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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第7章 暁の楔

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第7章 暁の楔(クネウス・アウローラエ)Ⅰ ~ 予兆

「ガイル……ファルヴィス……許せとは言わない。僕を…………恨んでくれ」


 ランバートは目を逸らさず、苦悶に悶える二人の表情を見つめ、大勢の散っていった兵達の恨みの言葉に耳を貸し、震えてくる拳を強く握りしめていた。

 二人があらわれ、犠牲者の兵たちが恐ろしい姿で迫りくるのは、自分への罰である。だからこそ、逃れるつもりはないし、誰にも話すつもりもない。


 狂気による幻影なのか、恨みに思った霊魂が姿を顕しているのか、残された遺族からの呪いなのか—— なにも分からない。恨みの声が、時に自分の声に重なる夜がある。

 赦されたいのか、滅びたいのか、自分でも分からなくなる。


~本文より

 シルヴァ・カストラが落城してから、六十余を超えた朝を迎え、アルカヌム・カストルム『秘密の城塞』は大きく様変わりをしていた。シルヴァ・カストラからの避難民に兵士や騎士団の面々も合流し、古の捨てられた巨大城は、反帝国への一大拠点へと生まれ変わろうとしていたのだった。


 ランバートは、ルミナリス、オルクス、ルルリア、フレイヤに加えて、銀狼族の将ロアン・ヴァリク、焔鳥の刃騎士団の面々に王国兵の守兵長の一部も加わり、拠点防衛のため組織編成を先行すべく、頭を悩ませていた。

 軍事、補給、情報収集、外交の各部門を設け、部門長の下、組織を編成しなければならない。

 軍事はオルクスとロアン、補給と情報は、ルルリアとフレイヤ程適任はいないだろう。問題は外交とここの統率者だ……。


「さて、頭が痛い……」


 ランバートは、忙殺されることで、シルヴァ・カストラの最期を思い出さぬよう努めていた。

 しかし、忘れようとして忘れられるものではない。

 ガイルとファルヴィス。焔鳥の刃騎士団の要であり、王国の剣の二振りであった武人を切り捨て非業の死に追いやったのは、自分だ。その現実が、彼の胸を重く押し潰していた。


 だからこそ思考を止めなかった。せめてもと、ガイルの奥方エリナとその息子レオンを特別に保護しようと考えたのだが、フレイヤからそれはならないと強く諫められていた。

 軍師が私情に流されてどうする。自らに強くそう言い聞かせ続けていた。

 その頃からである。

 ランバートは目の端に、ちょくちょくと謎の影を見るようになっていた。その影は、独り部屋にこもると、ガイルとファルヴィスを筆頭に、斃れていった兵士たちの断末魔の姿となり、恨み言を語りかけてくる。


「ガイル……ファルヴィス……許せとは言わない。僕を…………恨んでくれ」


 ランバートは目を逸らさず、苦悶に悶える二人の表情を見つめ、大勢の散っていった兵達の恨みの言葉に耳を貸し、震えてくる拳を強く握りしめていた。

 二人があらわれ、犠牲者の兵たちが恐ろしい姿で迫りくるのは、自分への罰である。だからこそ、逃れるつもりはないし、誰にも話すつもりもない。


 狂気による幻影なのか、恨みに思った霊魂が姿を顕しているのか、残された遺族からの呪いなのか—— なにも分からない。恨みの声が、時に自分の声に重なる夜がある。

 赦されたいのか、滅びたいのか、自分でも分からなくなる。


 だが、何が理由だろうが、そんなことは些事にしかすぎない。如何なる罰を与えられようが、這いつくばって奥歯をかみしめ耐え抜いて、戦いに勝たねばならない。

 それが、シルヴァ・カストラの犠牲を無駄にしない、勝利のみが贖罪なのだから——。


「……必ず、王国を取り戻す。目指すは王国の復興だ……。その為の組織……確固とした国を立ち上げるための組織……帝国に恨みを持つ者達……帝国と利害が反している者達……それらを集め、焚きつけ利用し、帝国の眼がそちらに向いている間に、基盤を造る……」


 その決意は、知らず知らずに心を非情へと染め上げていく。

 後手を踏めば確実に滅びる。効果的な手を打たねば意味はない。

 ランバートは自らの弱い部分を、そして人として思いやる感情を押し殺し、戦局を見据え、犠牲が出るなら無駄にしないという、無慈悲な采配を振るえる非情な稀代の軍師の道へと向かわせていた。


 周到に練られた謀略を練り上げ、狡猾に立ち回る。犠牲に見合うだけの戦果を確実に得るために、暗躍し、帝国の補給を奪い評判を下げ、将を誘き寄せ嵌め殺し、敵の戦力を削り取っていく。味方からも恨まれ、後ろ指をさされても、勝てば全てを良しとする。

 人でなしに僕はなる。

 だからこそ、ここを統率する者は別に必要だ。

 オルクスであれば最適だろうと打診をしてみたが、あっさりと固辞された。

 王子はまだ赤ん坊だ……ああ……今為すべきことを為せる人材は何処にいる……。


 ルミナリスは、急激に顔つきや喋り方が変わってきたランバートをつぶさに見て、精神的負荷が人に及ぼすものについて考察検証していた。

 ランバートの言葉や態度の裏には、罪の意識が燃え盛っていることは容易に推察できる。考え込み過ぎて、険のある厳しい表情が当たり前になってきていた。

 今やその表情を動かすことができるのは、野性味に溢れ、魅惑的な美しさを纏うようになったフレイヤのみだ。

 獣魔の力を取り込んだことで、その容姿は劇的に変化し、炎のように揺れる艶やかな髪、凛とした意志を宿す黄金の瞳、そして人を射すくめるような笑みは、時に毒を含み、時に華やかな誘いのようであった。

