第4章 追うものと追われる者Ⅰ ~ ベルセクオール 魔眼部隊
帝国追跡急襲部隊 ベルセクオール部隊。その中の魔眼部隊の隊長ゼイロスは腕利きであり、着実に一行の後を追い続けて来ていた。メンバー葉みな実力を兼ね備えた、曲者ぞろいの相手だった。
帝国の追跡急襲部隊「ベルセクオール」。
その中でも特に異形揃いと恐れられる魔眼隊を率いるゼイロスは、鬱蒼と茂る森の最も高い大木の梢に、猫のような軽さで佇んでいた。
頭上を覆う枝葉の陰で、深紅の瞳が細く光る。
剣猫族獣人特有の視覚は、遠くの微かな動きだけではなく、空気の淀み、魔力の揺らぎ、霧の濃淡までも映し出す。
その眼で、森が隠そうとする気配を一つ残らず引き剥がそうとしながら、首に巻き付く“喉輪”の感触に、ゼイロスは小さく舌打ちした。
帝国が獣人種や魔人種を監視し、命令を叩き込むために与えた鉄の首輪。
通信と監視のためのこの装置は、彼らベルセクオールの証であり、同時に“鎖”でもあった。その鋭利な眼差しで獲物を探しながら、自分の首に巻かれた忌々しい装置に苛立ちつつ、通信のスイッチをいれた。
微かな溜息を押し殺しながら、次の言葉を紡いだ。
「レナ、何も見当たらないが、本当にこの方向で間違いないのか?」
呼びかけに応じて、森に息づく魔人ニンフ族のレナからの返答が喉輪から届いた。
「隊長、大丈夫です。王城の地下水—— あの魔力に染まった水の匂いが、微かに残っています。森が全てを隠そうとしても、私はあの匂いを見逃しません。その先に逃亡者たちがいるのは、間違いありません。」
ゼイロスは、風の中に漂う魔の匂いをかすかに感じ取りながら、森の深みへと目を向けた。レナの声が示す方向を見据え、森の揺らぎを一片たりとて見逃さないよう神経を集中する。
やや小柄の幽霊猫族のセリオは影移動を行おうとしているのだが、何かに阻害されているようで、影の中から出たり入ったりを悪戦苦闘しながら繰り返している。
とうとう近くの大木の影から放りだされたセリオは、尻をさすりながらぼやいた。
「隊長ぉー、この森少しおかしいですよ。魂壊の森ってやつを考えて差っ引いても、陰に潜って進めないってのは絶対におかしいです。何かが邪魔してます」
横目で楽し気にその様子を見ていた、森と水の魔人ニンフ族のレナは豊満な体をくねらせながら、甘い声で、
「あらぁ、僕ちゃんは、まだ、あんよが上手く行かないんでちゅねぇ。それとも、毒ネズミでも食べてお腹がイタイイタイでちゅかぁ?」
と小馬鹿にして当てつける。その声色とは裏腹に、視線だけは冷たく獲物を量っていた。
セリオはきっと眦を上げてレナを睨みつけた。
「おい、色魔の魔人。お前、僕の邪魔をしてないだろうな?」
小柄な真っ黒な体毛に真ん丸の黒い瞳を細めつつ、怒りのあまり体毛が逆立っている。
レナはその様子に嬉しそうににんまりと微笑み、
「あたしが仕掛けているのなら、僕ちゃんは今頃土の中で雑草の養分になっているか、魔蟲の寝床になっているわよ。ほら」
扇情的な表情でウィンクをセリオに投げると、突如大量の魔蟲がセリオの頭の上から降り注いだ。
蠢く魔蟲の雨を、すかさずセリオは大きく跳んで避けると、黒い霧を長い爪のように纏い、降りかかって来る大量の毒虫を切り刻んだ。
「この色魔の魔人め。全部猛毒の魔蟲じゃないかっ。こんなのをけしかけて、やっぱり僕を殺る気だなっ。もう許さない。隊規に従い、お前を処分してやるっ」
セリオは口から霧状の黒い影を大量に吐き出して全身に纏い、大きな黒豹のような姿に代わった。蠢く黒い影霧が触れたところは、瞬く間に小さな孔が開いたかと思うと消滅していく。
「あら、子猫ちゃん。水と森の魔人のあたし相手に、魂壊の森で本気の愛を囁くだなんて、命知らずで素敵。魂ごと頂いちゃおうかしら?」
レナの婀娜っぽい表情が突如、見るものを戦慄させる悪鬼の表情に取り替わり、それに呼応して周囲の樹木が妖気を発しながらざわざわと蠢き、黒豹の形となった黒い影を取り囲む。
