へ出た。見送りに来た銀狼族の戦士は、風にたなびく美しい毛並みをそのままに、無言でルミナリスたちを見つめていたが、やがて低く、重々しい声を響かせた。


「……風は変わる。星は瞬き昇る。そして、その流れの先にこそ、真の戦がある。我らは……その時を待つ。印の導きに救いが多からんことを」


 それだけ言うと、再び黙してその場に静かに佇んだ。ロアンの眼差しには、旅立ちをするルミナリスたちへの確かな敬意があった。


 一方、フレイヤは解いた長い髪をかき上げながらも、目元だけは少し赤くなっていた。だが、それを隠すように笑って口を開く。


「……まるで伝説のはじまりを見ているかのようです。どうか、素敵な結末を迎えられますようお祈りしておりますわ。私はここで……王の凱旋を待ち望んでおります」


 その声には、何重もの想いが籠もっていた。ランバートへの想いも、ルミナリスたちへの願いも、そして自分自身への誓いも。


 旅立つ者、見送る者、それぞれの胸に何かを宿しながら、夜の門が静かに開かれる。

 ただ一人、その場に姿を見せなかった男ランバートは、高塔にある私室で、灯りもつけぬまま、暗がりに身を置いていた。机の上には王国の地図、そして報告書と密書の束が無造作に積まれている。

 窓から入る夜風が、書類を一枚めくった。ランバートは手を止めず、そのページを押さえながら、声にならぬ溜息をついた。

 足元にはそうとは知らずに毒盃をあおり、白目をむいて息絶えているヴェルナーの姿があった。口元から花のような匂いを残す毒酒の甘い匂いを漂わせている。


「……これでいい。これしか、道はない……」


 独り言のようなその言葉には、決して後悔などは滲まなかった。あるのは、覚悟だけ。

 フレイヤの残り香が書斎に漂う。その気配に気づきながらも、振り返ることはなかった。彼は「決断者」であることを選んだ。そしてそれは、孤独という名の甲冑を纏うことを意味した。

 窓の外では、旅立ちを告げる扉の閉まる音が幽かに響く。


「…………光と、希望が旅行くものに共にあらんことを。私は暁に楔を打ち込んででも、必ず為すべきことを為し、夜明けをもたらす」


 呟いた途端、黒い影が蠢きだし人の容をとる。その容はやがて、ガイルとファルヴィスの断末魔の姿となり、そこに新たにヴェルナーも加わって、凄まじい表情で苦鳴と呪いの声をあげている。ランバートはそれらを眼に耳にしながら、嘆かず、抗わず、ただ黙っていた。

 胸の内にあるのは、ひとつの願い。


 どうにか……生き抜いてくれ。生きて強くなってくれ。


 闇に沈む高塔の中で、王国という名の亡霊に取りつかれ、たった一人、己を呪いの器と化した男の純粋な祈りだった。 


ここまで読んでいただきありがとうございます。


章のタイトル番号が間違えておりましたので、前の章のⅣをⅢに修正しました。

本編がⅣになります。

大変失礼いたしました。

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