第6章 焔の刃Ⅴ~ ガイルとファルヴィス
ファルヴィスが悠々と刃を振りぬき、焔の羽根が静かに揺れ、宙に溶けていく。
そんな光景の中、戦場の中心—— 燃え盛る業火の海の中から、くぐもった笑い声が響いた。
「良いっ……これほど良いとは思わなかった」
不吉な響きを帯びたその声が、戦場に満ちる。
「出来損ないのシノガルの中にも、銀狼のような死を運ぶものがいたか……シノガル、否、アリシノーズの英雄種は死に絶えたと思っていたが、どうやら違ったようだな」
~本文より
ガイルは焔の渦をさらに勢いづかせ、戦場全てを紅蓮の海へと変えながら、短く、鋭く言い放つ。
「ぼやいている暇があるなら、戦に集中しろ。敵を一人でも多く滅ぼせ」
その言葉に、ファルヴィスは肩をすくめると、足元に焔が舞い、次の瞬間、姿が掻き消えた。
双剣の煌めきが、音もなく戦場を疾る。
閃光が駆け抜けるたび、焔の羽根が舞い散り、刃の軌跡を追うように炎が咲く。
長腕隊の魔人たちは、刻まれた傷口から炎を噴き上げ、断末魔すら上げる間もなく燃やされ、崩れ落ちた。
ファルヴィスが悠々と刃を振りぬき、焔の羽根が静かに揺れ、宙に溶けていく。
そんな光景の中、戦場の中心—— 燃え盛る業火の海の中から、くぐもった笑い声が響いた。
「良いっ……これほど良いとは思わなかった」
不吉な響きを帯びたその声が、戦場に満ちる。
「出来損ないのシノガルの中にも、銀狼のような死を運ぶものがいたか……シノガル、否、アリシノーズの英雄種は死に絶えたと思っていたが、どうやら違ったようだな」
瞬間——焔の海が掻き消えた。
大地を覆っていたはずの炎が、まるで幻だったかのように霧散する。
代わりに現れたのは、緑の槍に貫かれていたはずの魔人種——ヴァルケイン。
「何……?」
ガイルも、ファルヴィスも、思わず目を見開く。
ヴァルケインの黒衣が風に翻る。
その身を貫いていたはずの緑の槍は、彼の手から黒炎を吹き上げ、瞬く間に燃え尽きた。
ヴァルケインはゆっくりと足を踏み出し、そのまま空へと浮かび上がる。異質な魔の気配を纏いながら。
ファルヴィスが短く息を呑み、軽く口笛を吹いた。
「おいおい……森の精霊王の槍を受けてんだぞ。なんなんだ、あれ?」
僅かに冗談めかした調子で言いながらも、その表情には隠しきれぬ警戒が滲む。
ガイルが焔を纏った剣を構え、鋭く言い放った。
「何であれ、始末する。我らは王家の剣。化け物は、一体でも多く滅ぼす」
その言葉とともに、ガイルの剣に焔が収束し、白銀の輝きを吹き上げる。
王家の剣と称される彼の力、太陽の女神の加護を宿した、純粋なる聖焔。闇を討ち、呪詛を焼き払い、魔を根絶する力だ。
ヴァルケインはその焔を目にしてなお、愉悦に満ちた笑みを深め、指先で印を結びながら、楽しそうに告げた。
「良いぞ、英雄種のアリシノーズよ。我が名はヴァルケイン—— 闇より生まれし夜魔族だ」
黒き魔の波動が彼の周囲に渦巻き、空間を蝕むように揺らめき、ヴァルケインの笑みが、より深まる。
「お前たちに、悪夢のごとき凄惨なる死を、我が手で下賜してやろう。歓喜しながら滅べ」
「我が名は、ガイル・エストレイン。お前を焼き尽くすものの名だ。覚えておけ」
白銀の焔をまとった大剣が、周囲の闇を裂くように輝く。
ガイルは悠然と剣を構え、切っ先をヴァルケインへと向けた。
ヴァルケインの唇が歪む。
「我を焼き尽くす、か。それは愉しみだ」
低く笑うと、彼の周囲に黒炎が立ち昇る。夜魔特有の瘴気を孕んだ、闇よりも深い炎だ。
「試してみるがいい。我が闇か、お前の焔がわが命を喰らい尽くすか—— 」
その言葉を終えるより先に、ヴァルケインの身が弾けるように疾駆した。
——速い!