「園芸の趣味はないんだ。色魔ごと全部消し去ってあげるよ」
「子猫ちゃんは脳髄と内臓、どちらから食べられたいの? 不味くても全部食べるし、思い切り苦しめてあげるから任せて頂戴ね」
その様子を見ていたゼイロスはやれやれと首を振ると、大木の天辺から二人を見下ろしつつ、赤い目を輝かせながら、
『なあ、お前たち、そんなにまとめて始末して欲しいのか? どうなんだ?』
と囁いた。
セリオは耳元から突然怖気と共に囁き声が聞こえ、影の纏いを解くと、
「うわあぁああ」
と絶叫しながら恐慌状態を引き起こし、金縛り状態で倒れ込み、レナは背中越しに唐突に避けようのない死の気配のこもった声が聞こえて、
「あぁあん、とうとう死んじゃうのぉ、あたし、ここで死んじゃうのねぇ」
と赤面しながら色っぽい声を出して悶絶していた。
ゼイロスは頭を押さえると一つ息を吐いて、ぽそりと呟いた。
「能力は使えるのにな・・・・・・どうしてうちはこんなのばっかりなんだ」
ゼイロスが息をついた瞬間、突如、激しい振動と突風が森を巻き上げ、ゼイロスは逆さまに落下しかけた。
咄嗟に尾を枝に絡ませてバランスを取り戻し、身を枝に預けながら、やや離れた場所で繰り広げられている激しい戦闘の光景を見つめる。
少々のことでは傷すらつかない古代樹の森の一角は、エーテルの霧ごと無残に吹き飛ばされ、むき出しの地面がそこに顔を出していた。
立ちのぼる煙と炎の中、怒りにも露わに、高らかに咆哮をあげる巨躯の影があった。
魂壊の森にあって、恐怖と畏敬を呼び起こす存在——
鎧魔獣トーラベルト。
力そのものの象徴、破壊の権化と呼ばれる魔獣である。
鋼鉄色の巨体が一歩踏み出すたび、大地は鈍く震えた。
咆哮は森全体を軋ませ、肩から突き出した鉄錆色の角には、細かな雷が絶えず走っている。
トーラベルトは大気を震わせ、青白く輝く雷電球を続けざまに放ち、更に辺りを巨木ごと薙ぎ払っていた。
何者かと争っているのだ。
ゼイロスはその大魔獣に相対している人影を認め、似つかわしくない表情に、溜息を一つつくと喉輪で通信を入れる。
「ヴァルタ、なるべく隠密で頼むと言ったはずだが?」
地面が抉れ、巨大樹が吹き飛んでいる中、帝国軍自慢の魔法攻撃から物理攻撃まで様々な脅威を防ぎきる最新鋭の携行型防御壁の中で膝を抱え、戦闘を眺めている魔人ヴァルタがいた。
透明感のある青い肌と大きな深い紫の色の瞳、波のように勝手に流れ揺れ動く長い髪を髪留めで無理やり抑えている。
年若いこの魔人は魔法によらない独自の精神感応能力を持つ、性別が良く解らない中性的なメンタリス族という種族で、精神感応が特異な種族だ。
ヴァルタは喉輪の通信機能を通さず、直接ゼイロスの脳へと回答した。
『隊長、一度開放すると流石に抑制は効きません。だってアルーザですよ。ただでさえ帝国に薬漬けにされ過ぎなんです。制御不能ですよ』
この魔人の特殊能力は、生物の意識を感知し状況によって感情を支配し精神を操ることすら可能で、戦争開始時には極めて危険な能力として帝国は殲滅指定を行うほどであった。後にその能力の有用性を帝国皇帝が知るところになり、種族ごと領地と安全を保障され、早々に帝国の軍門に降って戦争被害をほぼ受けていない魔人としては稀な種族でもある。
精神干渉装置の開発への協力、帝国に隷属した国々の監察官などその能力をして帝国内外で活躍する稀有な魔人種だ。
その魔人ヴァルタが抑制不能と放り出した戦闘狂の獣人アルーザは、今まさに、誰もが恐れる巨獣トーラベルトを相手に笑みを浮かべていた。
「我が名はアルーザ・ティムードゥス、小さき臆病者の誹りを受しもの。我が汚辱は偉大なる帝国より与えられし我が力にて、一族の血で洗い流した。残すは魂の名誉の為に、我が一族が神と崇める、強く誇り高き力の巨獣トーラベルトよ。今こそお前のその角をへし折り、首をねじ切り、お前を神のごとく崇める我が種族の愚昧さを証明してやる」
