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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき


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第4章追うものと追われる者Ⅲ ~ 帝国の追跡者 使い捨て部隊

使い捨て部隊——それが世間での呼び名。

帝国の正式な呼称は、もっと冷酷だ。

生体魔導兵器実験体。その一単位に過ぎない。


帝国の追跡急襲部隊 ベルセクオール その実態とは


「祖霊たちよっ、我が力を見ろっ! お前たちが神と崇めるトーラベルトの首だぁっ!」


 全身に返り血を浴び、アルーザは興奮のあまり哄笑していた。

 右手には、自分の躰と変わらぬ大きさの魔獣トーラベルトの首を高々と掲げている。

 かつて神話の象徴だった巨獣は、いまやただの巨大な屍骸に過ぎない。その亡骸の上に立つアルーザの姿は、破壊と混沌そのものだった。


 その中心へ、ゼイロスが無音で歩み出る。

 長身の剣猫族である彼の動きには、一切の乱れも気配もない。

 赤い瞳が怒りを宿し、静かな焔のように光を灯していた。


「アルーザ。何度言えば分かる?」


 低い声は、研ぎ澄まされた刃のように冷たい。


「秘匿任務だと、言っておいたはずだ。……この有様は、何だ?」


 トーラベルトの屍骸から悠然と飛び降りたアルーザは、血濡れの顔に不敵な笑みを浮かべた。

 首から滴る血を舌で舐め取り、その味を確かめるように口角を吊り上げる。


「ゼイロス隊長よ……どうだ、味見してみるか? 血はまだ熱い。全身に染みわたり、最高の気分になれるぞ」


 そう言うが早いか、アルーザはトーラベルトの首を振りかぶり、全力でゼイロスへと投げつけた。

 巨体の頭部は空気を裂き、唸りを上げて飛翔する。


 しかしゼイロスは、一歩も止まらない。

 避けることもなく、そのまま歩みを続ける。


 次の瞬間——

 ゼイロスの躰を貫くはずだった巨大な首は、その身体をすり抜け、背後の地面を転がっていった。


 同時に、ゼイロスの周囲に蜃気楼のような殺気がゆらめく。

 空気そのものが、低く唸りを上げるかのようだった。


「……何だよ。冗談も通じないのか、隊長さんよ」


 吐き捨てるように言うと、アルーザは爆発的な速さでゼイロスへと体当たりをかけた。

 魔導機械の補助によって生み出される衝撃波は、立ちふさがるものを粉砕する、殺意に満ちた一撃だった。


 ——だが、ぶち当たる感触はない。


 粉みじんになっているはずのゼイロスの姿を見失ったアルーザは、その場でぴたりと動きを止めていた。

 指一本、動かせない。全身が金縛りにあったかのように硬直している。


「……ッ!」


「目と耳は動くだろ? 俺を見ろ、アルーザ」


 声のする方向へ、アルーザは眼球だけを動かした。

 自分の右肩。その上に、ゼイロスが腰かけている。


 赤く輝く瞳が、アルーザの生命力と魔力の流れを静かに見下ろしていた。

 その瞳こそが、帝国に“戦場の悪夢”と恐れられた魔眼——生命と魔力の流れを読み取り、干渉する特異能力の源だ。


 帝国を相手に徹底抗戦を続けた剣猫族の生き残りが、なぜベルセクオールの魔眼隊隊長として生き延びたのか。

 答えはこの目にある。


「前回は命令違反の皆殺し。今回は秘匿追跡をぶち壊してまでの魔獣狩り……か」


 ゼイロスは肩の上で脚を組み、静かな声音で続ける。


「随分と楽しんでくれているようだがな。俺にも、我慢には限界ってものがある。——何か、言い残すことはあるか?」


 強張った躰のまま、アルーザは何かを言おうと口をもごもご動かした。

 ゼイロスはその口元に視線を落とし、薄く笑う。


「ああ、口も動かせなかったな。……ほら、言いたいことを言え」


 拘束の一部が解け、アルーザの口が動くようになる。

 大きく息を吐き出し、燃えるような殺意をゼイロスへ叩きつけた。


「さあ、さっさと殺れ。今、仕留めておかないと後悔することになるぞ」


 ゼイロスは冷ややかな眼差しを崩さず、静かに問い返した。


「何故、後悔することになる?」


「そんなこともわからないのか? ——俺が、この俺様が、この恥辱を忘れず、必ず貴様を殺すからだっ!」


 巨躯から立ち昇る殺気は、空気を歪めるほどだった。

 ただでさえ巨大な体が、さらに膨れ上がったかのように感じられる。


 その状態のまま、アルーザは強張った右腕を無理矢理動かした。

 機械装甲の腕をきしませながら、内蔵された魔導機関砲の銃口をゼイロスに向ける。


 ゼイロスは、それを見て小さく苦笑した。


「へえ。さすがだな。この拘束下で腕を動かすか。……半分機械も、捨てたもんじゃない」


 そして、肩の上からふっと姿を消すと、低く囁いた。


「では——お望み通りに。眠れ、アルーザ」