ガイルが瞬時に剣を振るう。白銀の焔が弧を描き、ヴァルケインを迎え撃つ。
しかし、ヴァルケインの姿が霞のように揺らぎ、寸前で掻き消えた。次の瞬間、ガイルの背後に黒き剣戟が奔る。
すんでのところで身を翻し、焔の刃で受け止めるが、その衝撃が躰を伝わり、足元の地面が砕け散った。
「遅いな、英雄の剣よ」
ヴァルケインはさらに一閃を放つ。重い魔の気を帯びた一撃がガイルを斬り裂かんとする。
だが、その刹那
「ほいっと」
軽い口調とともに、横から炎が閃光のように奔った。ファルヴィスがヴァルケインを狙いすまして剣を投擲していた。ファルヴィスの双剣は、自ら宙を舞い、ヴァルケインの右腕を切り裂いた。
「戦いに美学を持ち込むのは勝手だがよ、死んじまったら意味ねえんだわ」
ファルヴィスは軽口を叩きながら、素早く後方へと跳ぶと戻る剣を受け止めて身構える。
ヴァルケインは忌々しげに目を細め、自分を傷つけることができたという事実に、わずかに驚きを滲ませた。
「チッ、面倒な……加護付きの神剣か」
しかし、その動きの鈍りを見逃すファルヴィスではない。すかさず、懐から黒い円筒状の器具を取り出し、避ける暇を与えず地面へと投げつけた。
弾ける鈍い音とともに、装置が起動し、ヴァルケインの周囲を取り囲む淡い青白い筒状の光が広がった。
それは魔力の流れを断ち切る——帝国が開発した魔導妨害機で、魔人種制圧用兵器だ。
「……何? 帝国の阻害投擲をお前が……」
ヴァルケインの動きが明らかに鈍り、闇が揺らぎ、その輪郭が不安定に乱れる。ファルヴィスは双剣を軽く回しながら言った。
「帝国のものだろうが、何でも使えるもんを使う主義だ。で、お前の魔力は、これで半減したってわけだ」
ガイルはその隙を逃さなかった。
「ふんっ」
白銀の焔を纏った剣が、裂帛の気合のもとに振り下ろされる。
ヴァルケインは剣を交差させて防ぐも、魔力を封じられた影響か、その防御は甘い。
ガイルの一撃が剣を押し込み、ヴァルケインの左肩に刃が食い込む。
「おのれっ」
ヴァルケインは呻くと肩を抑えて、追撃を避け、後ろに大きく跳んで躱す。
「ありゃ? 説明書じゃ、動けなくなるって書いてあったんだが……不良品か?」
ファルヴィスは双剣を油断なく身構え、追撃の姿勢をとり、ガイルは更なる集中で剣を輝かせると、大上段に構えた。
「覚悟っ、化け物っ」
ガイルとファルヴィスが仕掛けようとしたその時——ヴァルケインの背後から胸を突き破り、何かが飛び出た。
それは獣の爪——漆黒の刃のような抜き手で、ヴァルケインの心臓を正確に貫いていた。
「……ふん、抜かった……か……」
ヴァルケインがかすれた声でそうつぶやいた。
黒い顎の鋭い牙がその首に突き立てられ、肉を裂き、骨を砕き、一噛みでヴァルケインの首を引き千切る。血が噴き上がり、闇の魔力が揺らぎながら霧散する。
黒獅子族の猛将—— 黒牙隊隊長バルグは、ヴァルケインの血まみれの頭を地面に叩きつけ、爪についた赤黒い血を払いながら、不気味に笑った。
「出来損ないのシノガル共よ。貴様らのおかげでヴァルケインの始末ができた。礼をいう。お前たちは、なるべく苦痛なく葬ってやろう」
その声が響く中、バルグの姿は影の中に溶けるように消えていく。
どこから来るか分からぬ殺意。獲物を狩る獣の気配が、戦場に充満する。
ファルヴィスが、呆れたように舌を打った。
「魔法素子の反応なし……固有能力か、体術の域を超えた体術を使う化け物か。どっちにしても厄介だな」
ガイルは大剣を構え、鋭い視線で周囲を見渡しながら、無言で合図を送った。
(引いて立て直すぞ。いいな)
(はいよ)
ガイルとファルヴィスは、互いの背中を合わせながら、息もぴったりに疾風のように、砦の入口へと退却した。
砦の入口は大岩で出来上がった城塞門であり、周囲には森の精霊王の加護の魔法と、焔鳥の刃騎士団の精鋭たちが固めている。
如何なる敵であろうと容易く突破できるものではない。
シルヴァ・カストラの兵に未だ死傷者はおらず、最大戦力であるガイルとファルヴィスが前線を張ったことにより、帝国のベルセクオール部隊の長腕隊を壊滅させた。
——上々の戦果だ。
だが、二人は知っていた。これはただの戦いではない。
王国の力を示し、帝国に痛撃を与え、最後に王国は完全に滅んだと誤解させるための戦だ。
いずれ滅びへと向かう、援軍なき籠城戦なのだ。
(柄じゃないんだがなぁ。負け戦ってのは。まあ踏ん張るか)
ガイルの引き締まった横顔を眺めながら、ファルヴィスはぼんやりと考えていた。
次回、黒牙隊の猛威にシルヴァ・カストラが晒されます。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
しっかりと書いていきます。
少しでも物語を楽しんでもらえたら嬉しいです。




