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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき


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第5章 隠し砦 シルヴァ・カストラⅢ ~ 非常なる決断

「これは魔視眼鏡じゃ。まずはこれで辺りを見てみるがよい」


 古ぼけた片眼鏡はレンズ状に仕立てられた水晶に、細かい文様が刻まれた銀色の金具と鎖がついている。

 ランバートが魔視眼鏡を通して見ると、何もないように見えた洞窟が一変した。壁や床、空中にまで広がる金色に輝く魔法陣が、まるで命を宿すかのように、形を変え文字を変え蠢いているではないか。

 その周りを精霊のような光の粒子が飛び交い、ささやき声のような音を奏でていた。

~本文より

 ルミナリスとオルクス、それにランバートは旅の扉を用い、再び隠されていた洞窟へと足を運んだ。

 外見はただの荒涼とした岩壁に囲まれた空間だが、そこには隠された壮大な仕掛けが息づいていた。ランバートは眉間にしわを寄せながら周囲を見回したが、何も特別なものを見出すことはできなかった。

 一方、エルフであるオルクスの目には、空間全体を包むように広がる美しい魔法陣が見えていた。輝きながら蠢くその紋様は、絶えず形を変え、神秘的な光を放っている。


「前にも言ったが恐ろしくも美しい魔法陣じゃの。ルミナリス殿、そちらはどうかの?」


 隣ではルミナリスが侯爵の腕輪を手に捧げ持ち、彼女の分析眼「百眼」を起動して魔法陣の解析を進めていた。その瞳に映る情報は、膨大な文字列と数式に変換され、思考領域に流れ込んでいく。


「旅の扉は少なくとも秘密の城塞以外にもあと二つあります。」


 ルミナリスが静かに言葉を発した。


「ですが、そのどちらも鍵には反応せず、恐らくは罠です。どこに繋がっているかすら不明ですが……無事では済まないでしょう」


 ランバートは深く頷き、眉を寄せながら考えを巡らせた。


「魔法陣が見えない自分が恨めしい。発動条件はどうなっているのでしょうか?」


 オルクスは魔法陣に視線を注ぎ、さらに目を凝らす。


「腕輪と石板から放たれる魔力波が重なり合い、青い魔力波となって制御の文字を刻む仕組みじゃ。正しい扉以外は反応せんようになっておる。これが、正しく進むための安全装置といったところじゃな」


 ランバートは目を細め、頭の中で組み立てた考えをまとめた。


「つまり、どちらかが破壊されれば、旅の扉は開かない……特にアルカヌム・カストルムへの扉は塞がるという事ですね」


「そういうことじゃな。石板はここ専用のものじゃろうから、壊してしまえばどうにもできんじゃろ」


 ランバートは腕を組み、頭を振りながら言った。


「取り敢えず入り口の封鎖は何とかなる。しかし、オルクス様……もし帝国の追跡部隊がここにたどり着いた場合、彼らが魔法陣を解析するのにどれほどの時間がかかるとお考えですか?」


 オルクスは懐から鎖のついた片眼鏡を取り出し、ランバートに手渡した。


「これは魔視眼鏡じゃ。まずはこれで辺りを見てみるがよい」


 古ぼけた片眼鏡はレンズ状に仕立てられた水晶に、細かい文様が刻まれた銀色の金具と鎖がついている。

 ランバートが魔視眼鏡を通して見ると、何もないように見えた洞窟が一変した。壁や床、空中にまで広がる金色に輝く魔法陣が、まるで命を宿すかのように、形を変え文字を変え蠢いているではないか。

 その周りを精霊のような光の粒子が飛び交い、ささやき声のような音を奏でていた。


「これは……なんと美しい。変化する魔法陣の近くに精霊までいるとは」


 ランバートの驚嘆の声に、オルクスが静かに頷く。


「良いか、魔法陣や精霊には迂闊に触れるなよ。危険極まりないからの」


「僕の知る魔法陣とはずいぶん違う。生き物のように動くものなのでしょうか?」


「これは極めて特異なものじゃよ。簡単に解けるものなら罠とは呼べん。剣呑な番人、いや番精霊と言えばよいかの、までが揃って守っておる。儂らが今のところ無事でいられるのは、鍵のお陰じゃ」


 その間にも、ルミナリスは思考領域を重稼働させていた。両目が輝きを増し、彼女の脳内で数万通りの解析が同時進行で行われている。


「旅の扉の解析と座標軸の編成、何とかできそうです」


 ルミナリスがそう告げたとき、ランバートの表情にわずかな希望が灯る。しかし、それが容易ならざる作業であることは、誰もが承知していた。


 洞窟内に静寂が広がる中、ルミナリスの視線は魔法陣に釘付けになっていた。彼女の瞳には幾何学的な紋様が映り込み、それらが生む魔力の渦を解析するため、思考領域を限界まで稼働させていた。