 次の瞬間、長い爪がアルーザの後頭部の急所を正確に捉えた。

 さくり、と骨に触れる音すら立てず、深々と刺し込まれる。


 剣猫族の爪は、鋭利な剣であると同時に猛毒の牙でもある。


「くそ野郎が……貧弱な……猫族め……」


 罵りの言葉を途中で途切れさせ、アルーザは白目を剝いて前のめりに倒れ込んだ。


 ゼイロスはその巨体から軽やかに飛び降りると、喉輪越しに短く告げる。


「ヴァルタ。頼んだ」


 アルーザの後頭部から溢れ出た血に視線を落とし、その回復の過程を無感情に見つめる。


 アルーザの超回復力は、帝国の“調整”によりさらに増幅されていた。

 深々と穿たれた傷口は、爪から流れ込んだ毒を血ごと吐き出すと、逆にその血を吸い戻し、もりもりと肉を盛り上げていく。

 数呼吸のうちに、傷跡が分からぬほどに再生するだろう。


「強靭で、狂暴で、簡単には死なない躰……。俺もお前も、立派な帝国の玩具だな」


 初めて会った頃のアルーザは、まだ周囲への配慮も辛うじて持ち合わせていた。

 だが、装備開発部で調整を受け、新たな武装を与えられるたび、その凶暴性は増していった。


 性格すら“矯正”されているのだろう。

 帝国へ絶対服従を誓い、帝国の敵に対しては異常なほどの敵意を叩きつけるように。


 使い捨て部隊——それが世間での呼び名。

 帝国の正式な呼称は、もっと冷酷だ。

 生体魔導兵器実験体。その一単位に過ぎない。


 剣猫族の生き残りを賭け、自ら投降したゼイロス自身も例外ではない。

 体内には、魔眼の力を増幅する専用魔導兵器『見えざる手』が埋め込まれている。

 ベルセクオールの獣人・魔人は皆、特異能力に紐づいた何らかの改造魔導兵器を肉体に組み込まれた、見事な実験動物たちだ。


「……くそったれ。気分が悪い」


 ゼイロスは自分の首に巻かれた喉輪を強く握りしめ、そのまま一気に引きちぎった。

 足元に落ちた装置を、ナイフのような爪で粉微塵に切り裂く。


 その瞬間、ヴァルタの声が、喉輪を介さず直接ゼイロスの頭に響いた。


『隊長。アルーザの生体復活と精神状態の矯正、完了しました。もう暴走はしません。それと、喉輪を壊して外すのは本当にまずいですよ。最悪、叛意ありと判断されて処刑対象です』


 声には、監察官としての冷静さと、個人的な焦りが入り混じっていた。


『本部に知られる前に、予備を装着してください。破損の報告は僕から上げておきます。……監察官としてではなく、僕個人として言いますが——隊長は僕の英雄なんです。つまらないことで間違えないでください』


 大きく息を吐き、ゼイロスは表情を元の淡々とした仮面に戻した。


「ああ。助かるよ。それと、心配をかけて悪かったな」


 即死していてもおかしくない急所を刺し貫かれながら、うめき声と共に意識を取り戻しつつあるアルーザに視線を落とす。

 その眼差しは意外なほど穏やかだった。


 バックパックから予備の喉輪を取り出し、首に巻き付ける。

 ロックがかかる感触を確かめてから、ゼイロスは通信を開いた。


「皆、アルーザは無事、制御下に戻った。もう大丈夫だ」


『了解です、隊長!』

『アルーザ相手に一撃で……さすがは、あたしの隊長。たまんない……』


 セリオの素直な返事と、レナの妙に艶めいた声がほぼ同時に返ってくる。

 なんだかんだで頼りになる連中だ、とゼイロスは内心で苦笑しながら、指示を続けた。


「セリオ。“影跳び”がどのあたりから効かなくなるのか、境界を検証しろ。レナは得意の探知でいい、僅かでもいいから魔術・魔法の痕跡を拾え。種類の見当がつけば上出来だ。ヴァルタは、周辺に様子を窺っている者がいないか、範囲を変えながら再確認しろ」


『はい、了解です、隊長』

『任せて。いい獲物の匂いがするわ……』


 各方面から返ってくる声を聞きながら、ゼイロスは気持ちを切り替える。


 そのとき、喉輪越しにヴァルタから追加の報告が入った。


『隊長。魔獣トーラベルトの脳に、何らかの精神干渉の痕跡がありました。あのトーラベルト相手に、そんなことが出来る存在がいるとは正直信じがたいですが……念のため、頭に入れておいてください』


 ヴァルタは冗談を言わない。

 いい加減な報告もしない男だ。


 ゼイロスは口元を歪め、肩に刻まれた帝国紋章を拳で一発叩いた。


「……何ということだ。優れた王国の兵どもよ。くそ帝国相手によくやっている」


 そして、殺気とも笑みともつかない声で呟く。


「敬意を払おう。そして——あんたたちは間違いなく、大金と部下の生活の安寧を生む。

 ……俺の、俺たちの獲物だ」


次回は オルクス 守護剣聖のいわれを描きます。


ここまで読んで下さりありがとうございます。少しずつてをいれて読んでいただける作品になるよう、ひたむきに書いていきます。

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