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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第6章 焔の刃

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第6章 焔の刃Ⅵ ~ 黒獅子と剣虎

「ゼイロスはどうする? 奴は油断ならない。狙っているだろ?」


 バルグは鼻を鳴らし、巨体をゆっくりと動かした。


「妙な連中ではある。が、我々に仕掛けるには力不足だ。捨て置け」


 深く低い声が響く。


「王国の残党は、ヴァルケインとやり合っていた二人が主力だろう。であれば、負ける要素などどこにもない。奴らを叩き、速やかに制圧する。それが最優先だ」

~本文より

 ゼイロスは戦場を見下ろし、細く長い尻尾を揺らした。焔の残滓がまだ宙を舞い、死者の血が土を濡らしている砦の入り口付近を注視したままだ。

 ヴァルケインの魔力が掻き消えた瞬間、ゼイロスの赤眼が鋭く細められた。


「ヴァルケイン……お前は俺が仕留めたかったが……まあ、いいだろう」


 獲物を狩る快感を奪われたことに、微かな苛立ちを覚えながらも、すぐにそれを楽しげな笑みに変える。


「それにしても、あの王国の二人……実に面白い戦い方をする」


 興味と警戒の入り混じった呟きだった。

 戦局を見極め、次の一手を読む—— ゼイロスの思考はすでに戦の先を描いていた。

 長腕隊は敗北こそしたが、砦の精霊魔法の防備は丸裸にし、魔力も弱まらせた。

 黒牙隊がこの隙をついて攻勢を仕掛けるのは時間の問題だが、王国の兵もただ蹂躙されるような相手ではない。黒牙隊も決して無傷では済むまい。


 そして—— 何よりも、洞窟の「旅の扉」はすでに破壊してある。どちらの側にも援軍は決着がつく頃合いには間に合わないだろう。


「つまり、この戦場にいる者たち ‘だけ’ で決着がつく」


 ゼイロスの唇が嬉し気な弧を描く。

 援軍がこない以上、ここでの戦いが戦局を左右する。

 黒牙隊が勝つにせよ、王国の兵が粘るにせよ、消耗しきったところを叩けば、すべてを手中に収めることができる。

 その時、幽霊猫族のセリオが近づき、しなやかな声で囁いた。


「隊長、長腕隊はほぼ壊滅です。あいつらの部隊の設備携行品、貰いに行きませんか? 設営場所は掌握できています。それか、手柄を横取りされる前に仕掛けます?」


 ゼイロスはゆっくりと振り返ると、気の抜けたように肩をすくめた。


「まあ、待て。攻略が先だが、一旦様子を観る」


 白々しく言いながらも、瞳には冷静な計算が宿っている。


「こうやって全員無事に洞窟から出られたのは、長腕隊と黒牙隊の ‘貴重な踏破実験’ のおかげだし、あのヴァルケインがやられるような相手だ。わざわざ急いで喧嘩を売りに行く必要はない」


 ゼイロスは嘲るように笑いながらも、心の中ではすでに次の一手を考えていた。

 静かに、獲物が弱るのを待つ狩人の思考。

 戦の流れを読み、誰よりも冷静に、狡猾に、確実に勝利を掴むために。


「どう転んでも、面白い展開になるな。運が向いてきた。どちらも頑張れ。俺は俺で ‘仕掛け’ を作ろう」


 ゼイロスの笑みが、戦場の混沌に溶け込んでいく。


 一方、その頃—— 黒牙隊の戦士たちは、血の匂いを孕んだ夜の闇に沈んでいた。


 隊長であるバルグ・クロウは、漆黒のたてがみと獣毛に覆われた巨躯獅子の獣人で、赤く輝く額の戦神の刻印が、獲物を屠る前の獣のように熱を帯びていた。

 その隣で、白黒の縞の美しい毛並みを持つ剣虎族の副隊長、レガントが、短剣のような牙を剥き出しにしたまま、顔につけられた傷跡を爪でなぞり掻きながら言った。


「ゼイロスはどうする? 奴は油断ならない。狙っているだろ?」


 バルグは鼻を鳴らし、巨体をゆっくりと動かした。


「妙な連中ではある。が、我々に仕掛けるには力不足だ。捨て置け」


 深く低い声が響く。


「王国の残党は、ヴァルケインとやり合っていた二人が主力だろう。であれば、負ける要素などどこにもない。奴らを叩き、速やかに制圧する。それが最優先だ」


 黒獅子の笑い声が、空気を震わせた。レガントは顎を上げ、夜の闇を見上げるとバルグを真っ直ぐに見据えた。


「お前の ‘悪い癖’ は出てはいないな? 無駄な被害を出さないようにしろよ」


 その問いに、バルグの戦神の刻印が僅かに赤く脈動する。


「ああ、王国の兵は中々やる。ナクシャムどもを焼き払い、ヴァルケインを弱らせるくらいには強い……だがそこまでだ」


 鋭く睨みつけるその瞳には、戦士特有の熱が宿っていた。帝国の魔導実験により与えられた戦神の刻印は、戦いにおいて強い力を与える反面、戦いに猛々しい歓びを感じ、それにのみ込まれると我を忘れるという欠点がある。