 しかも、ランバート相手には、他の者にはない甘やかさが加わっており、ランバートもフレイヤに対してだけは、心の裡をのぞかせていた。


「ランバート様、貴方様は何を望み、何を為されたいのでしょう?」


 ある夜、軍議の後にフレイヤがそっと囁いた。月の涙が横顔を照らし、しなやかな獣の影が揺れる。彼女の瞳は何もかも見透かしているようだった。


「勝つ。それだけだ。そうしなければならない」


 ランバートは短く答えた。その声は冷え切っていたが、フレイヤは微笑んだ。柔らかく、どこか哀しげに。


「ならば、私は貴方様を支えましょう。どれだけ辛くても、悲しくても御傍から離れません。しかし、時折は振り返ってください。貴方様が何を捨て、何を手に入れているのかを」


 フレイヤの声は、どこまでも優しく、どこまでも厳しい。その言葉がつきつけているものは自分の中に蠢き、自分を突き動かしている。そのことをランバートは理解し、同時に嫌悪もしていた。

 ただ、諦めてはいない。フレイヤが傍にいることだけを感じながら、己の道を進むことを決意している。


 あの二人の間にだけある、奇妙な信頼関係は何なのだろう?


 ルミナリスは二人の様子を見ていて、疑問を抱かずにはいられなかった。人は罪や責任に縛られながらも、なお他者へ繋がりを求める。それは理に適っているのか、非合理なのか。


(肉体的な変化によって発生する魅了効果、心理的依存、過去の共有による絆の深化……いや、やはり理解できない。感情の定義は非合理的すぎる)


 更なる情報と人間の感情のサンプルを集めるべく、ルミナリスはアルカヌム・カストルムに逃げ込んできた人々から、アルゲントルム人のフィリアを捜索するための情報を集め、分類精査していた。


 ルミナリスへの新たな風がふいたのは、日が傾きはじめた頃だった。

 城下の広場にいる人々を見て回っていた折、避難民の中から、若い夫婦が恐る恐る近づいてきた。幼い男の子を胸に抱いた妻と、やせ細った顔に気骨を浮かべた夫。二人とも、遠慮がちに頭を下げる。


「……突然、申し訳ありません。けれど、どうしてもお話ししたいことがあって」


 ルミナリスは微笑んで首を傾げた。


「構いません。お辛い中でしょうが、お話を伺います」


 夫婦は目を見合わせ、小さく息を吸うと、港町での出来事を語り出した。


「逃げている途中、港町ベリスティアで……ある女の占い師に出会いました。年は若く、けれどどこか……歳月の奥を見ているような、不思議な目をしていた女性なんですが……」


「名も、何も名乗りませんでしたが……肌の白さと貴女様と同じ髪の色、それに言葉の節々から……あの方は、アルゲントルムの人だと思います」


 夫が続ける。


「その方に、こう言われたんです。『この子の病は治る。戦乱に追われて逃げ込んだ先で、アルゲントルムの少女にあったら、旅立ちの声を聞いたか? もし分からないなら、ベリスティアに尋ねてこいと、そう彼女に言いなさい』と……そうすれば、この子は救われる、とも伺いました」


 ルミナリスの視線が、静かに幼子に向けられる。

 小さなその顔は紅潮していた。唇は乾き、時折、乾いた咳をこぼしている。


「……見ても、よろしいでしょうか」


 夫婦は驚いたように頷き、男の子をルミナリスに預ける。

 ルミナリスはそっと子どもの胸に手をあて、百眼で分析診断した。

 小さな魔力の乱流が、肺の周囲を渦巻いている。魔法士としての資質が高いのだろう。器官の未熟さと、外からの魔力が体内の魔力と反発、干渉しあっている。それが熱と咳の正体だった。これでは如何なる薬も効かないだろう。

 ルミナリスは手をすべらせ、柔らかく言葉を紡ぐ。


「典型的な魔力障害ですね……ご安心ください。制御できるよう魔力の流れを調整します」


 持った杖から微かな金の光が溢れ、ルミナリスの手から流れ伝い、子どもの胸を包む。

 波紋のように魔力の揺らぎが散っていき、咳がぴたりと止まった。

 子どもは、大きく息を吸い込み、小さな声で「あれ? 苦しくない……あったかい」と呟いた。

 妻は手を口に当てて涙をこぼし、子供を抱きしめ、夫は感謝の言葉すら忘れ、頭を垂れた。

 ルミナリスは二人に穏やかにそして優しく語った。


「旅立ちの声を……その方の言葉を伝えてくれてありがとう。こちらこそ深く感謝いたします。皆様が元気でいられるよう、祈っています」


 そう言って微笑んだルミナリスに、夫は更に深く頭を下げ、母は泣き笑いで何度も「ありがとうございます」と繰り返した。

 夫婦が去った後、ルミナリスはふと、冷えた風の先にある西の空を見上げる。

 夕焼けに染まる空は、どこか懐かしく、そして哀しかった。


「私を呼ぶ……貴女は誰なのでしょう? 破損した記憶領域の中にいる方なのでしょうか」


 その胸奥に、遠い昔の声が微かに呼びかける。

 忘れてしまった記憶の淵から、何かが静かに、目覚めようとしていた。

 旅立ちの時が来たことをルミナリスは理解した。


次回、旅立ちの声を聴いたルミナリスは周りに別れを告げようとしますが……。


ここまで読んでいただき有難うございます。

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