アルーザは獣人コルナス・ギガンシュ族というその族名の通り巨人の血脈を一部継ぐ獣人種で、剛力で頑丈この上ない巨躯を誇り、魔人種やエルフ族などの様々な種族から、最強最悪と恐れられた獣人種である。
一族の数少ない生き残りでもあり、長身の剣猫族のゼイロスより二回りも大きい大岩のような巨体だが、ギガンシュ族にあっては小柄らしい
そんなアルーザは、怒りに燃えた双眸を爛々と輝かせながら、目の前の巨獣トーラベルトを鋭く睨み据えた。その視線は、炎が揺れるように熱を帯び、迫る死闘への狂喜が宿っている。自慢の巨大な双角を拳で軽く擦り、その感触を確かめると、周囲に転がる巨岩を一瞬の躊躇もなく掴み上げ、全力で投げ放った。
巨岩が放物線を描くと同時に、アルーザの肩に据え付けられた魔導砲が轟音を響かせ、雷球のような光弾を撃ち放った。その光弾はトーラベルトの放つ雷撃と空中で激突し、瞬間、眩い閃光と共に空間が振動するかのような爆音が響き渡った。
その巨躰に似つかわしくない凄まじい速度で、飛び散る岩塊をものともせず、爆発の中へと真っすぐに飛び込み、黒く鈍色に光る魔導装甲の凶悪な義手の爪を突き立てるべく、トーラベルトに肉薄していた。
黒と茶色のまだら模様の鋼のような体毛に覆われ、その全身には無数の傷跡が刻まれているその姿が、明滅する光の中に浮かび上がる。
巨大で頑強なその肉体の一部はすでに生身ではなく、魔導技術による機械装甲に置き換えられていた。右目には赤い光を放つ魔導機義眼が輝き、右腕と右胸には武骨で冷たい黒い装甲が覆う。
帝国の禁忌の研究が生み出した異形—— 生体機械兵器「ビオメカヌム」の名を体現するものであり、力と耐久、機動性のすべてを兼ね備えた帝国の実験兵器体だ。
目の前のトーラベルトは、巨人族の創造した破壊の具現そのものの存在で、その巨体が怒りと共に震えると、大気は歪み、周囲の樹々が恐怖にざわめく。
トーラベルトの体を覆う鉄錆色の肩角は、低くうなる音とともに、雷光に包まれて激しく輝き出し、それは「死の雷壁」として恐れられる、すべてを焼き尽くす無慈悲な一撃の前触れでもある。雄叫びは大地を割り、空を裂くかのような轟音を伴い、雷光がまるで生き物のように一瞬に渦を巻く。
トーラベルトはもともと巨人族が神々との果てなき戦争の中で生み出した生き物であり、普段は大人しいが、暴れ始めればそれは災厄そのものだ。
その災厄が禁断の力を解き放とうとしている。
このままなら、周囲一帯に存在するものは、大地も、命も、すべて塵と化す。
「もらったぞ。トーラベルトっぉお。貴様の自慢の角はへし折ったぁア」
アルーザはその圧倒的な存在感に一瞬も怯むことなく、体中の魔導機械の力全てと、己の力の全てを一点に集中させて、自らをトーラベルトの巨躰に叩きつけた。
次の瞬間、雷光と炎が再び激突し、爆音と爆閃をまき散らしている。
「辺り一面を焼け野原にする気かっ。アルーザっ」
さしものゼイロスもやや焦り気味で喉輪通信をアルーザに向けた。
しかし、アルーザは傷だらけの顔に不敵で凶悪な笑みを浮かべ、その傷に似つかわしい怒りに燃え上がった鋭い眼の奥で、どす黒い殺意が溢れさせている。
「偉大なる帝国より得た力は、お前の全てを凌駕する。神獣になり損ねの魔獣よ。俺の力を存分に味わえっ」
更に雷光と爆炎が上がり、轟音とともに辺りが揺れ動く。
物陰に隠れ、防御壁を展開しているヴァルタは、身を縮ませながら小さく毒づいた。
「また、頭の中がが真っ赤に染まりきっている。何も受付やしない。戦闘狂の蛮族はいじり様がない」
ヴァルタの呟きをよそに、アルーザは魔獣トーラベルトの咆哮に負けず劣らずの雄たけびを上げながら、死ぬか生きるかの戦いへの喜びに身を震わせていた。
次回はルミナリスと合流し、脱出先に向かう一行
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