第4章 追うものと追われる者Ⅷ ~ 作戦会議
「中身を聞けば、忘却の呪いも逃げ出すかもね。ロド・グリムは月光の守護神獣、ルーン・ヴァルカンを祖と仰ぐ銀狼族の王狼よ」
その声は冷静でありながら、どこか警戒の色を滲ませていた。
「彼は神獣の権能を一部受け継ぐ、まさに化物。戦士として純粋に卓越しているだけじゃない。彼の存在を神の如く崇める獣人種も多く、そのカリスマ性は群を抜いているわ。彼一人で王国の竜騎兵部隊全軍とつり合いが取れる戦力といえば分かりやすいかしら」
~本文より抜粋
「では、ルミナ嬢、お主はこのままであれば、確実に見つかるというのじゃな」
オルクスは静かに、しかし、重々しくその場にいる全員に告げた。
秘密の城塞アルカヌム・カストルムの広々とした一室に、ルミナリス、オルクス、ランバート、フレイヤ、そしてヴァンセイル家に名前を連ねたルルリアが顔を揃えていた。
ルミナリスとランバートの提案による緊急作戦会議である。
壁が厚い広間に、古代に設えられたと思しき、岩を削って作られた大きな楕円形の円卓があり、話し合うのには打ってつけの場所であった。
皆、銘々で用意した椅子に座したまま身じろぎもせず、ルミナリスの返事を待っていた。
ルミナリスははっきりとそしてゆったりと耳に届くよう、語りかけた。
「はい。帝国の魔導技術は日進月歩です。こうしているうちにも私たちの知らない技術を研究し完成させていることでしょう。それらを可能にしているのは、帝国の優れた解析技術であり、解析された情報を運用することにおいて、この大陸では、残念ながら帝国に敵うところは何処にもありません。精霊や神獣の力すら解析し斃してしまう技術力で、私たちの跡を追跡されたなら、ここを見つけられるのは時間の問題だと考えています」
帝国は、大精霊や神獣に対して、その存在や形態など様々な解析を重ね、遂には有効な攻撃方法と攻略法を完成させ、人の手で滅ぼすという暴挙を行い、全世界を震撼させた。
この冒涜的な行為は、今やだれもが知る事実であり、加護を与える対象すら攻撃可能にしているクレデンティウム帝国の技術力は、脅威どころか、恐怖の象徴となっていた。
ここにいる全員は、その身を以てこの事実を体験している。
近衛兵部隊副隊長のランバートが身を乗り出して、付け加えた。
「神聖王国連合の政治軍事の中心的役割の国々は、今や壊滅し亡国となってしまった。エルフリアは大精霊ごと滅ぼされ、全土で荒れ野となり、我々の王国はあらゆるところが瓦礫の山。援軍もなく逃げるところもない以上、深く潜行し、身を隠さないと、生き残ることすら出来ないでしょうね。それに・・・・・・皆さん、追跡部隊の噂はご存知でしょ?」
獣魔の力を躰に宿し、野性味あふれた迫力を身にまとうフレイヤが、白くて大きな歯を剥き出しにして笑った。
「王国の影の手ヴァンセイルが随分と押し負けている部隊のことでございますね。ルルリア、商会の密偵の貴女の方が帝国とのお付き合いもあるでしょう? 知っていることを教えて差し上げて」
頷く代わりに、ルルリアはすっと立って、はきはきと答えた。
「はい。訂正するけど、元ゴルデンオスト商会の密偵なので、お間違いのないよう。特に私の首を落としたくてしょうがないオルクス様は、絶対に忘れないでください」
目線をオルクスにおくり、オルクスは苦笑いしながら片手をあげた。
「ルルリア。先に進めて下さい」
怒りの表情と共に、獣のような唸り声と殺気を放つフレイヤにあてられて、
「はい。申し訳もありません」
急に態度をしおらしくすると、ルルリアは言葉をつづけた。
「獣人や魔人の特殊能力の個体を集めて創設された、帝国の追跡急襲部隊で、部隊名はベルセクオール。実験部隊で通称使い捨て部隊ともいわれていますが、帝国の研究中の最新装備を個々の能力にあわせて与え、実戦投入しています。また、部隊や個人の戦果に合わせ、帝国の四等民の市民権や法外な報酬を提供しており、部隊の士気もかなり高く、厄介な相手です。あの情報宰相の赤いメギツネの肝いりで、付込む隙も余りなく、全部隊を率いる総指揮官もまともに相手すると、とてもヤバい・・・・・・いえ、至極危険な相手です」
オルクスが静かに声をあげた。
「赤の宰相の話は知っておるが、総司令官とはどのような奴かの?」
ルルリアはやや躊躇いがちにその名を口にした。
「帝国内でも秘匿事項にはなっていますが、存在が大きすぎて、かなりの関係者が知っております。総司令官は、獣王王家の一つ、銀狼族の王狼、ロド・グリムです」
珍しくオルクスが驚きの表情で声を上げた。
「何と。誇り高き王狼ロド・グリムその人が・・・・・・帝国の部隊を率いておるのか・・・・・・成程のう」