 片時も目を逸らせないその姿に、オルクスは頭をかきながらぼそりと呟いた。


「骨が折れそうじゃな。アルゲントルム魔法人で頭の回る嬢ちゃんがこれじゃ。わしの知識を少しばかり足したとて、古代の優れた大魔導を容易く解き明かすことなどできるはずもない。さて、ランバート殿、旅の扉にこだわる、お主の狙いは一体何じゃ?」


 ランバートは深い皺が刻まれた眉をさらに寄せ、苦渋の表情で応えた。


「敵がこの罠にかかり、ここで全滅するならそれで問題有りません。しかし、万が一、大魔導の罠を潜り抜けるほどの相手がいた場合、その相手を欺くための囮が必要です」


 オルクスは目を細め、無言のままランバートを見つめた後、重々しい口調で言った。


「ほう……囮に心当たりがありそうじゃの」


 ランバートはゆっくりと頷き、大きく息を吐き出した。


「ガイル・エストレイン率いる騎士団『焔鳥の刃』をご存じでしょうか?」


 オルクスの目がかすかに見開かれた。


「ああ、知っておる。ガイルには何度か稽古をつけたことがあるし、彼の率いる騎士団の者たちにも指南したことがある。まさか、まだ生き延びておるとはの」


「はい。ガイルは王命を受け、帝国の侵攻を見越して、大王都脱出の際の避難先、シルヴァ隠し砦を確保するため先発していました。王家の皆は帝国の速すぎる侵攻に、誰もその砦へは向かえませんでしたが……ガイルたちは無事で、現在もその場所に潜伏しています」


 ランバートは目を伏せ、声をさらに低くした。


「彼らを囮にして帝国の目を逸らせようというのが私の狙いです」


 オルクスはため息をつくと、じろりとランバートを睨みつけた。


「旅の扉をいじり、その場所に繋げたとしてじゃ……そこにいる者たちの生命を囮にするとは、つまりは死ねと言っておるに等しい。お主、その重みを理解しておるのか?」


 ランバートは、目を閉じ、言葉を無理やりに吐き出した。


「……はい。もちろんです。ガイルとその騎士団は、王太子のためならば命を捨てることに躊躇いは無いと思われます。それでも、帝国軍が彼らを捕え、彼らの死体から情報を搾り取る危険性は消えません。だからこそ、彼らを欺くための偽の王太子が必要です。ガイルには幼い息子がおり、王太子の身代わりになれます。しかしその偽の王太子は、捕えられた場合、頭の中を探られないよう—— 頭そのものを……」


 ランバートの言葉が途切れ、彼は拳を固く握りしめ、自分の太腿を殴りつけた。


「嗚呼、なんて酷いことを言っているんだ! こんなこと、どうして考えたんだ……」


 その息は荒れ、目が血走っていた。


「こんなの、帝国のやり方じゃないか。どうして、こんな怖いことを……」


「当然の帰結だと思われます」


 魔法陣から片時も目を離さず、ルミナリスが静かに言葉を発した。その声は冷静でありながら、どこか感情を押し殺しているようでもあった。


「現在の状況下で取れる手段が限られている以上、最小の労力で最大の効果を狙うこの結論は—— 論理的に見て妥当だと判断されます」


 ランバートはその言葉を聞き、拳を握ったまま肩を落とした。彼の中で戦略家としての冷静さと、人間としての良心が激しくせめぎ合っているのがわかる。


 オルクスはその言葉を聞いて、苦々しい笑みを浮かべた。

 このようなことを少女が平然と言えるのは、アルゲントルム人だからだけではあるまい。

 その年で修羅場を幾つ潜り抜けたのかの? ルミナ嬢・・・・・・


 ルミナリスは、ランバートのやりとりを学習しながら、人間の心の動きを学習していた。犠牲を伴う判断を下すための考察だけで、落ち着かず感情を荒げる・・・・・・。


「では—— 最悪の手立てとして囮を立案後、最悪の手立てを防ぐ方策も考慮して強化していきましょう」


(ルミィ、私、怖いっ)


 ルミナリスはそう言い終わった途端、唐突に脈絡もなく、若く親し気な女性の声が記憶領域で再生され、思考領域の稼働域に強い負荷がかかり、一瞬、論理の組み立てに揺らぎが出ていた。


「・・・・・・私・・・・・・誰も失いたくはありません。もう、誰も・・・・・・」


 思考領域と論理領域によって言葉を発するはずのルミナリスは、魔導機兵としてはあり得ない領域を超えた言葉を発している自分に、〝驚いて“いた。


 オルクスは、一瞬表情を歪めたルミナリスを、優しい眼差しで言葉もなく見つめている。


次回、帝国の追跡部隊が姿を現します。


ここまで読んでいただき有難うございます。

丁寧に書いていきます。

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