第6章 焔の刃Ⅳ~ 開く戦端
「出迎えはないのか。残念だな」
躰から黒い陽炎のような魔力の揺らぎを立ち昇らせながら、ヴァルケインは見るものを怖気させるような笑顔を浮かべた。死神と言われるのも無理はないと得心できる笑顔だ。
その顔面を破壊すべく真っ直ぐに飛んできた鉄塊を、片手で受け止め溶かし尽くすと、投げた相手へ面白そうに、声をかけた。
「殺意が足りぬな、黒獅子族だろう? バルグ隊長」
巨躯から漆黒のたてがみを怒りのあまりに、逆毛立たせ、黄金の瞳に怒気に混ざった嫌悪の色を浮かべている戦士が居た。獣人種の中でも物理耐性と魔法耐性に優れた強靭且つ頑健な躰を持つ、黒獅子族で黒牙隊隊長のバルグ・クロウだ。ベルセクオール部隊でも直接戦闘に特に優れ、一目も二目も置かれている歴戦の戦士でもある。
「汚らわしい魔人種ナクシャムめ。ヴァルケイン、近いうちにこの俺がお前を必ず墓場に戻してやる。だが、今はまず、この場所の探索と制圧が優先だ」
~本文より
夜明け前、うすぼやけた闇が拡がる静かな森の中、突如岩が崩れ倒れ、空気を震わせ重々しい響きと共に、ぽっかりと空間に穴が開き、その穴から金の王冠と歯車の帝国紋様をあしらった獣人種と魔人種の異様な一団が、吐き出されるように這い出てきた。
周辺を警戒しつつ展開した一団は、ベルセクオール部隊の“長腕隊”と“黒牙隊”だ。
「出迎えはないのか。残念だな」
躰から黒い陽炎のような魔力の揺らぎを立ち昇らせながら、ヴァルケインは見るものを怖気させるような笑顔を浮かべた。死神と言われるのも無理はないと得心できる笑顔だ。
その顔面を破壊すべく真っ直ぐに飛んできた鉄塊を、片手で受け止め溶かし尽くすと、投げた相手へ面白そうに、声をかけた。
「殺意が足りぬな、黒獅子族だろう? バルグ隊長」
巨躯から漆黒のたてがみを怒りのあまりに、逆毛立たせ、黄金の瞳に怒気に混ざった嫌悪の色を浮かべている戦士が居た。獣人種の中でも物理耐性と魔法耐性に優れた強靭且つ頑健な躰を持つ、黒獅子族で黒牙隊隊長のバルグ・クロウだ。ベルセクオール部隊でも直接戦闘に特に優れ、一目も二目も置かれている歴戦の戦士でもある。
「汚らわしい魔人種ナクシャムめ。ヴァルケイン、近いうちにこの俺がお前を必ず墓場に戻してやる。だが、今はまず、この場所の探索と制圧が優先だ」
バルグがそう声をあげると、巨躯揃いの黒牙隊は指示もされていないのに、音もたてずに銘々散っていった。
「傀儡子の化けもの、汚らわしいナクシャムどもの寄合と、うちは違う。それぞれが優れた戦士だ。やるべきことは銘々が決める。全てが終われば、洞窟での貸しはお前の命で払ってもらうぞ。覚えておけ」
バルグはそう言い残すと、殺気と血の匂いと共に、影の中に溶け込むように消えていく。
「流石だな、黒獅子……誇り高き死の香りが、何とも芳醇だ」
ヴァルケインの口元が歪む。愉悦に満ちた狂気の笑みが浮かび、冷たく凍てついた瞳の奥では、抑えきれぬ歓喜が渦を巻いていた。
それは敵の技に対する純粋な称賛か、それとも、これから訪れる血の宴に対する陶酔なのか。
「長腕隊、進め。動くものは手当たり次第に屠れ。精霊魔法の気配が濃い場には気をつけ——」
言葉の途切れた瞬間、大地が裂けた。
土の奥底から解き放たれた緑の槍が、蛇のごとく鋭く躍り、ヴァルケインの身を貫く。
「……ほう、これは……精霊の槍は魂をも削ぐか……美しい……」
口から血を滲ませながら、ヴァルケインは自らの胸を貫く槍を呆然と見つめる。鮮やかな緑が、彼の黒衣に広がる血の赤と絡み合い、異様な美しさを描いていた。
地の底から新たな槍が連なり、次々と飛び出す。一本、また一本—— その全てが、正確無比にヴァルケインの胸や腹の急所を穿ち、体内の魔力を絡め取るように霧散させていく。
細く鋭き槍が舞うように躍り、縫い留められているヴァルケインの額を正確に貫いた。その瞬間、ヴァルケインの身体が大きく震え、わずかに口を開く。
「お……お……」
声にもならぬ呻きが漏れ、膝が崩れる。黒衣の死神が地に伏せる光景に、感情をあらわにしない筈の魔人たちから声が響き渡る。
「ヴァルケイン様っ!」
インフェリウス族とミストラル族の魔人たちが駆け寄ろうとした、その刹那—— 影が奔った。
隠形の魔法を解き放ち、音もなく現れ、巨大な大剣を軽々と振りかざす巨漢の騎士。刃に宿る焔が尾を引いて流れ翼のように見えている。焔鳥の刃騎士団団長ガイルだ。
自らに迫る焔を見て、獄炎魔インフェリウス族の魔人が笑う。
「愚かな……我らは獄炎そのもの。我らに炎とは……」
次の瞬間、その笑みが凍りついた。
焔が、獄炎を断ち切り、そのまま燃やし尽くしていく。
ガイルの剣に宿る焔は、全ての敵を引き裂く意志ある焔の刃にして、不死鳥の力を持つ神たる焔、神獣の力そのものだ。