広間に集まる者たちの間には、緊迫した沈黙が漂っていた。ランバートの言葉が場に重く響き、その先の運命を左右する決断を求められている重圧が、全員の表情に影を落としていた。
ルミナリスは冷静に、しかし記憶領域にない未知の名前を反芻していた。
「ロド・グリム」という名——彼女の知識に欠けているその名が、目の前の者たちの表情をこれほどまでに曇らせる理由を探ろうとしていた。そして、素直に問いを口にする。
「そのロド・グリムとはどのようなお方なのでしょうか?」
ルルリアは、わずかに呆れ顔を見せつつも、即座に答えた。
「中身を聞けば、忘却の呪いも逃げ出すかもね。ロド・グリムは月光の守護神獣、ルーン・ヴァルカンを祖と仰ぐ銀狼族の王狼よ」
その声は冷静でありながら、どこか警戒の色を滲ませていた。
「彼は神獣の権能を一部受け継ぐ、まさに化物。戦士として純粋に卓越しているだけじゃない。彼の存在を神の如く崇める獣人種も多く、そのカリスマ性は群を抜いているわ。彼一人で王国の竜騎兵部隊全軍とつり合いが取れる戦力といえば分かりやすいかしら」
ルミナリスはその説明に、一瞬思考領域を巡らせたが、それ以上に状況の重大さを把握した彼女は静かに言葉を続けた。
「それほどのお方が、帝国の将官として……私たちを追撃してくる、ということですね」
ルミナリスの言葉に、ルルリアが一瞬目を伏せた。
「……うん、その通りよ。でも、あんまり、良い言い方じゃないけどね」
声にわずかな怯えが混じっている。それほどの相手なのか。
「オルクス様、ルミナリス殿」
ランバートが不安げな声を上げる。その顔には疲労と決意の狭間で揺れる心情が見て取れた。
「ここへの旅の扉があった洞窟ですが、他の場所へ繋がる旅の扉も見られたでしょうか?」
ルミナリスは瞼を閉じ、記憶領域に保存された秘密の洞窟の魔法陣を再検証した。その複雑な紋様を脳内で再構築し、瞬きの間に結論を導き出す。
「間違いありません。少なくとも二つの扉が確認できました」
その報告を受けたランバートの目が細く鋭くなる。
「ふむ……あの洞窟の秘密の通路は、魔導の罠が至る所に仕掛けられている。普通の者では辿り着けぬだろう。だが、それでも……ロド・グリムのような伝説の存在が指揮を執る部隊となれば……」
「道が通じておる限り、辿る可能性は十分すぎるくらいにあるのう」
オルクスが腕を組みながら鋭く呟く。その言葉に重みがあった。
ランバートは深く息を吸い込むと、穏やかだが熱を帯びた口調で語り始めた。
「この城塞……五百年もの間誰からも忘れ去られていたこの地は、理想的な隠れ家です。この場所の秘密を、何としても守らねばなりません」
その言葉に続き、ランバートがフレイヤへ尋ねる。
「フレイヤさん、帝国は我々をどのように捉えているでしょうか?」
フレイヤは静かに背筋を伸ばし、冷徹なまでに明瞭な声で答えた。
「王城を囲んだ包囲網を突破し、魂壊の森を装備なしで踏破する武装集団—— 危険な存在として認識されているでしょう」
ランバートはその言葉に頷き、再び全員に目を向けた。
「だからこそ、他の場所に逃げ延びたという偽装が有用です。この手しかないでしょう」
オルクスが鋭い視線をランバートに向ける。
「偽装とは聞こえがよいが、なにか、囮が必要じゃろう? そしてその囮は捨て駒にするつもりかの?」
その詰問に、ランバートは一瞬拳を震わせた。
小刻みに震えるその手を抑えながら、大きく息を吸い、毅然と答える。
「はい。オルクス様、その通りです。ここに王国の御子がおわす以上、誰かを犠牲にしても、何を犠牲にしても、生き延びねばならんのです。王国を生き永らえさせ、反帝国の芽を何れ大樹とし、堂々と反旗を翻すためには、生半可なことでは生き残れない。相手はベルセクオール部隊で、それを率いるのがロド・グリムである以上、打てる手は全て打つべきです」
その声は震えながらも、強い決意に満ちている。
ランバートが全員を見渡し、その場にいる誰もが彼の言葉に耳を傾けていた。
ルミナリスは冷静に事実を告げた。
「私たちには時間が必要です。相当な時間が。それを稼ぎ出す選択肢は多くありません」
オルクスが重く頷き、再び目を閉じる。
「数多の者が斃れ逝った。儂は王国を守ると誓った……その誓いを違えることはせぬ。だが、銀狼族の王狼……ロド・グリム殿が相手では、迅速に動かねば、我らは危うい」
その言葉に、ルミナリスは再び思考を巡らせた。「ロド・グリム」—— その存在が彼らにもたらす恐怖と敬意。
その両方を深く認識しながら、思考領域は、次の一手を静かに模索していた。
次回、ベルセクオール司令 ロド・グリムが現れます。
読んでいただき有難うございます。皆さんが読んで下さることが力になります。
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