「魂が燃え上がるようなロド・グリムほどの手強さはない。俺の魂は沸き立たない。だから安心しろ。大人しく敵を屠るのみ・・・・・・だ」


 だが、言葉とは裏腹に、刻印の輝きは徐々に強まっていく—— まるで、戦いの血潮がその獣を覚醒させるかのように。


「さあ、狩りの時間を始めよう。レガント、準備はいいな?」


 バルグ・クロウは獰猛な笑みを浮かべながら、副官に問いかけた。

 レガントは剣虎族特有の鋭い眼光を光らせつつ、猛々しい風貌には似合わない落ち着いた声で答えた。


「ああ、攻め筋はいつもの通りか?」


「そうだ。まずは正面を俺が叩く。脇は任せた」


「わかった。では、行く」


 バルグの指示とともに、レガントは音もなく姿を消した。

 影となり溶け込むその姿をちらりと確認すると、バルグは堂々と砦の正門へと歩みを進めた。


「王国の敗残兵どもに告げる。抵抗を続けるのなら命は無いと思え。弱者は弱者らしく頭を下げろ!」


 その声が響いた瞬間、砦を守る焔鳥の刃騎士団の戦士たちは一斉に剣を構え、殺気が戦場を包んだ。直後、森の精霊王の槍が、大地を突き破るように放たれ、無数の鋭い蔦がバルグを襲う。

 だが、バルグは眉一つ動かさず、伸びてきた緑の刃を右腕の一振りで粉砕する。


「ふん……魔力が薄まったこんなもの、攻め手とはどのようなものか、見せてやろう」


 バルグはゆっくりと息を吸い込んだ。あわせて額に刻まれた戦神の紋章が紅く脈動する。次の瞬間、彼は全身の力を込めて咆哮を解き放った。


 黒獅子の咆哮。


 それは単なる雄叫びではなかった。帝国の魔導技術によって研ぎ澄まされ、純粋な破壊の力と化した咆哮だ。大気そのものが圧倒的な力にねじ伏せられ、見えざる衝撃の奔流が砦を包み込む。

 砦の魔法障壁はまるで悲鳴を上げるかのように揺らぎ、守りの魔法陣が軋みをあげながら崩壊していく。刻まれた精霊の加護すら、その圧倒的な暴威の前に削がれ、薄れ、やがて無力化されていった。

 砦を構成する石壁には無数の罅が走り、かつて鉄壁と謳われた正門は、その宿命を悟ったかのように歪み始める。鋼と魔術によって鍛えられた門扉でさえ、黒獅子の咆哮には抗えない。

 門の内側で防衛の陣を敷いていた騎士たちの耳から血が流れ、苦悶に顔を歪めながら膝をつく者が続出する。肉体だけではない。魂を削るようなその咆哮は、精神の奥深くにまで食い込み、ただの音を超えた圧として彼らの意志を削ぎ落としていく。


 そして、門が崩れ爆ぜた。

 鋼の破片と砕けた石材が、砦の内側へと弾け飛ぶ。激しく巻き上がる土煙の中、バルグはその場に立ち尽くす騎士たちを見下ろしながら、一歩、また一歩と静かに歩を進めた。


「さあ、狩りの時間だ」


 彼の周囲に集う黒獅子族たちは、獲物を見据える獣のように低く構え、ゆっくりと包囲の輪を狭めていく。砦の正門はすでに機能を失い、今まさに崩れゆこうとしていた。  


 その瞬間、レガントが動いた。沈黙の白い影は、夜霧のごとく音もなく、誰にも気づかれることなく砦の奥深くへと忍び込んでいく。


 目的はただ一つ──内部からの破壊と陽動。


 バルグに焦点を当てればレガントがかき回し、レガントに目を向ければバルグが押し込む。単純でありながら、黒牙隊の猛威をもってすれば、これほど効果的な戦術はない。過去、幾度となくこの手法で敵を葬り去ってきた。


 バルグは、冷徹な自信を宿した瞳で戦場を睥睨し、従える黒獅子族へと僅かに顎をしゃくった。それだけで、彼らは殺意に満ちた静寂の中、前進を始める。そして、


「己の弱さを嘆け、ひ弱なシノガルどもよ!」


 その声が大気を震わせた瞬間、黒牙隊が一斉に襲い掛かった。


 爪が肉を裂き、牙が鎧を噛み砕き、血が無慈悲に大地を染め上げる。黒獅子の戦士たちは獣のように跳躍し、騎士の隊列を引き裂いていく。咆哮が響くたび、王国兵の盾が砕け、剣が叩き落とされ、鮮血が夜気を濡らす。


 だが、それでも騎士たちは退かない。


「帝国に飼われ、牙の抜けた獣人どもに、我らの誇りは挫かれぬ!」


 誰かが叫び、仲間たちがそれに続く。

 傷ついた者は立ち上がり、盾を掲げ、剣を振るう。

 黒牙隊の猛攻を受けながらも、彼らは命を賭して防衛線を築いた。敵を討つことよりも、撤退する仲間のために時間を稼ぐことが彼らの誇りであった。


 だが、時間は無情だ。


 斬られた者が倒れ、潰された者が呻き、やがて戦場に響く声は、怒号から呻き声へ、そして静寂へと移り変わっていく。黒獅子の戦士たちが無機質に戦場を踏みしめ、斃れた兵の血を足元に滲ませていく。

 多くの王国兵がその場に倒れ、冷たい地に横たわる。だが、死してなお、彼らの手は剣を握りしめたままだった。


 かくして、シルヴァ・カストラ砦の正門は陥落した。


次回、戦いの中で垣間見える思いが交叉します。


物語を読んでいただき、とても嬉しいです。

少しでも面白く読んでもらえるよう、頑張ります。

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