インフェリウス族の身体が弾ける。纏っていた獄炎は逆流し、自らを蝕む炎となり、赤黒い光の奔流の中で悲鳴が掻き消えた。
同時に、霧のごとく舞うミストラル族の魔人が襲いかかる。
「無駄だ。我らには刃など届かない」
だが、ガイルは迷いなく振り抜いた。
剣が空を裂いた瞬間、その刃に宿る焔が爆ぜ、霧そのものを炎の波動に包み込む。
ミストラル族の魔人が恐怖に満ちた悲鳴を上げる。
「こ、これは——」
霧となり、逃れようとする身体が、焔に捕らえられ、焼き尽くされる。刃が届かぬはずの霧が、業火に呑まれ、形を失い、虚無へと還っていく。
ガイルは冷徹にそして高らかに告げた。
「帝国の化け物どもよ—— 王国の騎士たる我ら焔鳥の刃騎士団の意地と覚悟、その身をもって刻め!」
音もなくガイルの背後へと霧と化して潜んでいた魔人ミストラルが、凶刃を振るう。
「出来損ないの貧相な猿の群れ、『シノガル』風情が……調子に乗るな」
囁くような声と共に、死の気配を纏う剣が、ガイルの首筋へと滑るように迫る。刃が肌に触れようとした刹那—— 紅蓮の閃光が空を裂いた。
眩い軌跡が奔ったかと思うと、魔人ミストラルの躰は瞬時に刻まれ、四肢がバラバラに散る。切り裂かれた断片は、美しく舞う炎の羽に包まれ、苦悶の声すら発する間もなく、虚空へと消滅していった。
その刃を振るったのは、赤みがかった金髪をなびかせた細身の男だった。
「戦場で名乗りを上げるなら、時と場合を考えろと何度言ったらわかるんだ? もう言い飽きたぞ」
黒地に赤の炎の紋様が走る革鎧を纏い、両手に短剣を携える騎士。
焔鳥の刃騎士団の双翼の一人、閃光の羽根とも、遊び人の気障野郎ともいわれている、副団長ファルヴィスだ。
「遅いぞっ、ファル。アルカヌム・カストルムが不明の遠方地とはいえ、行きは旅の扉だったろう? 何処で油を売っていた?」
ガイルは襲い来るインフェリウス族の魔法を難なく弾き、獄炎を纏う魔人の身を両断しながら問いかける。
ファルヴィスは肩をすくめ、燃え盛る戦場の只中で飄々と笑った。
「かわいこちゃんに会っていたのさ」
言葉と同時に、殺到するインフェリウス族の魔人たちが、獄炎飽和の魔法攻撃を放つ。炎の球が辺り一面に現出し、炎が渦巻いて火炎流となり、ファルヴィスとガイルめがけて襲い掛かる。
「任せろ」
一言ファルヴィスは告げると、流れるような動きで短剣を翻し、全ての魔法を斬り捨てた。炎の奔流すら彼の刃の前では意味を成さず、魔人たちの攻撃は一撃も彼の身に届かない。
「躰がデカいだけの強面の不器用野郎に、かわいこちゃんからの伝言だ」
双剣が閃くたび、長腕隊のミストラル族が霧ごと断ち切られ、インフェリウス族の獄炎が炎の羽根に覆われ、やがて羽根は灼熱の渦へと変化し、触れるものを全てのみ込み消してゆく。ファルヴィスは涼しい顔で双剣を振るいながら、ガイルと背中合わせになって、言葉を継いだ。
「『絶対に騎士になる。騎士になるから、僕が助けに行くまで頑張って。ぜったいぜったい頑張って』だそうだ。伝えたぞ、不器用野郎」
「そうか……騎士になるか。そうか……」
ガイルは低く呟いた。炎の揺らめきに照らされたその横顔は、どこか遠いものを見つめているようだった。
「それで、希望の種は確認できたか?」
ファルヴィスは短剣を軽く回しながら、唇の端を持ち上げる。
「ああ、希望の種どころか、太陽の苗木が確認できたぜ。オルクス師とロアン殿、そして頭でっかちのランバートが揃ってりゃ、まあまあ、明日ってやつも期待出来そうだな」
ガイルの瞳が細められる。やがて、その口から零れたのは、深みのある笑いだった。
「そうかっ……はははっ……そうかっ!」
笑声が轟いた瞬間—— 戦場が、焔に包まれた。
「我が名はガイル・エストレイン。国が滅びても、我が剣は健在なれば、マクシュハエル王国の剣の力、存分に味わえっ」
全てを赤く染める焔の渦が、ガイルの両腕から解き放たれる。
それは猛々しく荒れ狂う暴風でありながら、まるで意志を持つかのように選別された標的だけを喰らっていく。
長腕隊の魔人たちは悲鳴を上げる間もなく焼き尽くされ、獄炎の魔人すら、その影を残さなかった。
だが、戦場に咲く花々には—— 一輪の傷もない。燃え盛る焔の海の中で、色鮮やかな花弁は、そよ風に吹かれているかのように、静かに揺れていた。
ファルヴィスはその様子を見やり、呆れたように息を吐く。
「相変わらず、出鱈目な奴だ。付き合わされる側の身にもなってみろってんだ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。しっかりと書いていきますので、少しでも楽しんでくれたなら幸いです。




